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3.8 雷神の剣

 屋台営業の許可がなかなか降りません。せっかく店員も屋台も確保しましたのに。

 商業者ギルドにクレームをつけに行ったのですけど何だか口を濁されました。

「ええ、今審議中です」


 ……よくわかりませんけど、誰かに邪魔されてるみたいです。

「何故でしょう? たかが屋台ですのに」

 首を傾げたらエリーはいたたまれない面持ちで「多分私のせい」と言いました。


 事情はよくわかりませんけど仕方ありません。こういう場合は袖の下です。

「よし、では賄賂を贈りましょう、賄賂を。イーデーズでは議員を頼ったものでした」

「ああ、あそこは民会が市政を運営してるんだっけ?」

「この町は違うのですか?」

「ここは王室領だよ」

「では相手は王族ですか」

 しかしエリーは首を横に振りました。

「王族じゃなくて代理の行政官が派遣されて、一応市のトップってことになってる。でもしょせん任期で交代するお役人だからね、実権はないの」

「ではギルドに影響力があるのは誰ですか?」

「協議会だね」


 エリーによればここの商業者ギルドは、というよりこの町は『スズナーン市穀物取引協議会』という大企業家の集まりが牛耳っているそうです。

 ギルドは協議会とは違うのでしょうか……、と思ったのですけどこの世界のギルドって組合の神の神殿みたいなものでしたね、そういえば。冒険者ギルドに冒険者の互助会・クランがあったように、商業者ギルドにも別に互助組織があるのでしょう。


「うん、団体がいくつかあってね。商業組合とか。その中で一番力を持ってるのがその穀物取引協議会。この町の資産家はもれなく小麦を取り扱ってるんだけど、その中でも特に大きな十一家の集まりよ」

「穀物メジャーってわけですか」

「この町では小麦を商うとき目に見えない壁があるの。その協議会がそのまま価格カルテルになってて、小麦の最低価格は協議会が決定してるのよ。市場原理じゃなくて」

「うわあ」

 自由競争の概念はないみたいです。中世の座そのままですから楽市楽座未満ですね。そりゃまあ極端な価格変動を抑えるために何らかの規制は必要でしょうけど、それをカルテルがやるのはダメでしょうに。独禁法とかないのでしょうか? ないのでしょうね……。


「私の祖父と父は小麦の商いで成功して、協議会に入れてもらおうと運動してたのよ」

「運動とは?」

「要するに賄賂。でも、運動する相手を間違えちゃったのよね……。さっき十一家って言ったけどね、本当はその中に飛びぬけたナンバーワンがいるの。『キール家』って言うんだけど。他の家は子分みたいなものよ。ところが、その子分の方に行っちゃったのね。父は段階を踏んで──と考えてたみたいなんだけど、なんとなく機嫌を損ねちゃって……。みんなキール家の顔色を窺って相手をしてくれなくなったもんだから商売が上手く行かなくなって、うちは倒産したってわけ」

「え、ちょっと待ってください。お前の家はそんなことで潰れちゃったのですか? 小麦の価格を自分で決めようとしたとか直接農家から買い付けたとか、そういう反抗的な態度を取ったわけではなくて……ただ賄賂を贈る相手を間違えただけで?」

「そう。ひどい話だと思わない? それで両親も祖父母も自殺しちゃって私が借金を背負わされたってわけ。……でもね、そんな事情だから私を雇ってくれるところなんかどこにもなくてね? どこだってキールに睨まれたくはないし。他にどうしようもなくて体を売ってたの。でも、こんなことまで邪魔をされるなんて……」

 エリーはしょんぼりしていました。


 そのキール家とかいうのはどうやらとんでもなく面倒くさい相手のようですね……。敗北が運命づけられた攻略対象外ヤンデレヒロインみたいな奴らです。

「では今度こそそのキール家とやらに賄賂を贈りましょう。いくら用意したらいいですか?」

「だから無理よ、私と一緒じゃ……」

「そんなのやってみなければわかりませんよ! そもそも屋台をやるなんてちっぽけなこと、そいつの耳に届いていると思いますか? どうせどこかの下っ端が『気を利かせて』いるに違いありません。本丸を正面突破です。それで、いくら用意すればいいですか?」

「……彼らはお金じゃ動かせないわ。もう充分持ってるもの。どうしてもって言うなら、彼らの趣味のものでしょうね」

「ほほう。趣味とは?」

「今の当主は武具のコレクターよ。隠居は宝石と美食ね」

「よくそんなこと知ってますね」

「酒場で働いてるといろんな話が聞こえてくるものなのよ」


 ふむ、武具ですか……。

 一回戻ってオルドに剣でも打ってもらいましょうか──と思いましたけど、お酒造りで忙しいオルドの手をわずらわせるのは申し訳ありません。それに今のオルドの剣って多分人間が手に入れられるものとしては最高級なのですよね。そんなやつらに贈るにはもったいなさすぎます。


 ちょっと考えて、ボクは武器屋を覗いてみました。

 エリーの案内で訪れたお店は外市にありました。新市街地にいいお店があるのかと思ってたのですけど、考えてみたらこの国って町の中は武器の持ち込みは禁止されてるのでした。

「お、ちょうどいいのがありましたよ!」

 装飾的な護拳と装飾的な鞘のついたレイピアが壁に掛けられていました。抜いてみると一面ピカピカしてます。

「へー、綺麗な剣ね。剣は詳しくないんだけど、そういうのがいいものなの?」

「駄剣です」

 だってオルドによれば両刃剣という時点でもう評価に値しないのです。刃文がないってことは焼き入れもされてません。つまり鋳造です。それどころかこのピカピカはメッキでしょう。要するに飾りです。エリーは口をとがらせました。

「それじゃダメでしょ。向こうは目が肥えてるはずよ」

「見てくればかりで剣としての出来は今一つですがこの場合はこれでいいのです。──ヘイ店長! この駄物を引き取ってあげます。せいぜいまけるといいです」

 店主の営業スマイルは引きつってました。


 首尾よく剣を手に入れたボクたちは借家に戻ってきました。

「それで、そんなの買ってどうするの?」

「こうするのです。──雷の神様ー、こんな駄剣では不満でしょうけど加護を授けてやって欲しいのです。お願いしまーす」

 剣を掲げて空に願うと『オッケー♪』みたいな思念波と同時に晴天からピシャンと雷が落ちて剣に加護が乗りました。魔剣のできあがりです。これで素人でも雷撃魔法が使えます。

「……え、今なにしたの?」

「雷神にお願いして剣に加護を乗せてもらいました。これでこいつは雷神の剣です」

「はー、そんなことできるんだ。剣は詳しくないんだけど、それっていいものなの?」

「うーん……多分人間界には他にないでしょうからね。値段のつけようがないのですけど、千メリダでも一万メリダでも欲しがる人はいると思いますよ」

「ま……!」

 エリーは絶句してました。


 さて、贈るにしてもツテがないのでギルドを経由しましょう。ボクたちは商業者ギルドの受付を訪れました。

「こちらをキール家のご当主にお贈りしたいのです」

 ボクは受付嬢に魔剣を渡しました。ささやかなお願いを聞いて欲しい旨を書いた手紙を添えて。

 受付嬢は怪訝な顔をしています。

「はあ……」

「これはお前の手間賃です。こっちはギルマスのです」

 手渡した袋には金貨が三十枚ずつ入っています。受付は袋の手ごたえにぎょっとしていました。

「滅多にない出物です。後回しにするとお前が罰を受けますよ」




「えー、お待たせいたしました。こちらが新規の株と営業許可証です」

 翌日には屋台営業の許可が下りました。効果は抜群です。

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