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3.15 躍進するボッタクル商店

「ちょっと、あんたたち! いい加減にしておくれよ!」


 屋台にいたら見知らぬ男女に因縁をつけられました。えーっと……誰でしょう? 見覚えもありませんし身に覚えもありません。

「何のことですか? というか誰ですか、お前たち」

「向こうの角で店をやってる者だよ!」

 中年男が指さす先には小料理屋の看板がありました。

「営業妨害はやめとくれよ!」


 どうやらうちの屋台が流行りすぎてるおかげで他のお店が割を食っているようです。憤慨したエリーが言い返しました。

「言いがかりはやめてよね! うちは正直な商売しかしてないし、競争は自由でしょ!?」

「まーまー。喧嘩はやめましょう。せっかくですから相談に乗りますよ」

 ちょうどよかったです。これは渡りに船というやつです。


 ボクたちはその小料理屋に移動しました。

「ここでしか食べられない名物料理を作るといいです」

「簡単に言うなよ。そんなのができたら誰も苦労しねぇよ」

「では教えて差し上げます」


 まず鳥のささ身をまな板に置いて、麺棒のような棒で叩いて薄く平らにします。このとき片栗粉を振りながら叩きます。すると繊維の中に片栗粉が入り込んでささ身のシートができます。

 このシートでエビのむき身や季節の野菜を細切りにしたものを包んで直径3cm弱くらいの筒状にします。野菜は彩りを考慮して緑と赤を入れるといいですね。この辺りではエビが手に入りませんし、今回は茹でた鳥のむね肉を細く裂いたもので代用しますけど。丸めたシートの表面にスライスしたアーモンドをまぶして衣をつけて、天ぷらにします。天ぷら粉は薄力粉が売ってませんので強力粉に片栗粉を混ぜたもので代用しました。

 カラリと金色に揚がった天ぷらを斜めに切ってお皿に盛り付けます。レモン塩やマヨネーズでいただくといい感じです。

 前世で和食の調理師に教えてもらった料理です。鉄鍋のジャンで似たようなの作ってましたけどどっちが先なのでしょうね?


「……うっま。見た目もいいな!」

「こ、これはごちそうだね……」

 料理人夫妻には好評を取りました。これって実在する料理なのですけど、本当においしいのです。

「手間もかかってますしちょっと値が張っちゃうのです。屋台ではとても出せませんのでお前のお店で出すといいです」

「え、いいのか?」

「どーぞどーぞ」

 料理人は困惑してました。この町は困ってる人の事情につけこんでふんだくってやろうというやつらばかりですので警戒するのもわかります。でも、ボクは基本的に優しくて親切なエルフなのです。


「鳥肉ならうちがいくらでも売ってます。鶏よりも安いはずですよ。他のお店にも教えてあげてください」


「なあ、あんた、料理を教えてくれるって本当か?」

「もちろん、喜んで教えますよ」

 その料理屋夫婦に話を聞いた違うお店もやってきましたので今度は鳥肉の入った茶碗蒸しを教えてあげました。究極の卵料理を一つ挙げろと言われたらボクは茶碗蒸しを推します。──と言ってもかつお節がありませんのでチキンブイヨンですし臭み消しにはエストラゴンを使ってますので、別物の料理になっちゃいましたけど。どっちかというとフランですよね、これ(495歳児でも黒猫族でもありません。あしからず)。というわけで生クリームも入れてみたのでした。


 また違うお店にはカラ焼きの明石焼きバージョンを譲りました。屋台ではとても出せませんし。

 そんな感じで鳥肉を使う料理を教えて、屋台ではない普通のお店もボクたちの顧客になったのです。

 近所の小料理屋だけではありません。向かいのお店は見よう見まねで唐揚げを始めました。シチューとかトマト煮込みとか真似じゃないのもありますけど。郷土料理でしょうか。


「いやー、本当に安いわ!」

「ありがとな」

 何だか感謝されました。うちの鳥肉は安いみたいです。

 ボクは正直な商売をモットーとしているのです。エリーによれば高い物を安く買い、安い物を高く売るのがこの町の流儀のようですけどね。


「ねえ、そんなにレシピを教えちゃって大丈夫なの?」

 エリーは心配そうにしていました。

「快く教えますよ。だって小売りは所詮小商い、元売りにはかないません」

「どういうこと?」

「料理を教えたお店はうちから鳥肉を買うじゃないですか。こういうお店に売る鳥肉代で儲けるのです。ボクたちのやってる屋台はサンプル品のディスプレイ会場だと思ってください」

「工場の賃料に材料費、加工費、人件費……。諸経費を引いたらそんなには儲かってないんだけど」

「銀行への説得材料ができればいいのです。一応は黒字ですからね。あとはとにかく大きな数字が動いてるところを見せればイチコロです」

「え……。もしかして、まだ借金するつもり?」


 例の穀物取引協議会に入っている十一家はもれなく銀行も兼ねています。エリーの借金もここからのものだそうです。

 ボクはこの企業家たちから順繰りに借金しています。今回事業の拡大にともなってまた借金して、加工所をもう一個増やしました。


 さらに屋台の場所も増やしました。これまでは旧市街地の北門外側だけだった屋台の場所を外市全域の屋台街へ拡大、さらに旧市街地までも出店攻勢をかけます。


 屋台の数はすでに三十を超えています。ボッタクル商店は短期間で一大屋台チェーンへと急成長を遂げました。拡大した事業を担保にして借金して、そのお金で事業を拡大して、その事業を担保にしてまた借金して……ひたすら借金を重ねて資金をまかないます。


「あのさあ、このやり方って遠からず限界が来るよね?」

 エリーは突然そんなことを言い出しました。

「と言いますと?」

「えーっと、新たな出店ができなくなった時点で担保にできるものがなくなって、破綻するような気がするんだけど」

「鋭いですね。その通りです。まあ半分詐欺みたいなものですよ。今回は売り逃げするつもりですのでこんなことをしてますけど、腰を据えた事業ならやるべきではありませんね」

「だよね? あの、そろそろ返済額が怖くなってきたんだけど……」

 なんだかソワソワと不安そうにしています。そんなにビビるなです。

「なーにこれくらい借りると向こうも貸し倒れが怖くてあまり強いこと言えなくなるのです。こっちのペースですよ」

「神経が鎖か何かでできてるの? 私借金にトラウマがあるんだからさ、あまり怖いことしないでよ」

「なーに借金はトモダチ、怖くありません」

「……借金は本当に怖いの! 父が破産して、自殺して……、会社はもちろんだし家の中のものも全部差し押さえられちゃって……。着てる服だけで家を追い出されてね? 銅貨の一枚もなし! その日は泊まるところもなくて知らないお店の裏で野宿して、次の日からは売春婦よ。アクセサリーなんかもちろん全部ダメ、母親の形見の指輪まで安値で買い叩かれたからね。死体の指から抜いたやつ」

「唐突にエグい過去入れるのやめてくださいよ!」

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