1.25 放課後キャンパス
空は晴れて風はさわやか、発気揚々八卦良し。今日はおろしている髪を乾いた風が撫でてゆきます。杭とロープで仕切られた十六角形のリングの一方の杭に背中をもたれかけさせて、ボクは試合の開始を待っていました。
反対側ではマル……何でしたっけ? まあいいです、マルオをはじめとした冒険者たちがブサイクな顔を下品に崩して会話しています。
「新人がまさかマルクに喧嘩を売るとはなぁ」「よほど自信があるのか?」「いや、あの体の細さで強いわけないだろ」「ああ見えて実は好き者なんじゃねーの」「ハハ、誘われてるぜ、マルク」「顔はやめとけよ? せっかくの綺麗な顔がブサイクになったらもったいねぇだろ」「クク、エルフの具合がどんなだったか教えてやるよ」
おーおー、言われてますね。
「勘違いしてるみたいですから言っときますけど、そっちがチャレンジャーですから」
声をかけると冒険者たちは一斉にゲラゲラ笑いました。
「やめとけって、あいつドラゴンより強いんだぞ!? 見た目で舐めたら後悔するぞ!」
おや、一人だけマルコを止めようとしています。あの顔は研修の時のチューターですね。
しかし向こうにとっては残念なことに(ボクにとっては好都合なことに)マリクは相手にしませんでした。
「何言ってんだ、ドラゴンったってたかがリバードラゴンだろ? それくらい俺だって楽勝さ。しかもやったのは魔法なんだろ。心配するようなことはねぇよ」
マリオはいかにも硬そうな革兜に革鎧、木剣に革の盾とレギュレーションを遵守しながらもなかなかの重装備ですね。ボクは下は支給品の戦闘服のパンツにブーツ、上は薄手のシャツ一枚といういで立ちです。一応木剣は渡されましたけど、ボクがこれ使ったらあいつ真っ二つにしちゃいそうなのですけど。いいのですかね?
「レディース・アンド・ジェントルメン、それでは本日のメインイベント、"鬼人マルク"対"新人冒険者リンス"の決闘を始めるぞ! 鬼人が賭けるものは金貨十枚、新人が賭けるものは自分自身! なんとも大胆な提案だが──あの顔にはそれ以上の価値がありそうだ! さあどっちが勝つか、張った張った!」
ブックメーカーの呼びかけに応じて観客たちがチケットを買っていきます。ベットはマリオの側に大きく傾いているようです。見る目のないアホ共ですね。
「両者、前へ」
さてそれでは時間一杯、審判の呼び出しの声がかかります。
では始めましょうか。ボクは歩き出しながら木剣を捨て、髪を上げてポニーテールにしました。おーおー腋見てます。マリオの意識がツルツルの腋に持って行かれたところでボクはさりげなく審判に尋ねました。
「審判、試合開始の合図は?」
「え? あ、ああ」
一瞬──審判がボクの言葉に、そしてマリオが審判に気を取られたそのほんの一瞬の隙を突いて、ボクは一息に間合いを詰めてマリオの脇腹に左フックを叩きこみました。【浸透剣】──気で鎧を貫いて内臓を直接殴打してやったのです。
「があぁあ!」
悲鳴が空高く突き抜けました。
エルフのそれは左鉤突きから始まります。
それとはすなわち
エルフ煉獄
「ぎゃあぁあぁあぁああ!」
全部の打撃に気を乗せた連打でめちゃくちゃにブッ叩きます。始まったら最後相手が倒れるまで終わらない十割ハメの無限コンボです。まあ実際にはコンボじゃなくてエルフの超反射神経で隙のあるところを次から次へと殴る蹴るしてるだけですけど。ともかく試合開始直後ですが既に先発完封でのコールドゲーム確定、後は点差がどれくらい開くかだけの勝負です。
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
「ドッゲェーッマーチーィン!」
150発目の打撃をぶち込んだところでマリオは後ろに崩れるように転げて倒れました。
「ウオオオオオオ!」「何だ今の!」「スゲェ!」
観客たちも大喜びです。
「ぃ……ぁ……」
倒れたマリオが杭に背中を預けて小声で何か言っています。
「あ~? 聞こえんですぅ~」
わざとらしく耳に手を添えて体ごと傾けてやります。まあエルフは耳がいいので聞こえてますけどね、「医者……」という呟きが。
しょうがないですねぇ、ボクはマリオの意図を汲んで大声で観戦者たちに告げてやりました。
「マリオが試合開始のゴングを今すぐ鳴らせと言っています!」
「キャー!」
黄色い歓声が上がりました。
「素敵!」
「やっちゃえー!」
女冒険者たちが拍手喝采、同時に観客たちから一斉にマリオコールが沸き上がります。
「「「「「マルク! マルク! マルク! マルク!」」」」」
「ほら客が期待してますよー。立ち上がるですぅー」
「む、無理……」
「うっせーです、ボクに喧嘩を売った自分のバカさ加減を呪うがいいです」
胸倉をつかんで無理矢理立たせてやります。
「さあ審判、ラウンド・ツゥ!?」
「ファ、ファイッ!」
「しゃいっ☆」
試合再開の宣言と同時に再びレバーブロー一閃。
「ぐぁぁぁっ!」
さあワンモアセッ!
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァアアアアア」
「ヤッダーバァアァァァァアアアアア」
……………………
…………
……
「今日はこのくらいにしといてやります」
マリオは手足をぐにゃりと投げ出して地べたに転がっています。リボンをしゅるっと解きながら言い捨てると審判が試合の終了を告げ、同時に地鳴りのような歓声が沸き上がりました。
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオ」」」」」
チケットが紙吹雪のように宙を舞い、倒れたマリオへと罵声が降り注ぐ中、女冒険者たちがきゃあきゃあ言いながら群がってきます。
「あなた強いのね!」
「ありがとう! あのセクハラおやじ、大っ嫌いだったの!」
「ほんとよくやってくれたわ! スカッとした!」
「フッ、ボクはボクのためにやっただけですよ」
「そんなところも素敵!」
さてさてマリオが賭けていた金貨が手に入りましたけどどうせあぶく銭です。パーッと使っちゃいましょう。
「よしお前たち、飲みに行きますよ! 今日はボクのおごりです!」
「やったー!」
「どこまでもついていきます!」
女たちに両側から抱き着かれ背中に引っ付かれて、ボクは町へと繰り出しました。
後ろでは何だか担架を呼んだり医者を呼んだり大騒ぎしてますけど知らんです。