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3.23 結婚するって本当ですか

「リンスさん、私、結婚することになったんです。彼と」

「それはおめでとうです」

 ユリアとクレイが寄り添いながらやってきました。

 とんとん拍子に話が進みましたね……。ひと時の感情の盛り上がりで結婚しちゃって大丈夫なのでしょうか?


 それにしても町のエルフって本当に結婚するのですね。ビックリです。




「森のエルフは結婚しないって本当?」

 工場でユリアの結婚の話をしていたらエルマたちに尋ねられました。興味津々の様子です。


「本当ですよ」

「えー、なんで?」

「うーん、ボクにしてみると町のエルフが何で結婚なんてするのか、その方が不思議ですけどね。ずっと同じ相手じゃ飽きません?」

「んー……割とよく離婚するかな? 飽きちゃうのかも」

「はーい、私離婚したことあるー」

 お団子ハーフアップの水色の髪の子が手を挙げました。人間で言えば十代半ばの見た目ですけど、百歳超えてたはずですこの子。

「そんな軽く言うことでしょうか……。一応聞いてみますけど、何故です?」

「他に好きな人ができちゃったから」

「……」

「他に好きな人ができちゃったらしょうがないよね」

「わかるー」

「一生で二、三回結婚するのが普通だよ、リンスさん」

 文化が違います。


 ここに来て町エルフたちとつきあうようになって知ったのですが、町のエルフたちは男も大概ですが女の方も平気で浮気してます。あまりに当たり前すぎて浮気という意識もありません。ユリアみたいに約束したわけでもない男を三十年も待つようなのはとても珍しいのです。何のために結婚するのか本当に理解できません。

 え? 森のエルフだって似たようなものじゃないか、ですって? あのですね、ボクたちは親子兄弟を把握しているのが女だけなのです。男からしてみれば常に近親相姦の恐怖がつきまとうわけですよ。こっちからはうかつに声を掛けられないのです、怖くて。三千人しかいない狭いコミュニティで複雑に入り組んだ血縁関係をコントロールしているのは女たちで、ボクたちは従うだけです。こんなにやりたい放題じゃありませんよ。

 町のエルフの風紀は伸びきったゴム紐のようにゆるゆる……。他種族からはその性的乱倫のために眉をひそめられているようです。ドワーフのエルフ評が辛辣なのって絶対町エルフのせいです。


「文化が違うわー……」

 エリーも理解しがたい様子です。


「それに支えてあげないと、だし……」

 女の子たちは急にいじらしくなりました。こね回してる指先を見つめちゃったりなんかしてます。

「私の料理を食べて欲しいし……」

「私の縫った服を着て欲しいし……」

「私の隣で眠って欲しいし……」

 何故そこまで……理解できません。


「いつも思うのですけど、あれのどこがいいのです?」

 ユーリを脳裏に思い浮かべながら聞いてみました。

「人間ってエルフの趣味ではないと思いますけど、それでも人間と結婚した方がまだマシじゃないですか?」

 当然の疑問を口にしてみたのですが、エルフの子たちは何故か一斉に顔をしかめました。


「いや、それはない」

「人間の男はちょっと……」

「趣味が悪すぎるよね」

「臭いし」

「不潔だし」

「声も汚いし」

「見た目は我慢するにしても臭いがマジで無理」

「本当に嫌!」

「そこまで言わなくても……」

 言いながらエリーは自分のにおいを気にしてました。


「それに、赤ちゃん欲しいし……」

「? 人間とじゃダメですか?」

「エルフの女と人間の男じゃ子供ができないんだよね……」

「えっ、できにくいとかじゃなくてできないのですか?」

「そう。歴史上一度も例がないの」

「エルフの男と人間の女だと普通に生まれてくるんだけどねー」


 なんとなく前世の人間について思い出しました。

 アフリカ以北の現生人類にはネアンデルタール人やデニソワ人その他の絶滅した人類から受け継いだ遺伝子が含まれています。一方で、ミトコンドリアDNAは母親からしか伝わらないのですが、これはアフリカ人も含めた現生人類すべてのミトコンドリアの祖がたった一人の女性にさかのぼることができます。

