3.10 始動
さて、準備は整いました。明日からは鳥を買い取る手配をしましょう。
その夜、二人の家でエリーがようやくそのことを尋ねてきました。
「あんな高価なものまで贈って、いったい何が目的なの?」
疑問が顔いっぱいに浮かんでいます。
「あの剣とワイングラスを何個か売ったらそれで私の借金返せちゃいそうなんだけど」
「別に高価でも何でもありませんけど……。そうですね、お前にだけは教えておきましょう」
ボクは居ずまいを正しました。
「その前に尋ねておきます。お前、この町なんて燃えてなくなっちゃえばいいって言いましたよね?」
「え、あんな酔って言ったことを覚えてたの?」
「今でも同じ気持ちですか?」
エリーは瞳に強い意志を浮かべてうなずきました。
「もちろんよ」
「大勢の人が不幸になりますよ?」
「最高ね」
「……いいでしょう。それではまず、この町の弱点について確認しましょう」
「弱点?」
「この町の経済は小麦に偏り過ぎているのです。『卵は一つのカゴに盛るな』って言いますのにね」
「どういう意味?」
「全部の卵を一つのカゴに入れておいて、もしそのカゴを落としたら大惨事ですよ。投資はギャンブルじゃないのですから、リスクは分散するべきなのです」
「あはは、何それエルフの言い回し? 面白いこと言うのね」
笑ったエリーでしたけど、すぐに真剣な顔になりました。
「なるほど、リスクは分散させる、と……」
「モノカルチャー経済なんてものは地獄への片道切符なのです」
「それはわかったけど、ならどうやって攻めるの?」
「それはですね──」
そしてボクは計画を説明しました。話を聞いたエリーはやっぱり疑問顔でしたけど。
「えー……? 本当にそんなことになるの?」
「必ずなります。それが自然の摂理だからです」
「それなら、約束できる?」
「ええ。この町を地獄に落としてやります」
「絶対よ」
前祝いです。ボクはワインの瓶を取り出しました。森から持ち出したエルフのワインです。
「これは特別なやつですよ」
人間で飲んだことがあるのは栗毛くらいなものです。ワインを満たしたグラスを渡すとエリーは「そうだ」と言いました。
「今度は何に乾杯しようか?」
「ネットにひっかかってはじかれたボールに乾杯はどうです?」
「何の事?」
「ではスズナーンの終わりの始まりに」
「いいわね、それ。それじゃ、この町が破滅することを祈って。乾杯」
「乾杯」
打ち合わされたグラスがチンと鳴りました。そしてワインを口に含んだエリーは震え出しました。
「うっわ……なにこれ! こんなの飲んじゃったら、もう普通のワイン飲めなくなっちゃう……」
エリーはついワインが止まらなくなってしまいました。割とアルコールには強い女ですけどさすがに酔っ払ってます。そしてこいつ、酔うと愚痴が始まるのです。
「──最初は旧市街地で体を売ってたんだけどさあ、あそこだとみんな事情を知ってたからね……。お客に馬鹿にされて、酷いプレイもさせられたし……。あそこの住人も最悪よ。それで外市に逃げてきたの。こっちの方が相場は安いけど、それ以外はまだマシだったし……。それで体売りながら就職活動してたんだけど、全敗で……。本当に絶対潰してよね、こんな町……」
酔うたびに辛気臭い話を聞かせてくるのはやめてほしいです。
翌朝、ボクたちは農村へと向かいました。
さわやかな朝です。空は晴れて昇りきった朝日が緑の大地を照らし出しています。
見渡すかぎりの麦畑ですがそれぞれの農家の裏手には小さな畑があって、野良仕事に出かけた農民たちが畑を耕したり季節の野菜を収穫したりしています。結構人がいますね。
スズナーンに売りに行くのでしょうか? その野菜を満載した荷車が駄馬に牽かれてゴトゴト揺れています。
空を一羽の小鳥が横切りました。スズメです。
ボクはそのスズメを指さして言いました。
「害鳥です」