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3.17 ラーメン発見伝

 エルフの男がバイトに応募してきました。

 町エルフの男を見たのは初めてですが一目見て男だとわかりました。そうです、町のエルフには顔つき、身長、肩幅など、男女で明確な性差があるのです! 森エルフとはずいぶん違いますね。ちなみにこいつの名前はユーリです。見た目は人間でいえばいいとこハイティーン、ちょっと子供っぽい顔つきで、いたずらな表情は甘え上手な性格を予想させます。


「エルフの男がバイトするなんて、季節外れの雹でも降るのかしら」

 エリーが驚いてました。

「どういうことです?」

「あのね──」


 エリーによれば町エルフの男というのはとにかく働かないそうなのです。大体男女比が2:3くらいの売り手市場で選び放題、複数の家庭を持って女にたかって暮らすのが普通なのだそうです。エルフの女は成人したら独り暮らしして、バイトしてお金を稼いで、男に服とご飯とベッドを用意してあげるのだそうです。エルフの男はそれに甘えっきりで靴下まで履かせてもらってるのだとか。とんでもないやつらですね……。

 人間から見るとヒモにしか見えず、エルフの女は人間の女たちからは「せっかく可愛くても男があれじゃあね」と憐れまれているそうです。


 うーん、聞くからに不安です。


 どうせこいつも働いたことなんてないでしょう。不安だったのですけど、とりあえず店頭に立たせてみました。

 ……みましたのですけど、フラフラしているだけで何もしようとしません。一応教えたのですけど呼び込みすらしないのです。……と思ってたらお客の女の子たちの方に吸い寄せられるように近づいてなれなれしく肩を叩きました。


「ねえねえキミたち、この後暇? ベリーズの新作出たんだ。食べに行こうよ」

「えー? ごちそうしてくれるのー?」

「もちろん、キミたちのおごりで!」

「もう、やだー!」

「キャハハ!」


 ……お客をナンパしてます。相手が人間でもお構いなしみたいです。

 こいつに接客をさせるのはリスクが高そうです……。


 少しはエリーを見習うといいです。エリーはお金儲けが大好きで働くのも大好きで、今までのうっぷんを晴らすように朝から晩まで働いてます。

 夜、家に帰ると机に向かって帳簿を付けています。経理を任せているのです。……おや、生意気にも複式簿記ですね。文章でも何か書いています。

「何を書いているのですか?」

 聞いてみるとエリーは紙に向かったまま答えました。

「今日の日記。それと商売のアイデアを書いてるの。毎日目から鱗よ。エルフの商売って参考になるわ」


 そして朝になるとまた元気よく仕事に向かおうとしています。

「次は何をするの?」

「それでは、そろそろ屋台に食べに来ない層の需要を掘り起こしましょう」


 これだけ鳥をブッ殺してるわけで、当然のことながら鳥の骨がいくらでも余るわけです。今までの余った分は全部アイテムボックスにとってあります。

「というわけで鳥がらスープを作ります」

 これも例によって中華のつもりで作ってもブイヨンになるわけですけど。


 いろんな鳥のガラを洗って、野菜くずと一緒にグラグラ煮ます。グラグラというのは誇張です、沸騰させないように煮ます。野菜はニンニク、玉ネギ、ニンジンと、セロリにトマト。あくをしっかり取りましょう。

 お湯を足しながらしっかり煮込んで、旨味が出切ったらザルと布で漉しておしまいです。今回は脂もゼラチンもそのままです。コンソメスープを作るわけじゃありませんしね、こんなものでいいでしょう。


 次にパスタを作ります。売ってる小麦粉が強力粉ばかりですので他の麺類よりもパスタがいいでしょう。そう、どこを探しても強力粉しか売っていないのです。調べてみたところ、この辺りで栽培しているのは四月に種を蒔いて八月に収穫する春まき小麦ばかりのようです。なんでも春まき小麦は強力粉になり秋まき小麦は薄力粉になるそうなのです。この辺りの食事はパンがメイン、つまり強力粉が主ですので春まき小麦が主流となったのでしょう。

 パスタは細めに作ってます。さっき作ったスープの味を塩で調えて、パスタを茹でます。茹でたパスタを油で揚げます。ミルズに金網で型を作ってもらいました。大きさは食パン程度の型枠に茹でたパスタを詰めて形を整えて、煮えたぎる油に沈めます。

 バチバチバチッと激しく水分が跳ね飛んで──ボクは魔法でシールドしてます。そろそろいいでしょう。油を切る網に上げたパスタはパリパリに固まっていました。


 チキンラー……鳥ガラパスタの即席麺の完成です!


「はあ。これ、何なの?」

 エリーもエルフたちも不思議なものを見る目で見てました。

「これは茹でるだけで食べられる……えーっと、インスタントな保存食です。そんなに日持ちはしませんけど」

 実際にやってみましょう。

「小鍋にお湯を沸かして、三分茹でて……ほら、もうできちゃいました。さあさあどうぞ、召し上がるがよいです」

「それじゃあ……えっ」

「嘘……」

「ちゃんと食べられる……」

 みんな目を丸くして固まってます。料理する人にはこの驚異の簡易食の意味がわかったのでしょう。

「……え? こ、これ、凄くない?」

「スゴイのです」


 また借金して別の工場を借りました。今度はチキンラーメン工場です。

 ユーリはこっちに移しました。こいつを表に出すのは危険ですからね。裏方をやらせましょう。女にくっついてないと生きていけない、自分ではパンツも洗えないカスのヒモですが腐ってもエルフ、魔法は強いのです。生得的にシールドされてて油跳ねもへっちゃらです。


