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1.2 新しい朝が来た!

 旅立つついでにこの世界の魔法とボクたちの固有魔法について少し説明をしておきたいと思います。前回特に説明なしに魔法を使ってましたし。


 この世界には無数の神様がいます。多分800万はいます。上から見ているのか外から見ているのかはわかりませんけどとにかく普遍的に存在します。そしてこの神様たちに祈りと代償を捧げると、その見返りとして奇蹟が顕わされます。これがこの世界の魔法です。

 祈りとは意思です。そして代償となるのは魔力だけです。魔力を対価として支払って、神々はそれに見合ったサービスを提供する、というイメージですね。例えばグレイスという火の神様がいます。この神様に「火をおこしてください」と願いつつ魔力を捧げるとそこに火がともるのです。

 ただし誰もが願えば火をつけられるというわけではありません。魔力はこの世界の住人であれば誰でも持っています。エルフでなくても人間でも、動物でも、あるいはモンスターでも。しかし神様たちはえり好みが激しく、自ら加護を与えた相手でなければ魔法を使わせてくれません。契約のある顧客でなければサービスを提供してくれないのです。そしてその契約はこちらから結ぶことはできません。神様の側から一方的に与えられるものです。まあエルフは神々の偏愛を受けているのでたいていの神様の魔法を使えるのですけどね。

 この加護には段階があります。ボクたちは単に強い加護/弱い加護と呼んでいますけど、人間たちは守護/祝福と呼び分けているようです。ある神様から弱い加護(祝福)を受けるとその神様に属する魔法が使えるようになります。ただし一部の魔法しか使えませんし、コストとして支払う魔力も多く必要です。それが強い加護(守護)となると受けられるサービスは無制限になります。魔力も最小限で済みます。


 ちなみにこの世界には能力の数値化という概念が存在しません。「ステータス、オープン!」なんて叫んだらステータス画面が表示されたり他者の能力を鑑定できたりしたら便利だと思うのですけどね(一応やってみたのですけど出ませんでした……)。残念ながらここはステータスという概念の存在しない退屈な世界なのです。


 しかし何でこんな設定になっているのやら。素直に属性とか系統とかで割り振っておけばいいのに、上手く思いつかなかったものですから後付けで追加できるようにしておこうという何者かの意図を感じますねこれは……。


 それはともかくその神々の中に知の神ラーダというのがいます。知識全般をつかさどっている神なのですが、そのラーダが提供する作業領域上に構築した情報共有ツールがボクたちエルフの固有魔法【オーマ・ネットワーク】です。ちなみに名前は今ボクが適当につけました。エルフ語だと(そして無理矢理アルファベット表記すると)"thazadavidia-lardus"になるのですが、意味がわからないと思いますので。


 オーマの森のエルフたちはこのネットワークに各々の知見──エルフの歴史から夕食のレシピまで何でも自由にアップロードしたりあるいは閲覧したり、あるいは日常の連絡に使ったりしています。前回リーシアたちが管理していると言ったアレのことです。

 まあ使い方としてはほとんどインターネットですね。脳にダイレクトにダウンロードされるので前世のそれよりは情報が鮮明ですけど。あと広告がなくて見やすいです。


 これが何故エルフ固有の魔法なのかと言うとエルフ以外には利用できないように制限が掛けられているからです。ラーダの強い加護を受けた管理者リーシアが設定した強固なファイアウォールが外部からの閲覧を阻んでいます。人間の中にも知の神の加護を受けた者はいると思いますけど、人間にボクたちの活動を覗き見されるのは嫌ですからね。

 というわけでエルフなら誰でもアクセスできるネットワークですが、本当にオーマの森のエルフしか使えないのでアクティブユーザーは起きている1500人しかいません。


 で、このネットワークでできることの中にはマップ機能もあるのです。世界地図は既に完成しているので見ようと思えば地球の裏側でも見られます。何しろこの魔法が開発されたのは2800年前のことですからね。それから現在までの間にエルフたちは世界を隅々まで探索しています。時代ごとの海岸線や国境の変化もタイムラプスで確認できるくらいです。

