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3.16 エメラルド・スプラッシュ

 不意打ちで嫌なお話を聞いてしまいました……。ちょっと寄り道して憂さ晴らししたいと思います。


「これはこれはお客様、今日はどのようなご用件でいらっしゃいますか?」

 ボクは以前宝石を探しに訪れた新市街地の宝石商にやってきていました。何でもエリーの指輪を買い取ったのはここだそうです。

 案内された応接室で、ボクは机の上にエメラルドを置きました。一センチ角くらいの大きさで綺麗にカットされたやつです。

「ちょっと査定をお願いしたいのです。これっておいくらくらいになります?」

「ほほう……これはこれは。ちょっと失礼いたします」

 宝石商は虫眼鏡を持ち出してエメラルドを子細に観察しました。

「素晴らしいエメラルドですね! こちらはどのようにして……」

「ボクの森にはたくさんあったのです。それで、おいくらでしょうか?」

「そうですね、この大きさでこのクオリティーでしたら、六プライドルが相場といったところでしょうね」

 銀貨六枚、この町だと一日分の生活費にもなりません。聞いた通りの不正直なお店です。

「はあ。そんなものですか」

「それが相場です」

 ボクは銀貨六枚をもらって帰りました。


 その日のうちにさっそくギルドに申請して、翌日には新しい屋台の許可をもらいました。今度の屋台はエメラルド屋さんです。

「さあ皆さん、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。混じりっけなしの本物のエメラルドですよー。この大きさのエメラルドが、おひとつなんと六プライドル! さあさあ来て見て触って買っていくといいです。早い者勝ちですよ!」

 屋台に昨日のものとまったく同じエメラルドを百個も並べてお客を呼びました。

「えっ、これが一個六プライドル!?」

「マジで?」

「それが相場だそうですので。さあさあどうぞどうぞ、是非お買い求めください」

「じゃあ四つくれ! 一メリダでいいんだな?」

「もちろんですとも」

「こっちは十個だ!」

「まいどありでーす」

 もちろん魔法で作ったエメラルドです。銀貨六枚でもボロ儲けです。


「お、お客様!」

 そんな調子でエメラルドを売ってたら昨日の宝石商が全速力でやってきました。ぜーぜー肩で息してます。

「おやおや、昨日はどうも。今日はどのようなご用件ですか?」

「そ、そのエメラルド! いったいどういうことですか!?」

「はあ。何か不審なことでも?」

「だって、そんな、大量に……」

「ボクはたくさんあると言ったでしょう?」

「でも、たったの六プライドルで……」

「これが『相場』だと言ったのはお前ですよ」

「あああああ!」

 宝石商は頭を抱えて叫びました。

「……わかった、わかりました! それでは残りは全部私にください!」

「六プライドルで? 嫌ですよ。大勢に行き渡った方が気持ちがいいじゃないですか」

「それでは……ひとつ一メリダで買い取ります!」

「一メリダ?」

 ハッ。ボクは鼻で笑いました。

「ボクはエメラルド普及委員会の会長なのです。この町の誰もがエメラルドを持つ日がもうすぐやってくる──その達成がボクの夢です。お前に用はありません。帰るといいです」

 その日は希少価値がなくなったエメラルド市場が崩壊する日です。宝石商は冷や汗をかき、悶え、とうとう絞り出すような声を上げました。

「……わかりました! 十メリダ! 一個十メリダで買い取ります!」

「本当に?」

「本当です!」

「どれだけあっても?」

「もちろんですとも!」

「ではこれを」

 ボクは屋台の台いっぱいにドン! とエメラルドを積み上げました。

「一万個あります。北門周辺の人口分です」

「い、いちまん……!?」

 宝石商はグッと息を呑みました。

「別にいいですよ? お前が買わないというなら一個六プライドルで町中に売るだけです」

「……ぐうぅぅう!」


 宝石商は金庫の底を払い、足りない分は借金して金貨十万枚を工面しました。

 顔色を真っ白にした宝石商は自分の足では立てず、両側から従業員に支えられて帰っていきました。


 エメラルドについてはこれで手打ちにしてあげました。翌日から売り出したのはオパールと真珠です。

「どれでも六プライドルですよー。さあさあ、この機会に是非お求めくださーい」




 正規の値段で宝石を買う人はこの町からいなくなり、宝石商はその月のうちに不渡りを出して倒産しました。

 まったく、これでちょっとは気が晴れたというものです。勘弁してほしいですよ、本当に。

 道端にたむろしていた三人のエルフの男の前を、近頃町に住み着いた森エルフの女性が通り過ぎた。一人が感嘆して小さく口笛を吹いた。

「ヒュー、なんてドスケベボディだ」

「目の毒だ」

「気軽に町を歩いていい体じゃねーよな……」


 その森エルフは町ではまず見かけない怜悧な顔つきのとんでもない美女だった。長身で細身で、時折スカートの裾からチラリと覗くくるぶしの眩しさがたまらなかった。町のエルフでは見たことのない瑠璃色の瞳は不思議な輝きを放っていた。肌は光を跳ね返して白く、頬に命は宿り、唇は濡れたようだった。美しく整えられた白金の髪は太陽を受けて虹を帯びていた。あれではどんな宝石だって彼女の髪を飾るには不足だろう。また耳の形が素晴らしい。スッと細長くて先の下がった耳にエルフはたとえようのない色気を感じてしまう。

 町エルフの男たちは見ているだけでも何となくソワソワしてしまうのだった。


 去り行く森エルフの後ろ姿を見送っていた男の一人が、気を取り直すように口を開いた。

「……お前最近ミリアちゃんとどうよ」

「それがさぁ……。聞いてくれよ、あいつ就職してさ」

「マジかよ」

「それがあの森エルフの店なんだよ」

「マジかよ!」

「エルフが店をやってんの!?」

「かなり儲かってるらしいぜ」

「信じられない……」

「ミリアもすっかり夢中さ。会うたびにあのエルフの話ばかりしてくるんだ」

「女同士で何やってんだ?」

「それで一緒に働かないかって誘われててさ、顔を合わせにくくてかなわないんだ」

「そりゃ困ったな」

「働くなんて何が楽しいんだ……」

「それじゃ俺に紹介してくれよ」

 もう一人のエルフがそんなことを言ったもんだから他の二人はぎょっとした。


「え、お前働きたいの?」

「正直嫌だけど、何かの間違いであの森エルフとお近づきになれるかもしれないだろ?」

「欲望に忠実な奴め」

「相手してくれるとは思わないけどなー」

「万が一ってことがあるだろ!」

「億に一つもねーよ」

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