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3.9 鳥肉卸売業

 晴天雨天にかかわらずしばしば新市街地の空の上に雷光が閃いています。キール家の当主とやらは新しいおもちゃに夢中のようです。


 おかげで屋台のめどがつきましたので今度は鳥肉の卸売業です。ボクは借金して仮押さえしていた工場を借りました。

 資金の調達は順調です。なにしろ今のギルドはボクたちのバックにキール家がついていると思っているわけです。最初とは逆の立場です。銀行も必要なだけお金を貸してくれました。


「私んちが潰れる前なんて誰もお金貸してくれなかったのに……。麦を買うにも絶対払えるわけない高値吹っ掛けられたりさ……」

 エリーがまた愚痴り始めました。ちょっとしたことでトラウマのスイッチが入るようです。


 がらんどうの工場の天窓から光が落ちて、床に生えた若草を照らしています。土間なのです。ボクは魔法で工場の床を大理石の一枚板に変えちゃいました。これでガシガシ洗っても大丈夫です。

「お前、気軽に恐ろしいことをするな……」

 後ろのミルズが呆れてました。


 そうです、ここは鳥肉加工所にするつもりなのですが、厨房機器のセッティングのためにミルズを呼んだのでした。

「えーとですね、まず大量に入荷される予定の鳥を種類ごとに選別して並べて置く棚が必要です」

「そうじゃな、枠は中古でもいいか?」

「衛生的にしたいのですけど」

「棚自体はステンレスで作り直してやろう」

「バッチリです。えー、次は血抜き用のシンクがいります。そうだ、鳥を湯に浸けて殺菌しますので、そっち用のシンクも」

「その辺は質流れ品で何とかなりそうじゃな。排水設備は任せておけ。うむ、水道は来とるみたいじゃの。おあつらえ向きに横に川があるからの、そのまま流してしまおう」

 この町の下水道って川に垂れ流しなのです。あのド田舎のイーデーズでも汚水処理施設がありましたのに。


 ちなみにこの町の上水道は川の水を引いてきて地下水路を通しています。おかげで水が悪いのです。一応かなり上流から引いた水で、沈殿槽もあって上澄みだけを流しているそうですけど、生水を飲んだら一発でおなかを壊しちゃいます。旧市街地や新市街地では質のいい井戸水もあるみたいですけど、屋台のために使わせてくれることはありません。

 まあボクは魔法で浄化しちゃいますけどね。


「それから、細かい毛を炙って焼くためのコンロと、精肉に加工する台がいります」

 この辺にこれ、その辺にあれと指で示しながら必要なものを並べ立てていくとミルズは肩をすくめました。

「ワシ一人ではどれだけ時間がかかるかわからんな。応援を呼んでいいか?」

「お金の心配はいりませんので何人でも呼んでください」

「うむ、ドワーフ仲間を呼ぶつもりじゃが……、多分全員金より自分の作った道具に加護を欲しがると思うぞ」

「えー? まあ、あれでよければいくらでも。なるはやでお願いします」

「任せておけ」


 これで加工所の方はめどがつきました。……なのですけどやっぱり鳥肉卸売業の免許が認可されません。屋台よりこっちの方がメインですので早く許可がほしいのですけど。

「──というわけです、早く許可を下ろすのです。まーた誰かの顔色をうかがって人の商売を邪魔しようとしてるのですか?」

 クレームをつけに行ったら受付嬢は金切り声で叫びました。

「こっちのは普通に難しいんです!」

「ほー、つまり屋台は本当は難しくなかったと」

「それは、その……」

 受付嬢は口を濁して黙り込んでしまいました。


 チッ、仕方ありませんね。またキー何とか家の当主に賄賂を贈ることにしましょうか。


「今度は風神の剣でも送ってやりましょうか」

 家に戻って提案したのですけど、屋台にペイントしながらエリーは難しい顔をしました。

「うーん、どうかな? この町の食肉業なんて小麦に比べたら本当にちっちゃなものだけど、穀物商と肉卸はさすがに管轄が違うからね」

「そうですか……」

「でも、先代なら長年やってるだけあって他の同業者組合にも顔が利くと思うよ」

「ならばそいつですね。確か……美食家でしたっけ?」

「そうね。他には宝石、骨董、美術品が好きよ」


 屋台をカッコよく仕上げて、ボクたちは美術商のところに行きました。

 新市街地の中のお店です。ここは絵画がメインのようです。壁に何枚も抽象画が飾ってありました。

「……?」

 抽象画ってアレですよね、具象から抽象に進んだ人と絵が下手だから抽象やってる人がいますよね。

「これ、何が描いてあるのですか?」

「さあ……」

 二人して首をかしげていたら店主らしき男が作り笑いを浮かべながらやってきました。

「おやお客様、お目が高い。こちらはお客様と同じエルフの画家、ミネアの最新作です。ご覧ください、この一見無機質なようで動的な色彩の変化を。この町の中心にそびえ立つ鐘楼が完全に崩壊し、再構築されています。これは社会構造への不安、そして希望を表現したものと話題の作品なのです」

