3.22 冒険者ギルドもわからせエルフ
「おい、お前がリンスだな!」
ヤクザをまとめて再起不能にしてから数日後。冒険者の一団が屋台にやってきました。何の用でしょうか。
「焼き鳥一本十アントです」
「違う!」
「ちょっとツラァ貸せや!」
「何ですか? 冒険者同士の私闘は禁止ですよ?」
「何だ、お前冒険者か……」
「なら決闘だ!」
やれやれです。仕方ありませんね。
「ちょっと行ってきます」
「新メニューの相談したいから早めに帰ってよね」
「りょーです」
ボクは屋台の巡回をエリーに任せ、冒険者たちを引き連れてギルドの裏手の決闘場に移動しました。
「天空覇邪魑魅魍魎!」
「「「「「なにぃーっ!!!」」」」
冒険者たちの一団がまとめて吹っ飛びました。面倒くさかったのでまとめてワンパンキルしました。いえ手加減しましたのでキルしてはいませんけど。
うつ伏せに倒れる冒険者をツンツンつつきながら聞いてみました。
「お前たち何がしたかったのです?」
「うう……だって……」
「お前の追討依頼が出てるから……」
「……はあ?」
依頼書の貼ってある掲示板を探したら……あ、これでしょうか。
【急募】
求む! 屋台のエルフのリンスを倒せる冒険者! 生死を問わず。
【報酬百メリダ】
ボクをモンスター扱いですか? ムカつきますね。おそらくヤクザのしわざでしょうけど、よりによって冒険者ギルドに冒険者の討伐依頼を出すとはいい度胸です。そっちがそのつもりならこっちも同じことをしてやります。
「そんな依頼、受けられるわけないだろ」
「はあ?」
ところが、です。ボクがヤクザ討伐の依頼を出そうとしましたら、受付の職員は渋い顔で断りやがったのです。
さてはこいつら、裏でつながってますね? イーデーズではギルドはそういうことは絶対にしないって言ってましたのに。
「ほー、つまりこの支部はヤクザとズブズブ、冒険者の安全よりもヤクザの依頼の方を優先すると、そういうことですか」
「いやそういうわけじゃなくてね」
「それ以外にどう解釈できるのですか。ギルドの神さまー! おかしいと思いませんかー!?」
空に向かって呼びかけると音なき声が頭の中に響きました。
『もちろん──ギルティ!』
そして魔法の波動がギルド中を吹き荒れました。目の前の職員が、いえフロア中の職員が慌てて自分の職員カードを引っ張り出します。
ひっくり返して裏を見ると……おー、真っ赤です。一発退場のレッドカード、これでこいつらの職員としての機能は停止されます。というかまともな人間としての身分証明がなくなっちゃってます。
「あーあ、神罰が下っちゃいました。オーマイガーです。これでお前たちはおしまいです」
「お、おい! お前がやったのか?」
「ボクじゃなくて神様です」
「おい、何とかしてくれよ……」
「ボクにはどうしようもありませんね。神様に申請してください」
「申請する魔法が止まってんだよ! ──わかった、受ける! お前の依頼を受けるから、何とかするよう申請してくれ! できるんだろう、お前!」
「どうやって受けるのですか? お前たちはもうギルドの職員ではありませんのに」
「そ、それは……」
「まあ神様に話をしてあげなくもないですが、条件次第ですね。まずは話のできるやつを連れてくるといいです」
でもギルマス以下全員のカードが真っ赤なのです。要するに職員が誰もいません。お話になりませんのでこの日は帰りました。
翌日、屋台を冒険者風の男が訪れました。元冒険者でしょうね。大柄ですけど初老で、筋肉の落ち方は現役には見えません。お客でしょうか。
「唐揚げ一串十アントです」
「いや、違う。そうじゃない」
「お客じゃないなら誰ですか?」
「この町の冒険者ギルドのマスターだ」
ようやくお出ましのようです。
「ギルマスが何のご用でしょうか」
「謝罪しに来た。申し訳ないことをした」
「それにしてはずいぶんと頭の位置が高いようですけど。それが謝罪する者の態度ですか?」
「すまなかった」
ギルマスは深々と頭を下げました。
「わかってませんね──ですから、高いって言ってるでしょう?」
ボクはクイクイと地面を指さしました。
「クッ……」
ギリッと歯ぎしりしたギルマスは足を折りたたんで頭をさげ、おでこを地面につけました。土下座です。
「それでこそ話ができるというものです。ところでお前、何を謝ってるのですか? 自分たちの何が悪かったのか、その口で説明してみるといいです」
「それは──」
そしてギルマスはギルドが暴力団となれ合っていたこと、そのヤクザの依頼でボクの首へ賞金を懸けたことを告白しました。
許しがたい罪ですね!
