3.13 異世マス
高い鐘楼の上から時を告げる鐘の声が降りてきました。朝です。人々が動き始めました。
ボクとエルフの三人娘は街角に立ってその雑踏の流れを見ていました。
……そろそろいいでしょう。
ギュイ──ン!
ボクのギターがうなりをあげました。魔法で音声を増幅するエレキ……マジカル? とにかくアンプ付きのギターです。道行く人々が何事かと足を止めてこっちを見ます。
「新たな味覚に会いにいこー!」
魔法のマイクを持ったミリアが歌い始めました。
「生まれたてのお店を探しにね」
「走り出そう♪」
そしてボクの伴奏に合わせて三人は歌いながら踊りだしました。
町のエルフたちもやはりエルフです。歌唱力も抜群ならダンスのセンスもズバ抜けてて、飛んだり跳ねたりの振り付けがバッチリ決まってます。パッションでキュートでクールです。映えますねぇ。いっそアイドルとしてプロデュースしてあげましょうか。
「「「ご清聴ありがとうございましたー!」」」
歌いきった三人がペコッと頭を下げると一斉に拍手が沸き起こりました。口笛を飛ばしてる男もいます。
「私たちの新しいお店の」
「新しい料理を!」
「是非食べに来てくださいね」
「へー、どこに行けば食べられるんだ?」
通行人の男が人混みから抜け出して尋ねてきました。
「ご声援ありがとうございます!」
ミリアが男の手を握りました。
「お店はこちら! 初日半額の割引券付きでーす! 是非お越しくださーい!」
エルマがお店情報が乗ったチラシを渡しました。
「試食です。おひとつどうぞ」
ユリアがつまようじに刺した唐揚げを食べさせています。
「うん、うまい!」
通行人の男は口に入れた瞬間から大げさなほど驚きました。ちなみにこいつは雇った劇団員、要するにサクラです。そして三人は観客たちにチラシを配って歩きました。
よし、だいたい配り終えました。次に行きましょう。
ミリアがポーズを取りながら「北門前で、明日から!」
エルマが手を振って「絶対来てよねー!」
ユリアがにっこりと「お待ちしてます」
とそれぞれのセリフで締め、ボクたちは歓声と拍手の中を退場しました。
朝から夕方まで、ボクたちはこれを町中のあちこちで繰り返しました。外市でも旧市街地でも。チラシを見ながら町の人たちが噂してます。
「へー、新しい屋台か」
「最近はいろんなことやるもんだな」
「せっかくだから行ってみようか」
よしよし、ちゃんと話題になってます。
──それでは開店です!
翌日は折よく快晴となりました。まあそういう魔法を使いましたからね。宣伝が効果を発揮して朝から行列ができてます。
「焼き鳥と唐揚げのお店はこちらです!」
「チラシをお持ちのお客様は今日だけ半額でーす」
「数量が限られてますのでおひとり様一本ずつでお願いします」
ミリアたちはそんなお客の列を捌いて注文を確認、商品を手渡しました。今日だけの売り子密着サービスです。
商品を受け取ったお客たちが口に入れた瞬間から「うまい!」「うまい!」と叫んでいます。もちろんサクラです。
焼き鳥を炙りながらエリーは感心してるのか呆れてるのか、とにかく感嘆の声をあげました。
「なるほど、派手な宣伝を打って耳目を集めて、割引券で人を集めて、サクラに美味しいと言わせる、と。ここまでやるものなの?」
ボクは鳥を揚げながら答えました。
「基本です。一度評判になってしまえばこっちのものです」
「えげつないわ……。エルフの商売って進んでるのね」
ボクたちに経済活動はありませんけどね。
そんなこんなで屋台は順調に軌道に乗りました。
ギルドに納める屋台営業の会費は領地ごとに違います。リノスでは月に金貨一枚でしたけどここでは五枚です。しかしその金貨五枚なんてはした金にすぎません。それくらい儲かってます。
屋台の調理師としてまたエルフを雇いました。ボクもエリーも鳥の買い付けとか新メニューの試作とか事業の拡大とか、いろいろやることがあるもので。
「とーり♪ とーり♪ 自分ちでも作ってみようかなー?」
鳥を揚げながら鼻歌を歌ってます。
町のエルフ全般がそうなのでしょう。このエルフもやっぱり魔法が強いのです。つまり油を加熱するのに燃料がいりません。普通なら燃料費として計上しなければならないところを全部食材につぎ込めます。
加工所も順調に稼働中です。人間とは段違いの魔法力で手際よく鳥が処理されてゆきます。女の子たちは朝一番でその日の仕事を終えてしまって、あとは一日中お茶を飲みながらきゃっきゃとおしゃべりしてます。
エリーは感動してました。
「すごい、あの怠……えーっと気ままなエルフが、こんなにキッチリ仕事を仕上げるなんて! エルフの使い方がわかったような気がするわ」
感動するとこそこですか?
さらに町のエルフたちもみんなアイテムボックスを持っています。従業員のほぼ全員がエルフ(唯一の例外はエリーです)である弊社は全員がアイテムボックス持ちです。ですから倉庫の賃料と輸送費がいりません。それに調理や加工の加熱や冷凍、殺菌などの作業も全部魔法でやっちゃってます。ですから加工所でも燃料費がいりません。そういった費用が全然いらないのです。
「だからさ、そんなの持ってて何で商売しないで遊んで暮らしてるの? まるで理解できないんだけど!」
エリーは何だか憤慨してました。
ともかくそれらの分を人件費と福利厚生費に上乗せしてますので、口コミでエルフたちが次から次へとスタッフに応募してきました。町中のエルフがうちに就職する勢いです。おかげで職場がすごく絢爛華麗でお花畑みたいです。……何故か全員女性なのですけど。この町にエルフの男はいないのでしょうか。
「えっ、工場だとお菓子食べ放題なの!?」
加工所勤務の友達に聞かされたエルマはビックリしてました。
「そう。朝から晩までおしゃべりしてるの。ねー、エルマもこっち来なよー」
「うー、悩む……」
エルマは悩んだ挙句加工所に配置転換となりました。
「私もそっちがいい!」
「あ、それなら私も……」
ユリアは人前で歌ったり踊ったりするのは実はあまり好きではないということで屋台の売り子専属になりました。
「わ、私は辞めませんよ! 一人でもがんばります!」
ミリアは一人わが社の広報担当として今日もライブしてます。
「よく言いましたアイドルの卵よ! よし、ボクがプロデュースしてあげます。目指すは武道館です!」
「なんで闘技場に行くんですか!?」
心のリンスがやれって言った。