 これはネアンデルタール人と人類の祖先との交配はネアンデルタール人男と人類女の間でのみ行われたことを示唆しています。残ったのがたまたまその組み合わせの子孫だけだったのかもしれませんし、文化的な要因があったのかもしれません。あるいは人類男とネアンデルタール人女との組み合わせから生まれてきた子は生殖能力を持たなかったのかもしれません。それとも、もしかしたらエルフと人間のように、母親が人類じゃないと子供ができなかったのかもしれませんね。


「そのエルフと人間の混血児──ハーフエルフ? って見たことないのですけど、この町にもいるのですか?」

「ちょこちょこいるよ? 多分見てるはず」

「親を知ってないとわからないよね。見た目は完全に人間だから」

「え、そうなのですか?」

「髪も目も茶色いし、寿命とか病気への耐性とか、身体能力も人間だよ」

「耳も人間だし」

「エルフの遺伝って潜性だし一世代目は特徴が現れないんだよね」

「生まれた子が女でまたエルフの子を産むと髪の色とか違ってくるし、四分の一の確率でエルフが生まれてくるけどね」

「へぇー」

「エルフの男は産ませたら産ませっぱなしで全然面倒見ないから、母親は大抵苦労するんだけどね」

「男が家庭を顧みないのは当たり前でしょ」

「人間の女は男に甘えすぎだよ!」

「エルフの女が男を甘やかしすぎなの!」

 エルフと人間が文化的対立からギャーギャー口論を始めてしまいました。


「ユリアの旦那は普通に働いてますけど。あいつ、子育ても参加しそうな感じじゃないですか?」

 ふとそんなことを言うとピタッと争いがやみました。


「うん……ちょっとうらやましいかも」

「あんな甲斐性のある男いないよー」

「えー、そう?」

「子育てに口も手も出して欲しくないんだけど」

「働いてるのもねー……。余計な自信持ってそうで嫌」

 若手のエルフたちがうらやましそうなのに対して年配者たちは否定的です。


「でもやっぱり羨ましいっ!」

「こっちにも分けてくれないかなー」

「そうね……。三十年越しの恋を成就させたってのは、ちょっと憧れちゃうわね」

「結婚は二回したけど、私にはそんな相手いなかったな。……今からでも探してみようかなー」

「ミリアはどう? やっぱり羨ましいでしょ」

 エルマは隣のミリアの肩を揺らしました。ここまでずーっと押し黙って一言もありませんでしたけど、いることはいたのです。

 ミリアはぷいっとそっぽを向きました。

「……別に」

「えー、本当にー? 言っちゃいなよー」

 エルマはからかうようにツンツンつつきました。ミリアが返事をするまで少し時間が必要でした。

「……。街を出て行った幼なじみの男を三十年も待ち続けてて……相手も自分を思い続けてただなんて……しかも働く男……。あ、ありえない……悔しい、妬ましい……」

 うるんだ瞳が充血しまくってて血の涙でも流れ出しそうです。ミリアは彼氏がいると前にチラッと聞いたことがあるのですけど、うまくいっていないのでしょうか。


「やれやれ、若い子はこれだから」

「そりゃユリアのところみたいに初々しいのも素敵だけどね。男なんて浮気してなんぼでしょ」

 百歳も年の離れたエルフたちがミリアを優しい目で見つめました。ミリアはとうとう涙をこぼしながらキッと睨み返しました。

「ご飯作って、体洗ってあげて、泊めてあげて、服を縫って着せてあげて……そこまでしてあげたって、どうせ他にも女作るじゃない! 私も自分だけの彼氏が欲しい!」

 すると彼女たちはふふ、と含み笑いを漏らしました。


「精一杯着飾らせた男が余所でモテるのは当然のことでしょ?」

「でもね、モテたところでどうせ若い女には男を満足させることなんてできやしないんだから。結局は自分のところに帰ってくるものよ」

「男が働かなくてもいいじゃない。養ってあげる楽しみを知りなさい」

「百歳オーバーの包容力には勝てないよー!」

「わからない……。文化が違ーう」

 余裕しゃくしゃくのシニア組を前にエルマは悲鳴を上げ、エリーはとうとう両手を挙げて降参しました。どうやら町のエルフは年食ってる方がモテるようです。


「ところでリンスさんはどうなの? 誰かいい人いないの?」

 突然流れ弾が飛んできました。ボクは両手を軽く広げて肩をすくめました。

「ボクは今恋愛する気分じゃないのです」

「エリーさんは?」

 エリーも同じです。首をフルフル横に振って答えました。

「男は当分ノーサンキューよ」

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