「はあ、そうですか」

 ボクは生返事をしました。適当なことを言うやつです。エルフが社会問題について考えてるはずがありません。

 どうやら町のエルフが暇にあかせてセンスを爆発させているものに勝手な解釈とブランド的な価値を付けて売ってるだけみたいです。

 どうにもピンときません。


 結局何も買わずにお店を出ました。出た瞬間に店主が唾を吐くジェスチャーをしたのが見なくても感じ取れました。

「次はどこに行きましょうか」

「えー、何か買わなきゃダメ? もうあのワインでいいと思うんだけど」

「まああれはあれで贈るとして、何かもうひと押し欲しいのですよね」


 次に冷やかしたのは以前前を通りかかった宝石店です。

 多分ドワーフか誰かが魔法で作ったのでしょう。ガラスのショーケースの中に宝飾品がズラリと並んでいます。エメラルドの指輪に真珠の首飾り。オパールのブローチに翡翠のイヤリングにアレキサンドライトのはめ込まれたプラチナの髪飾り……。

「……?」


 展示されている指輪やらネックレスやらを見ているうちに奇妙なことに気が付きました。宝石の値段が何だかおかしいのです。

 まずダイヤモンドがめちゃくちゃ安いです。これじゃイミテーション並みです。ルビーとサファイアもダイヤほどではありませんけど安いですね。逆に真珠とオパールが高く、エメラルドはバリ高。一番高いのはアレキサンドライトでした。

 地球とずいぶん違います。ボクはエリーに聞いてみました。


「これは何故ですか?」

「何が?」

「ルビーより真珠が高いっておかしくないですか?」

「何がおかしいの?」

 むむむ……。

「……あー、もしかして、真珠の養殖法が確立されていない?」

「えっ、真珠って養殖できるものなの?」

「やっぱりそういう感じですか……。あ、ということは、ダイヤモンドが安いのは魔法で合成できるからですか?」

「……ああ、そこに引っかかってたのね。そうよ」

 ダイヤモンドの合成って魔法だと本当に簡単ですからね。ボクも作ったことあります。

「するとエメラルドは魔法で合成できないから高い、と」

「そう」


 一応店員に確認してみました。

「ええ、当店では全商品天然宝石であることを保証しておりますが、そうでなくてもエメラルドやオパールは模造が不可能ですからね!」

 もうちょっと聞いてみるとルビーやサファイヤも難しいですけど合成できるそうです。でも真珠、オパールも合成できないので高いみたいです。

「天然ものと合成ものの違いはプロなら鑑定可能ですが、信用度の違いが価格に反映されております」

「ほほー。なるほどなるほどー」


 それはいいことを聞きました。

 ボクの魔法なら簡単にできちゃうのですよね、天然ものそのままのコピーを。エメラルドでもアレキサンドライトでも。


 家に帰ってきたボクはアレキサンドライトを合成して光冴えわたるワイングラスを作りました。胴体のところがアレキサンドライト、持ち手のところはジルコニアです。アレキサンドライトは熱伝導率が高いのと靭性に不安がありますのでその両者に優れたジルコニアを採用しました。絡み合う蔦を陽刻した胴体部分は日の光に明るく透き通り、持ち手はキラキラ光り輝いています。

「まずは栗毛村のワインを一樽と。それにこいつを添えて贈ることにしましょう。エルフの里から持ち出してきたという触れ込みで」

「い、いったいいくらになるんだろ……」

 エリーはクラクラ揺れてました。

「値段よりも希少性ですよ。こんなの人間の世界に他にありますか?」

「まあないでしょうね。ないと断言していいと思う」

「酒好きならこいつは垂涎の的でしょう」


 ボクたちは剣のときと同じようにギルドにお願いしてワインとグラスをキール家のご隠居とやらに贈りました。

 翌日には首尾よく鳥肉卸グループに加盟することができました。

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