1.32 ゴブリンを探しに行こう
人手が足りないというからにはエルフの手でも貸してあげましょうかねぇ。
「ヘイマスター、何かお仕事ありますか?」
「俺じゃなくてクランのリーダーに聞け」
そういえば冒険者の仕事ってクランから配分されるのでしたっけ。働いたことなかったので忘れてました。
「ヘイクランリーダー、お仕事プリーズカマンカマンです」
さっきからほとんどしゃべってないクランリーダーに催促するとリーダーは呆れたようにため息をつきました。
「仕事は山ほど溜まってるんだが、お前にできそうな事なぁ……」
「何ですか、ボクの強さをまだ疑うのですか?」
「強さだけならこの町で最強かもしれんが、人間性がなぁ。お使いは無理だろうし……」
「失礼ですね!」
王都へのお使いでもひとっ飛びで行ってきますよ! どこにあるかわかりませんけど。ちょっと十年くらい寄り道するかもしれませんけど。
「……そうだな、実はここのところゴブリンの目撃情報が増えててな。確かお前も何匹か駆除してただろ?」
「研修の間だけでも十七匹いましたね」
「どうやら森の奥の方に大きな群れができちまったみたいでな。市役所から今日付けで調査依頼が出たんだ。お前ちょっと行ってこい」
ゴブリンの調査ですか……。地味ですけどなろうだと冒険者の初仕事としては定番ですし(多分)、まぁ良しとしましょうか。
「よろしいです、受けましょう。それじゃあちょっと行ってきます」
「おい、一人で行くなよ?」
さっそく出発しようとしたら肩をつかまれました。
「何ですか? ゴブリンの調査くらい一人で十分ですよ」
「どこに行くのかわかってるのか? お前この辺りの地理はほとんど知らないだろう。地形に詳しいやつと隠密の得意なやつを呼んでくるから一緒に行け」
「地図があれば十分ですよ。それじゃあちょっと行って」
「だから待て! 仕事を独り占めするな! お前のやり方ではまわりとの和が保てなくなる。それではクランは動かない」
「和? 何ですかこの古色蒼然とした日本的な思考回路は? ここ異世界ですよね?」
「ニホン……? 何のことかわからないが、人間はチームワークが大事なんだ。というかお前は一人にさせておくと何をするかわからなくて不安だ」
「かさねがさね疑うじゃないですか」
「ここのところのお前を見ていて信頼できる要素があったか? とにかく人を手配するから少し待ってろ」
チッ、しゃーねーです。三分間待ってやります。
待ってる間に着替えてきました。髪は高めのお団子アップにしてロングのワンピースに大きなショールを巻き付けて、脚にはヒールのついたブーツを履いて、今日のボクは森ガールです。中身はボーイですけど。
「おい、どこへピクニックに行くんだ?」
「森を舐めてるのか? と言いたいところだが……」
「こいつだしなぁ」
「なあ」
リーダーが呼んで来た冒険者の二人は勝手に納得してました。こいつらもわかってきたじゃないですか。ちなみにこいつらは革鎧を着こんでいます。いつかのチューターと同じですね。持ち物もほとんど同じです。
「俺が案内役の"地相眼のアデル"だ」
「俺は"隠密ベレック"。よろしくな!」
「リンスです。それでは出発進行です! ──ところで、別に倒してしまっても構わないのですよね?」
「やめい。調査な、調査」
では張り切ってまいりましょう!
「おやリンスちゃん、どこに行くんだい?」
「ちょっと冒険者のお仕事でーす」
「気を付けて行きなよ!」
屋台のおばちゃんたちに手を振って、橋を渡ったところでボクはくるりと後ろを振り向いてお供の二人に尋ねました。
「で、どこに行くのですか?」
二人から呆れたような視線が飛んできました。
「お前それを知らずに先頭を歩いてたのか?」
「今回はボクの仕事ですからね。そしてお前たちの仕事は案内です」
「いや冒険者の仕事ってそういうもんじゃ……まあいいか、そのうちわかるだろ」
肩をすくめた冒険者はガサガサと地図を広げて指で示しました。なんというか中世じみた大ざっぱな地図です。
「ここがイーデーズの町で今はこの橋を渡ったところだ。ゴブリンの目撃情報が増えてるのは湖の東の方の牧場だな。冒険者仲間からの報告を総合するとこの辺りが怪しい」
そう言って冒険者は指を現在地から右斜め上へと滑らせて、森の奥へ入った辺りでくるりと丸を描きました。
「なのでこのまま街道を東にむかって、湖のはずれから道を離れて北東の方へと向かう予定だ」
というわけで街道を降りて森に入りました。いつかの研修の時と同じく森の中の小路を、湖を左手に眺めながら端を回って奥へと進みます。前回はそのまま対岸へと向かいましたけど、今回は途中で小路を外れて獣道ですらない藪の中へと分け入りました。
それにしてもこいつらすっとろいですね……。ヒイヒイ言いながら藪を漕いでてちっとも前に進まないので、途中で思わず追い越しちゃいました。
藪の中をスカートの裾がするりと通り抜けます。目の高さに太い木の枝が張り出していましたが、ひとりでに曲がって持ち上がりました。お団子のてっぺんを引っかけることもなくその下を通ります。
「あ痛てっ」
後からついてきた冒険者がノコノコ同じ道を通ろうとして、元に戻った枝に鼻を打ち付けてよろけました。
森の中なんてエルフの独擅場ですよ。草木の神エリシアの強い加護を受けたボクが進めば枝が勝手に避け、下藪は勝手に分かれます。木が生えてようと草が茂ってようとスイスイです。
こんな感じで普通に歩いてるだけなのにずいぶんと差が開いてしまいましたので、ちょうど目の前にあった大きな岩に飛び上がり、布を敷いて腰かけて後ろの二人が追い付くのを待つことにしました。アイテムボックスから屋台で売ってる謎のお茶を取り出して優雅にティータイムです。
静かですねぇ……。
背の高い梢の向こうは綺麗な青空で、風も凪いで鳥の声の他には冒険者たちが藪をかき分ける音しか聞こえません。ひいこら言いながらやってきた冒険者たちは何やらブツクサこぼしています。
「クソッ、何であの恰好で引っかからずに歩けるんだよ」
「真面目にやるのがバカバカしくなってくるぜ……」
この前から思ってましたけど、どうやらこの世界って種族間格差がひどいですもんね。文句はそう設定した神様に言ってください。