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3.24 エルフとドレスと結婚式

 お祝いにウェディングドレスをプレゼントすることにしました。こっちの世界だと結婚式では持っている中で一番いい服を着るもので、純白のドレスなんてものは着ないみたいですけど、前にカミラのために作ったときには喜んでもらえたものです。


 というわけでユリアを加工所に呼んで休憩室で採寸しました。役得です。


「試作品です。こいつを叩き台に完成品を作りますので試着してみてください」

 作ったのはシルクのドレスです。シルクはイーデーズのあの問屋にしか卸せない契約ですけど、売るわけじゃないですしいいでしょう。魔法の立体成形技術を用いて作った縫い目のないドレスで、体のラインにピッタリ沿ってます。

「腰はもうちょっと詰めても良さそうですね」

 エルフは華奢なのでこういうのが本当に良く映えます。

 ちなみにそのままだと着にくいので背中側でボタンで留めるようになってます。ボタンはオパールで作りました。


 あー、それと花婿は……男の服なんてどうでもいいです。そうですね、軍服のディテールで行きましょう。男をもっとも男らしく見せる服は軍服ですから。冒険者あがりですしちょうどいいです。黒いシルクに銀糸の縫い取りをつけて、儀礼服みたいな飾り紐もおまけします。こっちは目分量で作ってユリアに渡しておきました。


「素敵……。本当にもらってもいいんですか?」

 試着したユリアはうっとりと鏡を眺めました。まだ試作品なのですけどね。

「もちろんですよ。是非着てください」

「ありがとうございます」

「いいな」

「いいなー」

「いいなー……」

 ユリアのドレスを見てうちの従業員のエルフたちは指をくわえて羨ましがっています。すごく、すごく、ものすごく羨ましがってます。

「そんなに欲しいですか?」

「「「「「はい!」」」」」

「そうですか。お前たちも結婚するときは同じものをプレゼントしますよ」


 瞬間、一同の目の色が変わりました。


「結婚します! 作って」

 エルマはさっそく結婚を決めてきました。相手はユーリです。お前、本当にあれでいいのですか……?


「私たちも決めてきたわ」

「私のドレスはカナリアイエローでお願いね」

「じゃあ私はアズールで」

 シニア組の二人は結婚するためにお互いの旦那を交換したそうです。何だかもう、文化が違いすぎて……頭を抱えてしまいました。


「結婚はまだですけど私にも作ってください。お願いします」

 ミリアはおでこを床にすりつけて懇願してきました。

「やめるのです! 若い娘が土下座なんてするのではありません!」

 いえ本当に。ボクが悪いことしてるみたいじゃないですか。


「どうしたのですか? お前、恋人がいたはずでしょう」

「……いるんですけど、結婚してくれないんです。プロポーズしたんですけど話を逸らすし、さえぎるし、はぐらかすしで、ちゃんと聞いてくれないんです……」

 何となくボクに刺さってます。やめてください。

「今度という今度は愛想が尽きました! ……働かなくても、他に女がいてもいいんです」

「いや良くはないでしょう」

「でも、話を聞いてくれないのは、辛い……」

 うーん、どうしたものでしょうか……。


「……そうですね、一つだけ言わせてもらえば、そいつ多分目先の責任から逃げ続けるタイプですよね。仮に結婚しても子供が生まれたときとか病気になったときとか、何かあるたびに逃げた選択肢を取るのが目に見えてます。あまりお勧めはできませんね」

「……。やっぱり、そうですよね……。……わかりました! ちゃんとお別れしてきます」

「多分お前のためにはその方がいいと思いますよ。『三年付き合ってもプロポーズしない男は地雷』って言いますし。エリー、商売にも言えることですよ」

「えっ、私?」

 ずっと「文化が違うわー」なんて呆れながら見ていたエリーは突然話を振られてビックリしてました。


「埋没費用効果というのですけど。人間には『これ以上事業や投資を継続しても損失しか出ないことがわかっているにもかかわらず、これまでにかかった費用や手間、時間を惜しんでズルズルと続けてしまう』という心理があるのです。ミリアの場合で言えばこれ以上つきあっていても結婚してくれないことがわかっているにもかかわらず、情のためにズルズルと関係を続けてしまうということです。幸いミリアの場合は別れる決意ができたようですが、結婚という明確なゴールがあるなら期間や費用の限界を定めて、そこを超えた時点で損切りすべきなのです」