「──どうですか皆さん! この町の冒険者ギルドはヤクザと癒着して一般市民を苦しめていると、ギルマスがその口で言いましたよ!」
「「「「「Boooooooo!!!」」」」」
屋台のお客、それからギルマスの謝罪を見ようと足を止めた通行人たちが一斉にブーイングを上げました。
「これが世間の声というやつです。ま、そういうわけでレッドカードも当然ですよね。罪の味を噛みしめて眠るがいいです」
「そこを何とか……」
「ざけんなー!」
「テメーの都合ばっか言ってんじゃねーぞダボがッ!」
土下座のままのギルマスに罵声が降り注ぎます。
ところがそのとき、横から「そろそろ勘弁してやってくれ」と声がしたのです。見ればユリアの好きピの冒険者エルフです。
何を言ってるのでしょうかこいつは。ジロッとにらみつけるとそいつは静かに首を横に振りました。
「──いや、冒険者として許せることではないのはわかっている。許せというのではなく、どこかで妥協できないだろうか。ギルドもだが、冒険者も困ってるんだ。当然一般市民も」
ユリ彼によればギルドは大混乱だそうです。
なにしろすべての業務が停止してます。冒険者が依頼を受けることもできませんし、受けていた依頼を達成しても完了の手続きができません。もちろん新たな依頼の受付も停止してます。主に隊商の護衛の手続きが大渋滞してるそうなのです。
「しょうがないですねぇ……」
ボクの敵でないものにまで迷惑をかけるのは不本意です。ボクは話し合いの席に着くことにしました。
まあ話し合いと言っても向こうはボクの要求を丸飲みするしかないのですけど。
要件は二点です。
① ボクへの補償。つまり冒険者を庇護すべき冒険者ギルドが冒険者に賞金を懸けたことへの謝罪と賠償、及び討伐依頼の取り下げ。
② ヤクザの討伐依頼を受理すること。
依頼はもちろん即時取り下げとなりました。それと当然、今後はヤクザとの付き合いは一切断ってもらいます。
謝罪としてはギルマスの辞職で手を打ちました。本当は懲戒免職が相応だと思いますけど、ボクは優しいですのでその辺で許してあげました。あ、それと残った職員たちは今後ボクの前では床の上に正座で応対することとなりました。
それから討伐依頼の方ですが、これももちろん受理させました。
懸賞金の方はヤクザ一匹につき金貨一枚、生死を問わず。賞金は賠償を兼ねてギルドの持ち出し。ヤクザが生きている場合は人権剥奪奴隷『ロー』として売却する手続きと、死んでいた場合の死体の処理もギルドが担当することになりました。
これだけのことを決めて契約するとようやくカードの色がスーッと緑に戻りました。
ボクはがん首並べて床の上に正座する職員たちの顔を見渡しました。
「まったく……生きざまの汚い奴らですね! 冒険者ギルドのくせに冒険者の味方をしないでヤクザなんかに組するからこういうことになるのです。下水溝で食べかすを漁って生きるゴキブリ未満の自分の人生を恥じるといいです」
一同悄然と顔を伏せて一言もありませんでした。
「頼むよ、俺たちじゃ歯が立たないんだ」
「あんたら強いだろ?」
「思い知らせてやってくれよ!」
通りの向こうからガヤガヤと騒がしい一行がやってきました。えーっと……、あー、あの顔は、先日倒した冒険者たちです。多分。違う冒険者を連れています。
「まったく、面倒なことに巻き込みやがって」
「後で奢れよ?」
んー? 一緒にいる冒険者たちは何だか見覚えのある顔です。あの顔はどこで見たのでしたか……。
……あー、イーデーズの冒険者じゃないですか。ヘラヘラ笑いながらやってきたそいつらはボクを見た瞬間に硬直しました。
「ゲッ、リンスじゃん!」
「あれは無理だからやめとけ。死ぬより酷い目に遭わされるぞ」
聞こえてますよ。エルフは耳がいいのです。
ヘッヘッと薄ら笑いしながら近寄ってきた冒険者たちはヘコヘコ頭を下げました。
「姐さん、とんだところでお会いいたしやして……」
「久闊を叙する暇もございやせんが、お元気そうで何よりです」
「おーお前たち、お久しぶりですね! 旧縁のよしみで耳寄りな情報を教えてあげましょう。実は今、この町のヤクザの首に賞金が懸かっているのです。ヤクザ一匹一メリダですよ! ちょっと小遣い稼ぎしていくといいです」
「ヘッヘッヘッ……」
「そいつは重畳……」
唐揚げをおごりながらそう伝えると二人はニタリと笑ったのでした。
その後イーデーズからの護衛でやってきた冒険者たちは来たついでにバイト感覚で『狩り』をしていくようになりました。オーク狩りよりはるかに楽でしょうし。だって冒険者と一般人とでは飢えた狼と足を怪我した兎くらいの差があるのですから。
「オラァッ!」
「グァッ!」