「ねーねー、同じ作業ばかりで飽きちゃったなー。キミ、代わりにやってよ」

「うん……」

「ありがとう! お礼と言っちゃなんだけど、今夜飲みに行こうよ。もちろん、キミのおごりで!」

「はい……」

 同僚のエルフの子たちをナンパしながらサボってます。誘われた子はなんとなく襟なんか直しながらうなずきました。

 これは思ってもみなかった副産物なのですが、男の目を意識した女の子たちがしおらしくなりました。


 また屋台を増やしました。この世界にはビニールもアルミ蒸着技術もないからです。流通に乗せるのは諦めて店頭で販売します。

 メインターゲットは家にキッチンのある中流層、それから昼に屋台まで戻ることのできない農業従事者です。たき火と鍋と水があれば作れちゃいますからね。この町で一般的なカチカチの味気ないパンと違って、暖かいスープに入った麺料理がお昼に食べられるのです。元の世界でも画期的な発明でしたがこの世界では革命的と言っていいでしょう。


「全世界どこにいたってお湯があったら食べられちゃいます♪」

 屋台でボクの演奏に合わせてミリアが歌いながら麺を茹でてます。実演販売です。

「ちょちょいのちょいで──ホラ、もうできちゃった!」

 このCMソングは歌い終わるとちょうど三分なのです。


 アレンジメニューも作りましょう。今度は包丁とまな板を取り出したミリアは手早く料理を始めました。

「はい鳥肉、鳥肉がありますねー。この鳥肉をこま切れにします。あとお好きな野菜ですね。今日はセロリとトマトを用意しました。鍋にオリーブオイルを引いて、ニンニクのスライスを入れて加熱します。ニンニクに火が通ったら肉を入れて炒めて、次に野菜。はいザッザッザーと手早くやっちゃいましょう! ここで軽く塩を振っておきます。軽くですよ、麺にも味がついてますからね! 鳥皮に焦げ目がついたら別に沸かしておいたお湯を注いで、はい、麺を入れます。……麺が煮えたらお椀に盛り付けて、ほらもうできあがりです! どうですか? ちょっとしたメニューが簡単にできちゃうでしょ!? 昼食を手軽に済ませたいときもいいですし、夕食の主役だって務めちゃいます。さあ皆さんどうぞ、お召し上がりください!」

 小鉢に小分けにして道行く人たちに試食してもらいます。もちろんサクラが混じってますけどね。

「あ、いける!」

「えー? こんなに簡単に食事ができちゃうの!?」

「それで、値段は? 高いんだろ?」

「おひとつ四分の一プライドルでーす」

「そりゃ安い!」

「よし、ひとつくれ!」

「私はみっつ!」

「こっちは十食分だ!」

「ありがとうございまーす!」


 この即席麺は爆発的に売れました。おかげで屋台の数も増えて五十店舗達成です。店員も増やして売って売って売りまくります。向かいのお店も流行りに乗ってパスタを始めました。


 さてラーメンもたこ焼きも粉もんなわけで、小麦粉を卸問屋から直接買い付けることにしました。何しろこのチキンラー……パスタ、アホほど売れてますからね。作ったら作っただけ売れて製造が追いつかないほどで、これまでみたいに小売店から買っていたのではとてもじゃありませんけど追い付かないのです。


「なるほど、なるほど! そういうことでしたら是非ご用命ください。必要なだけ用意いたしますよ」

 問屋──例の穀物取引協議会に所属している十一家のお店に事情を伝えるとニコニコ笑顔で請け負ってくれました。

「それは心強いですね!」

「よろしく、お願いします」

 ボクもニコニコ、でもエリーの方は作り笑いがこわばってます。一族の仇みたいな相手ですからね。


 現在の卸価格は小麦一グライン(一・八キログラム)が二プライドル二十九アント(銀貨二枚と銅貨二十九枚)だそうです。だいたい金貨一枚の十分の一弱ですね。去年の収穫量は平年並みで、相場も平年並みで推移したとのことでした。

「では一グラインを二プライドル三十アントで買いましょう。その代わり優先的にこちらに回してくださいよ?」

「もちろんですとも!」

「それとついでに今年の分も予約していきます」

 あとひと月半、八月には収穫が始まります。

「小麦一グラインを二プライドル四十アントでいかがですか?」

 支配人の営業スマイルの奥に驚きがひらめきました。


 今年は陽気が続いて麦は勢いよく背を伸ばしています。麦の穂も実りが良く、例年以上の豊作が予想されています。

 つまり今年の収穫後の卸価格は平年を下回る見込みなのです。そこへボクが平年以上の価格を提示したものですからカモがネギをしょってやってきたように思ったのでしょう。

 支配人は内心の喜びを悟られないように表情をつくろって──バレバレでしたけどね、ボクはそんなことは素知らぬ顔で、双方契約書にサインしました。


 問屋を出た瞬間からエリーは作り笑いもやめて怖い顔になってます。ボクはそのほっぺたをうにうにマッサージしてあげました。

「表情が硬いですよ」

「……ごめん、演技しきれなかった」

「まあ仕方ありません。次からがんばりましょう。なに、あと一年の辛抱です」


 それからボクたちはすべての問屋で同じ契約をしました。どこも素人を食い物にしてやろうという悪い笑顔でいっぱいでした。

「ところで、どうだった? 森の彼女と親しくなれた?」

「ぜーんぜん! 冷たーい目で見られるんだよ、『働かない男はゴブリンに食われて死ね』みたいな。……でも、その目が癖になるっていうか」

「こいつ変態だったか」

「まあ彼女のことは引き続き狙っていくけどさ、周りに女の子がいっぱいでさ! もう目移りしちゃうよ。なあ、お前も来いよ。楽しいぜ?」

「うーん、でも働くのはなぁ……」

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