「な、なるほど。それにしても、どこからでも商売の話につながるのね……」


「あの、いいですか?」

 地に伏せたままのミリアの頭の下から声がしました。

「だから土下座はやめるのです」

「やめますからください。将来結婚するときには絶対にあのドレスを着たいんです……」

「そんなに欲しいですか?」

「あれが欲しくないエルフの女はいません」

「いいですよ、プレゼントします。その時が来たら着るといいです」

「……ありがとうございます!」

「あ、それなら私も将来のために欲しい!」

「私もお願いします!」

 その後他の売り子や加工所で働いてるエルフたちも我も我もとやってきて、結局全員分作るハメになりました……。




 さて結婚式当日、折よく晴天に恵まれました。いえそういう魔法を使ったのですけど。何しろこの世界の結婚式というやつは路上でやるもので雨天順延、まともな日取りというものがありません。とてもつきあいきれませんので「この日は絶対晴れ!」という日を作って強行しました。

 町中のエルフが勢ぞろいしてます。壮観です。どうもエルフにとっては婚活会場みたいで、男エルフたちは頭に被り物をしてない女をナンパしまくってます。


 時間です。仲人役のエルフに連れられて新郎新婦の二人が新居となるユリアの部屋から現れると一斉に拍手が沸き起こりました。

 ユリアのこの日のための特別なドレスに女たちの目が釘付けになってます。

 腰を詰めて作り直したドレスに極細の銀糸でビッチリ刺繍を施しました。また極薄のパニエを追加してます。無数に散りばめられたダイヤモンドが光を弾いて白昼の星のようです。肩には向こう側が透けて見えるようなショールを羽織らせています。これも刺繍バシバシです。

 さらに頭にはこれこそ内側が透けたレースのヴェールをかぶっています。縁周りに小さな宝石を幾つも縫い付けました。目の色に合わせたサファイアです。

「わあ……素敵……」

「私も絶対着るし……」

 女たちは感嘆と羨望のため息を漏らしています。


「──そして二人と二人の家族が幾久しく健やかに過ごせますように!」

 参列者たちの真ん中で仲人役が祝福を与えると光と音楽のシャワーが降り注ぎました。結婚の神エリスの奇跡で結婚が成立したという証です。

「おめでとうです」

「ありがとうございます」

 それからみんなで新郎新婦にプレゼントをしました。ボクのプレゼントはまた包丁です。ミルズに作ってもらったステンレス鋼のいいやつです。


「お、おめでとう……」

 ミリアは口では祝福しつつも今度こそ血涙を流していました。

 式の前にエルマがコッソリ教えてくれたのですけど、ミリアはいい年して浮いた話のひとつもなくて「幼なじみの男を待ってる」とか夢みたいなことを言ってたユリアをバカにしてたそうなのです。ところがそのユリアの夢みたいな話が全部本当になった一方で自分は結婚するつもりもない男にもてあそばれてたわけで、心の中はオオアラシなのだとか。友人同士と言ってもいろいろありますねぇ。


「ミリア」

「……なんですか」

 式後、ボクが招くとミリアはまだ泣きながらこっちにやってきました。

「お前にひとつ贈り物をしましょう」

 魔法を掛けると霧のような淡い光がミリアを包み込んで、吸い込まれるように消えました。

「今のは何ですか?」

「恋の神メナースの魔法を掛けました。いつかお前だけを愛してくれる男と巡り会えますようにと、そういう魔法を。相手のあることですから、確実ではありませんけれども」

「いいえ、その気持ちだけで……。ありがとうございます!」


 やれやれです。ようやく泣き顔が晴れました。

 なおミリアの元カレは経緯が広まり、しばらく女の子たちから相手をしてもらえなかった模様。

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