3.11 毛さんは麻雀を打った
もう一度言いましょう。
「害鳥です」
道行く村人たちが足を止めました。ボクは彼らに声高く演説を聞かせました。
「あれは害鳥なのですよ、お前たち」
「何のことだよ」
「スズメです。スズメは一年に一羽が一グライン(※約一・八キログラムです)の小麦を食べ、一つのつがいが一年に二度、一度に五個の卵を産みます。もしこの村に千のつがいがあったならば、一年後には一万二千羽のスズメとなり一万二千グラインの小麦がやつらの胃袋の中に消えることとなるでしょう。これは人間百人が一年間に食べる小麦の量に匹敵します。言うなれば、お前たちはあのスズメたちを養うためにせっせせっせと働いているのです。つまり害鳥です」
「で?」
「言い換えれば、もしあのスズメがいなければお前たちは百人分の小麦を余分に得ることができるのです」
村人たちの間にピリッとした空気が走りました。
「──ところでボクたちは鳥肉の買い取り業者なのです」
エリーは村人たちに出来立てほやほやの卸売業者の免許を見せました。
「ボクたちは鳥のお肉が欲しい、お前たちは鳥が邪魔……おお、天の配剤というやつですね! どうでしょうかお前たち、あの畑を荒らす鳥たちを取ってきてくれませんか? それがどんな種類の鳥でも何匹いても、すべて買い取ってあげましょう。これぞWin-Winの関係というやつです」
「ホントかぁ?」
「これは初回サービスです」
ムクドリのような小鳥が群れを成して空を渡っています。
──パン!
ボクは拍手をトリガーにその群れ目掛けて衝撃波の魔法を発動しました。指向性を持った強烈な波動が小鳥の群れを直撃、空が揺れて小鳥たちがバーッと一斉に落ちました。
「ほら、あれを拾ってくるといいです。買い取ります」
農民たちは半信半疑の顔つきで鳥を籠に入れて拾ってきました。
「どうもです。これは報酬です」
ボクは重さではかって金貨をポンと手渡しました。太陽の光にキラキラ輝く金色の貨幣を目の前にかざして、農民たちは目の色だけでなく顔つきまで変わっています。
「どうです? ちょっとしたお小遣い稼ぎになるでしょう。農村の大躍進計画ですよ、お前たち!」
「躍進?」
「躍進ではありません。大躍進です! まさにこの時期、農民たちの空前の大部隊が長蛇の列をなし、自由と正義の網をかかげて鳥を獲るところ、食料増産以外の何物が前途にあるでしょうか? どうでしょう、野菜を売るのもいいですけど、鳥も獲ってきてくれませんでしょうか」
「おお、任せとけ!」
農民たちは胸を叩いて答えました。ボクは「毎日回収に来ますので、頑張って獲ってください」と伝えました。
それからボクは太陽神にお願いして地域全体の日照量をほんのわずかに増やしました。ボクからのささやかなプレゼントです。きっと今年は例年以上の大豊作となるでしょう。
ボクたちは村ごとに同じやり取りを繰り返しました。
獲れた鳥はとりあえずアイテムボックスに突っ込んで時間を止めておくことにします。
「あら、あなたもアイテムボックス持ってるの?」
エリーが驚いてました。
「エルフなら多分全員持ってると思いますけど……お前も持ってたのですか?」
「もちろんよ。これでも商人の端くれだからね」
「そんなものがあったら普通に商売できたのではないですか?」
「だからどこも雇ってくれなかったんだって……」
「ちょっと見せてください」
ボクは【譲渡】の要領でエリーのアイテムボックスの大きさを確認しました。
「──何ですかこれは、容量が全然足りませんよ!」
いいとこ物置ひとつ分くらいの荷物しか入りません。ショボいです。エリーは叱られた子供みたいな顔をしました。
「しょうがないでしょ、ほとんど使ってこなかったんだから」
「仕方ありませんね……」
ボクは収納の神様に申請してエリーのアイテムボックスの容量を拡大しました。
「ふぇっ!? なんかいきなり大きくなった!」
「と言ってもマックスでせいぜいこの町が入る程度、しかも魔力準拠ですので今のところまだ物置レベルでしかありません。いいですか、魔力は絞り切ってゼロにすると回復の過程で保有量の上限が上がるのです。特訓しますよ!」
ボクはエリーを川辺に連れていきました。
「この水をアイテムボックスに汲み取るのです。容量いっぱいまで」
「オーケー。……お、重」
アイテムボックスは容量を超えて収納すると重さを感じるようになります。
「ではそれを川上まで運ぶのです」
「ちょ……マジで辛いんだけど……」
「今までサボってた報いです」
「そんなこと、言われても……」
顔が真っ白です。
「あぁー……」
よろめきながら歩いていたエリーでしたけどとうとうバタッと倒れてしまいました。アイテムボックスからこぼれだした水が川へと流れていきます。エリーは動けないみたいです。魔力切れですね。
やれやれです。仕方ありませんね。ボクは魔力を供給してあげました。白い頬に少し赤味がさして、エリーは疲れ果てた表情にわずかな笑顔を乗せてボクに向けました。
「あ、ありがとう……。少し楽になった……」
「ではもうワンセット行きましょう」
「鬼なの!?」
「エルフです」
「悪魔ってのはきっと人を惑わすために美しいエルフの姿をとって現れるのよ……」
「ハハ、そんなわけないじゃないですか。クラゲとかホヤみたいな形ですよ」
この特訓を毎日続けたおかげでエリーのアイテムボックスも少しずつ容量が大きくなっていきました。
ついでにボクのアイテムボックスも神様に申請して拡張しました。容量は地球一個分です。これで事実上何でも入るというものです。