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1.22 ドラゴンがやってきたんです!

 その翌日にはラーナがノコノコやってきてパン! と顔の前で手を合わせました。

「いやーメンゴメンゴ! 昨日は二日酔いでさぁ、動けなかったのよ」

「お前その体たらくでどこが鬼出勤なのですか」

「それは冒険者なり立ての頃についた名前なのよー。あの頃は若くお金が必要でした! 遊ぶ金は欲しいし装備も買わなきゃだし、もう夜討ち朝駆けで仕事してたのです!」

「それでついたあだ名が鬼出勤ってわけですか」

「そうそう。今は酒飲んで寝てるのが一番楽しくて。そろそろ"酔いどれのラーナ"とかに変わらないかな?」



 そんな感じで毎日時刻前に現れるチューターと隔日でやってくるラーナに率いられて冒険者の心得について実地教育を受けつつとうとう研修最終日になりました。

 そのときボクたちはチューターの指導の元、川沿いでヒキガエルの捕獲に励んでいました。傷薬とか強心剤とかに使うそうです。ちなみにラーナは例によって二日酔いでお休みです。


 チィチィピピピと近くからまた遠くから鳥の声がひっきりなしに聞こえてきます。この時期一番元気がいいのは鳥たちのようです。あ、川べりをノロノロ歩いている大きなカエルを見つけました。

「あ、いましたよ」

「よし、生け捕りな。かぶれるから素手で触るなよ」

「アイアイサーです」

 魔法で浮かべたヒキガエルを栗毛の腰に下げた魚籠に突っ込んだ丁度そのとき、突然鳥の声が止みました。


 シャラン……


 直後に繊細な金属器をかき鳴らすのに似た音が川上から流れてきました。全員の視線が音の元に集まり、ボク以外の全員が体をこわばらせます。

 ドラゴンの一種、リバードラゴンが、銀色の体毛に光を波打たせて岩の上にいました。


 この大陸に住む人間の言語でドラゴンを指す単語は"azg"です。こいつはその中でもSahra'n-azg(川のドラゴン)と呼ばれる、その名の通り川に住むドラゴンです。音になじみがないでしょうから以下リバードラゴンと呼称します。

 頭と首はカワウで胴体はカワウソ、そこに羽根が生えた感じのフォルムで、全身が金属質の羽毛に覆われています。しっぽを除いた体長は1m程度とドラゴンとしては小型ですが、やはりドラゴンですので骨はチタン合金で、川砂中のチタン鉄鉱を食べて成長します。したがってこの種のドラゴンが住む川の周辺あるいは上流には花こう岩や閃緑岩などチタン鉄鉱を含む岩石が分布していることが多いようです。肉食で魚や水辺に集まる動物を襲って食べます。川の生態系の頂点捕食者でリバードラゴンが住む川にはワニがいないと言われています。


 その川ドラゴンが二匹、川の真ん中の岩の上に体を伸ばして、警戒感もあらわにこちらを睨みつけています。

「お前ら……刺激しないようにゆっくり──」

 チューターが警告するさなか、金髪はとっさに【支配】の魔法を飛ばし腰の剣へと手を掛けました。うーん、悪くない反応ですけど悪い判断です。

 野生動物は怪我したら終わりみたいなところがあるので普通はなるべくリスクを避けます。捕食者-被捕食者あるいは雌を争う雄同士という関係でもないかぎり接近→遭遇→威嚇というプロセスから戦闘に至ることは稀です。ですがドラゴンという生物の戦闘力は他の生物からは隔絶していて、戦闘になればだいたいの場合一方的な虐殺となります。そのせいなのかドラゴンたちは常に接近→遭遇→攻撃、敵意に対して即殺意で返すという進化を遂げました。


 実際、金髪が剣に手を掛けた瞬間に2匹のドラゴンは支配の魔法を弾いて同時に【水撃】の魔法を射出、直後に全身をバネのようにたわめ、剣を抜き終える前にもう突撃を開始しています。隣のチューターが慌てて剣を抜きかけます。でも間に合いそうもないですね。

 やれやれ、ボクが痛い思いをするわけじゃないですし見捨ててもいいのですけど、ここは恩を売っておくことにしましょうか。


 ボクは太陽神の防御魔法【光のヴェール】を二人の前に展開しました。時速400kmで撃ち出される水撃も受けるのがボクならただの水鉄砲です。爆発するように弾けた水球が飛び散って霧となって虹を描きました。(ここまで0.2秒)

 同時に二人の間をすり抜けて前に出ます。後ろから切りかかられても嫌ですのでさらに一歩を踏みこんで、水面にしぶきを跳ね上げ迫るドラゴンをキャッチ! 一粒300メートルのポーズ! 時速250kmで突撃するドラゴンを真ん中で待ち受けて、左右を通り抜けようとした瞬間に2匹の首を鷲づかみです。(さらに0.2秒)

 勢い余ってドラゴンの胴体が振り子のように前に振れ、首の中でチタンの骨が甲高く軋みました。ついでにボクも1mほど押し込まれてしまいました、おっとっと。踏ん張ったブーツの靴底が川岸を削ってギャリギャリ音を立てます。(プラス0.2秒)

 さて、ドラゴンという生物は雷雲の中を飛んでも平気です。皮膚の下で完全に絶縁されているからです。いわゆる雷無効というやつですね。チューターの天敵です。でもその皮を破ってしまえば、骨が金属なだけにむしろ電気を通しやすいのです。なので魔法の力場を親指に集中させて、首の皮をブスリと突き破って、そこから【雷撃】魔法をズドーン! (停止してから0.1秒)

 バチバチバチィッ! 白い稲妻が目や耳や尻の穴からほとばしりました。一瞬2匹の体がビクンと跳ね、「ギッ」とか「ゲッ」とか短い悲鳴を上げて、グッタリ動かなくなりました。(0.3秒、おしまい!)


 あくびが出るほどながーい1秒でした。


「……やったのか?」

 ややあってチューターが呆然と声を上げました。

「殺りましたよ。吊るされた羊の枝肉みたいに死んでます」

 ドラゴンの口からはシューと白い煙が細く上がり、目の端には焼けた血がこびりついています。両手に持ったそれを目の前に突き出してやると、チューターは抜いた剣を収めてふーっとひとつ大きな息を吐きました。

「すまん、助かった」

「……あー、もしかして僕のミスだったのかな? 申し訳ない」

「あのな……」

 右手に剣を提げたまま頭を掻く金髪に、チューターはドラゴンの生態についてレクチャーを始めました。状況にまったく着いて来れてない様子の栗毛が隣で大きな目をぱちくりさせながら聞いています。


 ところでこれ、どうしましょうかね。食べられないのですよね、ドラゴンって。

 思いつかなかったのでとりあえずアイテムボックスにしまっておくことにします。

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