パンチ一発でヤクザの顎がすっ飛んで路地裏の壁にべしゃりと貼りつきました。
「死ねやクソ虫!」
「ヘブッ……」
ヤクザの足首をつかんでおおきく振りかぶって地面目がけてビターンと叩きつけました。冒険者ならこんなのはウォームアップですがヤクザはもう伸びてます。動けません。
「逃げんなカスがッ!」
「アアアアッ!」
逃げるヤクザの首根っこを捕まえて壁に押し付けてゾリッ! 人体模型みたいな顔になったヤクザは鼻があったところを押さえてうめきました。
「や、やめて……」
「抵抗すんじゃねェボゲッ!」
「ギャアアアアアッ!」
腕を縛るのが面倒くさいからってポキポキ折って引っ立ててゆきます。
イーデーズの冒険者たちはこっちの冒険者たちを手足にしてチームを組み、効率的にヤクザを狩り立てました。
こいつらのいやらしいところは『下の方から』やったところです。これが戦争ならいきなりトップの首を取ったに違いありません。でもそれでは下っ端たちは逃げてしまいます。『下の方から下の方から』狩ることによってヤクザたちは撤退の判断を誤り、少しずつ数を減らしてゆきました。
捕まったヤクザのうち、生きていた者はロー、人権剥奪奴隷として売却されました。
ローというのは基本的に死刑囚の類がなるもので、人としての一切の権利がありません。奴隷というか家畜です。隷属の首輪の力で何の自由もなく、反抗もできず、ただ指示に従うだけの存在です。もちろん殺しても何の罪にも問われません。
そのローに落ちたヤクザを上流階級の誰かが買っていきました。
しばらくしてから、埋め立てゴミの中に死体が混ざっていると噂が流れました。ただ、その死体は『人間』のものではなく、首に隷属の首輪が嵌っている、つまりローであるために当局も動かないそうなのです。
ちょっと気になったので見に行きました。
あ、本当に死体が捨てられています。その死体の裸の上半身にシダ植物の葉っぱみたいな模様のやけどが浮かんでいました。リヒテンベルク図形というやつです。雷に撃たれたときに特有の傷跡です。
あの家の当主、どうやら空撃ちでは満足できなくなったようです。
捕まったら最後ヤクザとしてはやっていけません。というか死にます。最初は粘ってたヤクザたちも次第にスズナーンを離れて他の町に行ってしまいました。
「あんなにいたヤクザが町から消えちゃった……」
エリーは呆然とつぶやきました。
この町でもまたもヤクザを一斉駆除してしまいました。街角を綺麗に仕上げる異世界清掃エルフです。
「あ、そうだ。新メニューのことだけど」
「なんですか?」
ところで、ボク特製のニンニクユーリンチーは満場一致で採用を否決されてしまいました。何故ですか……?
「だから、あれは無理だっての! 諦めろ!」
そのイーデーズから来た冒険者は「仇を取ってくれ」と頼むスズナーンの冒険者をすげなくしっしっと追い払った。
ここスズナーン辺りの冒険者は弱い。そしてリノス地方の冒険者は強い。戦闘タイプの冒険者としてはイーデーズでは一番弱いミラでもここなら無双できる。
「そのあんたらでもあれには勝てないってのか?」
「勝てるわけねェだろ、バカタレ!」
「城を投げ飛ばすような奴相手に何をどうしろってんだよ!」
「城?」
「何言ってんだあんた」
「……まあ言っても伝わんねーよなァ」
「見ても信じらんねえもんな……」
「そうだな、お前らにもわかりやすく言うとだな、鬼人も紅焔もボコられ済みよ」
「……嘘だろ?」
「嘘じゃねーよ」
「ウチで今一番強いのはヴァンって若造だけどな」
「鬼人より強いのか?」
「本人が言うにはとてもじゃないがもう勝てんとさ。そいつを鍛えたのがあのエルフよ」
「当然師匠のあいつの方が強いからな?」
「マジかよ……」
「黒山羊隊長のお墨付きよ。あれと喧嘩するくらいなら国に喧嘩売った方がマシだぜ、マジで」
「だから諦めろって。むしろ従った方が得だぜ? 大人しく言うこと聞いときゃいい目見させてくれるからな」
「ずいぶん美味いもん食わしてもらったなァ……」
「ああ、もう一度でいいからあのイノシシそばが食いてェ……」
「それに、大分小遣いももらったしな」
「今もオーク一匹ブッ殺したら一メリダ余分にくれるんだぜ? リンス様様よ」
「おう、そういやヤクザに懸賞かかってんだろ? ちょっと狩ってくからお前ら案内しろ」
「へ? い、いや、それは……」
「はァ? お前ら俺よかヤクザにつくってか?」
「いや、あの、そういうわけじゃ……」
「じゃあどういう意味だよ、言ってみろ!」
「冒険者がヤクザなんぞに尻尾振ってんじゃねェよ、ボケッ!」
「す、すいません……」
「わかったら行くぞ、オラ」
「なァに後のことは考えなくていい。リンスがケツ持ってくれらァ」