1.21 打ち上げ会
で、その夜チューターはその多めに取った報酬で酒場でおごってくれました。使える魔法を教えてくれたお礼だそうです。
「これで少し寿命が延びたよ、ありがとう」
「研修中は飲まないのではなかったのですか?」
「まあいいじゃないか、おごらせてくれ。今日は気分がいいんだ。お前ら強いからこいつがいなくても大丈夫そうだしな」
とラーナを指さします。ラーナは「ウヘヘ」と愛想笑いを浮かべました。おごりのお酒に期待を隠そうともせずヘコヘコ低姿勢です。
「それでは任務の成功祝賀とお前らの活躍を祈念して、乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
それぞれジョッキを手にお酒をあおります。
……。
おごってもらっておいてこんなことを言いたくはないのですけど、人間のお酒はアレですね。一言で言えばまずいです。樽みたいなジョッキに入って運ばれてきたのはビールだったのですけど、発酵が悪かったのか保管が悪かったのか酸っぱいです。ボクは飲んだふりをしてやりすごすことにしました。
栗毛はお酒は苦手とのことで飲んでません。金髪はチビチビやってます。ラーナ? 噂通りの飲みっぷりでした。一杯目を一気飲みすると今度は手を付けていなかった栗毛のジョッキに手を伸ばし、それも飲み干すと今度はボクの減らないジョッキを物欲しげな顔で見つめています。ボクはそっとラーナの前にジョッキを押し出しました。
「サンキュー! お金入ったらおごるから!」
「期待しないで待ってますよ」
まあこんなお酒をおごってもらっても困るのですけど。
気分よくジョッキを空にしたチューターはウェイトレスにおかわりを要求し、2杯目を受け取りながらボクたちに聞いてきました。
「お前ら、なんで冒険者なんかになろうと思ったんだ? お前らなら他にいくらでもできることがあっただろうに」
「ボクは見聞を広めるためです。まあ、森の暮らしが退屈だったのです」
「私は山奥の村の生まれなんですけど、うちの村って治癒の魔法を使える人が何人もいて……。でも私って農家の仕事はあまり得意じゃなくて。そうしたらお父さんが『町に出て医者になったらいい』って勧めてくれたんです。それで紹介状を書いてもらってイーデーズのお医者さんのところに弟子入りしたのが二年前でした。そろそろお医者の勉強をする傍らで開業資金を貯めようかなって考えてたら、冒険者になることを勧められたんです。手っ取り早くお金を稼げるし修業にもなるからって。しばらくは二足のわらじで頑張ります」
次は金髪の流れかなーと思って顔を見たのですけど、静かに笑って何も答えませんでしたのでチューターに話を振ることにしました。
「そういう自分はどうしてチューターになったのですか?」
「持ち回りだな。中堅どころになると半ば義務的に初心者の引率の依頼が来るんだ。今回は俺たちの番だっただけだよ。……いや」
なんだか遠い目をしています。
「……そうか、あれはもう2年前になるのか。……イキのいい新人がいたんだ。張り切って仕事するのはいいんだが、ちょっと元気が良すぎた。あの頃もゴブリンが多くてな。ちょうど今日みたいに休憩を取った後にあいつが斥候役を買って出たんだよ。『オレが行ってきます!』ってな。……走り出した先にホブゴブリンがいた。一瞬だったな。気が付いた時には死んでやがった。……よくある話ではあるんだが、な。あのことがあったから引き受ける気になったのかもな」
そこでチューターはジョッキを置き、姿勢を改めてボクたちの顔を眺め渡しました。
「先輩として忠告しておこう。悪いことは言わん、もしも冒険者以外に仕事を見つけられたならすぐにやめろ」
「夢のないこと言わないでくださいよ……」
「あいにく冒険者は夢じゃなくて現実なんだ。大して稼げるわけじゃなし、そのくせ怪我は日常茶飯事、死ぬことも珍しくない、ヤクザよりもヤクザな商売だ。大怪我して引退することになっても誰も面倒見てくれないぞ。他に食っていける道があるならそっちにしとけ」
「先輩冒険者がそういう姿勢だから人手不足になるのではないですか?」
「そりゃそうなんだが、仲間が死ぬよりはマシだから……。やる気に満ちた新人に目の前で死なれてみろよ。マジで心に来るぞ、あれは」
うーん、ボクの心のやる気メーターはグングン下がってますよ。もうちょっとこう、アゲていきましょうよ。ねえ。
なんて話をしていたら他の冒険者たちも手に手に酒を持ちつつこっちに寄ってきました。顔中傷だらけのこわもての男たちです。そいつらはボクを見て雷に打たれたようにその顔を歪めました。
「おおおお、すげえ別嬪さんだな……」
「オイ雷剣、どこでこんなの見つけて来たんだ?」
「研修中の新人さ。有望株だぞ?」
「さすがエルフ、顔もいい上に強いと来た」
「お前たちはすごい顔ですね。悪く言えば汚いツラ、良く言えば戦う男の顔です」
「ハハハ、ツラはこんなだけどな、冒険者ほど人畜無害な人種はねぇぞ。何しろ強盗も恐喝も詐欺もできねえ」
「一般人はやってるのにな」
「ま、詐欺は元々できる頭がねえけどな!」
「そりゃそうだ!」
冒険者たちはゲラゲラ笑いながら勝手に席に着きました。
「そういうのに手を染めたら冒険者クビにされて、あとはもうヤクザにでもなるしかねぇ」
「たまになぁ、そういう奴もいるんだけどな……」
「ほらギルドカードって身分証明書になってるだろ? そういうのが全部なくなっちまうんだ。冒険者からヤクザになっても市民権はもらえねぇからな」
「そうなると何でもかんでもヤクザの世話になるしかなくてな。たかがヤクザの親分ごときに頭が上がらなくなるのよ」
「多少金がなくたってああなるよりはマシだよな」
「それと、これは大きな声じゃ言えねぇが……」
とそこで冒険者たちは声をひそめました。
「冒険者崩れがヤクザやってると示しがつかねえってんでな。まぁすぐにギルドから追討命令が出るのよ。遠からずこの世からオサラバさ」
「俺たちも仲間を手に掛けるのは嫌だからなぁ。なるべくならヤクザにはならねぇでくれよ」
その後はラーナの独演会でした。酒を喉の奥へと流れる滝のように流し込んでいたラーナは最初の頃は自分の冒険者としての経歴を語っていたのですが、酔いが回るにつれてベラベラと男性遍歴をしゃべり出しました。あまりにあけすけなので聞かされているチューターの方が渋い顔をしています。
とうとうチューターはジョッキでいっぱいの机を叩いて立ち上がりました。
「明日も早いぞ! さっさと寝ろ!」
「もう、いけず」
ところで翌日ラーナは本当に二日酔いで集合場所に現れませんでした。どこが鬼出勤なのでしょうね?




