1.28 ダメンズウォーカー
何だか人が増えてますね……。昨日はひとつで足りたテーブルが今日はふたつに増えて、見たことのない顔が座っています。
「昨日いなかった子にも声をかけたの!」
既に酔っ払っているのか赤い顔のミラがビールを片手に声を張り上げました。さてはこういうことだけは張り切るタイプですね、こいつ。
「あの、リンスさん、ひどいと思います。あの人たちじゃ相手にならないのわかっててやりましたよね? もう少しこう何というか、手心というか……」
今日は来ていた同期の栗毛が眉をひそめてたしなめてきました。ボクは売られた喧嘩を買っただけなのですけどね。
「ああいう手合いは痛くしないと覚えないのです。しつけですよ、しつけ」
「もう……」
あとは冒険者ギルドの受付にいた若い女と中年の女、ギルドマスターと一緒にいるところを見たことがある初老の女、それにニンジンみたいな色の髪のチビがいます。はて、こんなのいましたっけ? ギルドでも見たことないですし、歓迎会の時にも見なかったような……。
ボクの視線に気づいたのかミラはそいつの肩に手を置いて紹介しました。
「この子は"赤毛のソフィー"。前にうちのクランにいた子よ。今はフリーのベテランのところでお世話になってるの」
「ソフィーよ。よろしくね」
とそいつはちょっとすねた口調で言いました。冒険者にしては珍しく、ちゃんと人間の顔をしています。こいつこれで冒険者なんかやってるのですね。夜の客でも取った方が稼げそうですけど。それとも人間は胸がないと需要がないのでしょうか。
さてさて、人数は増えてもやることは同じです。開宴前から飲んで食べて酔っ払っていた女たちは乾杯後十分ですでにベロベロ、肩を組んで歌い始めました。
「君がいないと××××できないわけじゃないと、×××に××を入れたけど×××じゃないと物足りない♪」
シモの話しか持ちネタないのですかねこいつら。あまりにも下品なので伏せ字でお送りさせていただきます。
「うっ……うっ……」
突然、赤毛がポロポロ涙を流し始めました。ちびちび飲んでたかと思ったら何ですか、辛気臭いやつですね。ミラが赤毛の背中をさすりました。
「ごめんね、この子男に捨てられたばかりでさ。慰めてあげようと思って呼んだんだけど」
「今の歌に泣くところありました?」
「だって、失恋ソングだもん」
「マジですか」
周りの女たちもワラワラと寄ってきます。
「この子カワイイからモテるんだけど、男運が悪いんだよね」
「あんた男の趣味が悪いのよ」
「うん、悪いのは運じゃなくて趣味だ」
「だからあんなチャラ男やめとけって言ったのに」
「ううう……」
「うちのクランを抜けたのもその時付き合ってた男にひどい捨てられ方したからでさぁ」
「やめてよもう!」
赤毛はビールを一息に飲み干してコップをテーブルに叩きつけました。
「はいはい、飲んで飲んで」
「歌って歌って」
赤毛は渡されたコップをさらに一気にあおり、ヤケクソみたいに声を張り上げて歌いました。
「もう×××××しないなんて、言わないよ絶対!」
本当に品のない連中です。
「あなた、もうちょっと男を見る目を養いなさい」
初老の女がコップを置いて真面目なトーンで赤毛に言いました。こんな場所でもきちっと服を着こんでしゃんと背筋が伸びています。
「誰ですか?」
隣のノンナに聞いてみると「ギルドのサブマスター」と返ってきました。
「前に会ったのは何とかいうオッサンでしたけど」
「二人いるの。あれは女の方」
なんでそんなのを誘ってるんでしょうねミラは。
「遊ばれてるのに周囲の忠告を聞かずに必死になって……みっともない。その依存体質を改めなさい。それからもっと誠実な相手を選びなさい」
「うるさいうるさい! 自分だって独身のくせに!」
「ええ、私は結婚をしくじったわ。ちゃんと家庭を築ける相手を選ぶべきだった。だからこそこうして言ってあげてるのよ。あなた、このままだと離婚以前に一生結婚できないわよ」
「うぅぅ……」
「大体あなたは──」
向こうのテーブルで説教するサブマスとうつむいてポロポロ涙を流す赤毛……他の連中はこっちのテーブルに避難して、火の粉が飛んでこないように素知らぬ顔で飲んでます。
すると突然栗毛が「男の人は好きな人より好きって言ってくれる人を選びなさいっておばあちゃんが言ってました」などと言いだしました。こいつは全然飲んでなかったのでシラフです。素で言ってます。
「うーん、一理あるかも……」「えぇー、でもブサイクなおっさんだったらイヤじゃない?」「それ以前に好きって言ってくれる男がいない……」「やめて、悲しくなる」「いやー男は甲斐性でしょ」「甲斐性って何よ」「そりゃ稼ぎとか、あっちが強いとか」
にわかに男性観の議論が始まりましたけどこいつら酔っ払ってる上に即物的すぎてまともな結論は出そうにありません。
「リンスさんはどうですか?」
ボクを巻き込むなです栗毛。
「ボクですか? うーん……とりあえずエルフくらい細かったら考えてみます」
ボクたちの感覚だとデブとオークって同じカテゴリなのですよね。