3.20 サマーシーズン到来!
夏です。熱い夏が来ました。ボクは屋台を中心に魔法でひんやりフィールドを作って待避所を作りました。売り子たちも避難してきて涼んでます。三十℃以上の猛暑の中で働くなんて人間はアホですねぇ。蚊でも休んでますのに。
おかげでアチアチのメニューは売れ行きが落ちてます。
そのとき、ふと閃きました。
ビールも売りましょう!
焼き鳥にビール! 唐揚げにビール! 前世のボクはJCでしたので未体験でしたけど大人はみんな好きでした。きっとこの世界でも受けるはずです。イーデーズでは路上での飲酒が禁止されてましたのでやる機会がなくて、つい失念していました。
あっちでもそうでしたけどお酒のことならドワーフです。そしてビールのことならコビットです。
ボクはミルズのところに行きました。きっとおいしいビールを作っているコビット農家を知っているはずです。仲介してもらいましょう。
「コビットの知り合い? もちろんおるぞ。鍬でも鋤でも何でも打っとるからの」
思った通りでした。
「ビール作ってるのっています?」
「おお、知っとる知っとる。紹介して欲しいのか?」
「是非お願いします!」
ボクはミルズにコビット農家へと連れて行ってもらいました。対岸のナーンの村です。
「なんやワレ、なんか用かワレ」
「ケンカ売っとんのカ? 買ったるでコラ!」
アイダホの土から生まれたポテトみたいな顔をしたコビットが猜疑心もあらわにボクを見ています。そう警戒しなくても取って食べたりしませんよ。
ボクは優雅にあいさつしました。せいぜい友好的に。
「ハウドゥーユードゥーコビット諸兄、ボクはオーマの森の妙なるエルフ・リンスです。お前たちには是非ビールを譲ってほしいのです。ビールと言えばコビットですからね! ちなみにこれはリノスのコビットが作ったビールです」
ボクはコビットたちに森の妖精亭で出していたビールを飲ませてあげました。
「お前たちにこのレベルのビールは作れないというなら諦めますけど……」
白々しくそんなことを言うとコビットたちはいきり立ちました。
「ハァ?」
「なんやコラ? やるんかコラ?」
「こんくらいのもんナンボでも作ったるガナ!」
俄然やる気を出したコビットたちはビール作りに専念してくれるようになったのでした。
「コラいける!」
「ウマイやないケ!」
コビットにもらったビールをここでは魔法でキンキンに冷やして出してます。暑いですからね。これが大好評で屋台は連日満員御礼です。
やってきたコビットたちも焼き鳥片手にご機嫌で飲んでます。彼らもお金の意味ってよくわかってないのです。ですからボクが報酬として用意したのは屋台の食べ放題券でした。ただ一番気に入ったのはチキンラーメンだったみたいで、ビールを納めるたびに大量に持って帰ってます。
「ねえ、何で物々交換なの?」
エリーは何だか不満そうです。
「お金使おうよ。値段付けないとビールとパスタの収支が釣り合ってるかどうかもわからないじゃない」
「コビットはお金じゃ多分譲ってくれませんよ。ものの価値は誰にとっても同じではないのです。たとえばボクがキ何とか家の隠居に贈ったワイングラス、あれはボクにとっては何の価値もないものでしたが、隠居にとってはまったくのズブの素人を無縁の分野に参画させるほど価値のあるものでした。価値を決めるのは本来個人の主観によるものです。エルフやドワーフも同じですけど、彼らと付き合うときに大切なのは気持ちです。気持ちはお金には替えがたいものです」
「気持ちねぇ……ハッキリ言うけどさあ、値段で言ったら多分うちがかなり得してるよ? 双方満足なら騙し取ってもいいの? それって詐欺とどう違うの?」
「うーん、それはいけませんね。あとで何か贈っておきましょう。彼らにとって価値のあるものを」