 そしてこのマップ機能に位置情報を重ねれば自分が今世界のどこにいるか参照できるのです。おまけに周辺情報を検索すれば大抵のことは答えが返ってきます。まあエルフが興味を持ちそうなことに限りますけど……。


 でもですね、これから冒険の旅を始めるのに、どこに何があるのかあらかじめわかっていたらつまらないじゃないですか。というわけで既得情報をオフにして自分が見た範囲だけを表示することにします。まっさらな世界を自分の色に染めて、自分だけの世界地図をマッピングするのです。


 他にはインスタみたいなこともできますね。

 そうですね……せっかく外の世界を見に行くのですからボクもやってみますかねぇ、インスタ。日々見聞したこと、体験したことを旅行記にしてアップしていくことにします。


 おっと、あっちに見たことのないキノコが生えてますよ! 手袋みたいな赤いやつが! 触るなキケンなアレでしょうか? さっそく行ってみましょう!



 …………。

 昼下がりに村を出て、日が暮れて、ボクはまだどこまでも続く森の中を歩いていました。

 おかしいですね、何とかいう村があるのではなかったですか? そりゃ鳥を追いかけたり熊を追いかけたりしてるうちにちょっとは進路がズレた気もしますけど……。


 マップを呼び出して確認してみましょう。頭の中に緯度と経度だけがグリッド線で表示された真っ黒な地図(まだ地図とは呼べませんけど……)が表示されます。その真ん中にエルフの集落が白く表示され、そこからボクが歩いた道筋が白く曲がりくねって伸びています。

 うん、あっち行ったりこっち行ったりしてますけど、全体としては南東に向かって進んでますね。南西ではなく。


 どうやら思いっきり道を間違えたようですね……。これはちゃんとした道路、ちゃんとした標識が整備されてないせいです。つまり行政が悪いです。ボクのせいじゃありません。

 まったく、カルスも道案内するならちゃんと教えてほしいですね!


 やれやれ、仕方ないですね。野宿するのも何ですので夜通し歩くことにしました。南西だろうと南東だろうとそのうち森の外に出るでしょう。



 ……どれくらい歩いたでしょうか。もう自分がどの辺りにいるのかさっぱりわかりません。

 ただでさえ月もない夜です。高い梢にさえぎられた森の下は墨を流したような暗がりで、かさかさと落ち葉を踏む音だけが聞こえます。下草をかき分けて歩くキツネの足音、ホーホーと遠くに響くミミズクの声……音だけの世界の真ん中にボクはいました。

 まあエルフは夜目が利くというか暗視魔法標準装備なので全部見えてるのですけどね。

 その良く見える闇の向こうにひときわ太く大きな木がありました。見上げればその大木のてっぺんは他の木々をはるかに通り越して森の上に突き出しているようです。

 この上からなら周りがよく見えそうですね。


 というわけでよじ登ってみました。


「おお……」


 天の川が天の真ん中をつっ切っています。星の光が──数千万、数億の星々が落とす明かりが連綿と続く森の木々の頂を照らして、西側を遠く望めば梢の波の遥か彼方に緑の水平線を描き出しています。

 来た方、北側を向けばその暗い森の下には生まれ故郷があって、エルフたちの何も変わらない日常が続いているはずです。光学的に隠蔽されて一筋の光も漏れていませんが、眠らぬエルフたちが今日も夜通し遊び歩いているに違いありません。

 東側のはるか彼方にはそびえ立つバーデン山脈がその偉容を星の光にさらけ出しています。あの万年雪に覆われた白い頂きから流れ出した水はやがて一本の大河となって南の海に注ぎ込んでいるのでしょう。

 そして南側は……ああ何だ、もう少しで森の終わりだったのじゃないですか。木々の切れ目の向こうの薄暗がりの中に広々とした草原が広がっているのが見えました。


 そしてそのまま星が夜空を巡るのを眺めているうちに、やがて山脈の向こうの空がぼんやりと青灰色に白み始めたかと思うとすぐに山の端から燃え立つ炎のような赤に染まり始め、太陽がじりじりと輝く姿を見せました。


 朝が来ました。

 始まりの朝です。

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