「……まあ、いいけどさ。それにしてもコビットかぁ。大丈夫かな?」
エリーが何だか心配しています。
「何がです?」
「コビットは麻薬もいっぱい栽培してるんだよね」
「コビットにとっては麻薬は酒やたばこと同レベルの嗜好品ですからね」
そう言うとエリーはうなずきました。
「そうね。でも人間にとっては魂を売り渡してでも手に入れたい依存品なのよ。当然ヤクザのシノギになってて、コビットに手を出すとヤクザが出てくるんだよね。……あ、思い出した。私んちが潰れるときにヤクザがお店に来て散々嫌がらせされたんだ。協議会ともつながっててね……」
「お前本当にいろんなことをやられてますね」
コビットたちが襲われても気の毒です。ボクは大量の【影狼】を召喚してコビットたちのガードにつけておきました。
「おうおうお前ら、邪魔だ!」
「どけや!」
翌日のことです。三人組のガラの悪い男たちが屋台のお客たちを押しのけ、周りをねめつけ威圧しながらボクを目掛けてやってきました。
うわあ、本当に出ましたよ。石をひっくり返したら出てくる虫くらいの気安さで。ボクは屋台とお客たちを【光のヴェール】でガードしました。
「ケッ! ……あ痛ッ」
右のヤクザが唾を飛ばして屋台を蹴り飛ばしました……蹴り飛ばそうとしましたけどボクの防御魔法はビクともしません。蹴った足を抱えて痛がってます。
「おうお前がリンスか!」
先頭を切ってやってきたヤクザにいきなり胸倉を捕まれました。冒険者に喧嘩を売るとはいい度胸です。
「おうおう、誰に断って「高い高ーい!」
口上の途中で手首を極めて襟から外させて逆に胸倉をつかんで魔法で垂直に投げ上げました。五メートルほど。
「おっ、おわああああああっ!」
自由の翼を手に入れたヤクザは地球の重力を振り払ってFly High! って、そんなわけありませんよね。悲鳴を上げてジタバタしてますけど空中では何もできません。鉛直自由落下に移行したヤクザはそのままドサッと着地しました。冒険者ならともかくただの人間では着地じゃなくて投身自殺です。
「おぁー……。あぁー…………」
両足を複雑骨折したヤクザは身動きできずに口から泡を吹きました。うわー、膝の上から脛の骨が突き出てます。痛そうですねー。
「てめえ!」
仲間のヤクザが殴りかかってきました。うーん、隙だらけです内股にローキック! ゴボッと鈍い音がして太ももに関節が一個増えました。
「ほおおぉぉぉ……」
ヤクザは土笛を吹いてるみたいな丸い口の形でせつない息を吐いてその場に崩れ落ちました。蹴られた足を抱えてうずくまる男の無事な足を目掛けてさらに容赦なき、足踏み……。
「ぐあああっ!」
ボグッとくぐもった音がしてこっちの足も折れました。これでバランスが取れたというものです。
残ったもう一人は怖気づいてます。ボクはクイックイッと両手でおいでおいでしました。
「さあかかってくるがいいです。お前の両足を三角形に折りたたんでガンタンクのコスプレをさせてやります」
「ひぃっ」
結局残りの一人は逃げようとしました。即回り込んで捕まえましたけどね。エルフからは逃げられません。
「仲間を見捨ててるんじゃねーです。こいつら邪魔ですから持って帰るがいいです」
ボクは倒れたヤクザ二匹を魔法で持ち上げてそいつの背中に乗せてやりました。ヤクザは二人を背負ってヨロヨロしながら帰りました……あ、転びました。
「「ギャアアアアアアアッ!!」」
足の折れた二人が絶叫してます。
あーあ……。お客がみんな息を呑んでドン引きしてます。まったく、営業妨害もいいとこですね! 後で損害賠償を請求しておきましょう。
ボクはお客たちに向かってペコリと頭を下げました。
「皆様ご迷惑をおかけいたしましたです。お詫びとして本日残りの営業は品切れまで無料でーす!」