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3.7 ドワーフの鍛冶屋

 数は少ないのですが、この町にもドワーフの鍛冶屋があります。

 ボクはそのうちの借家の近所のお店を訪ねました。ここは若いドワーフの夫婦が鍛冶屋を営んでいるそうです。なるほど、お店の前で子供が二人遊んでいます。

「オルクリスト!」

「なんの! オークの枝!」

「な、フェイント!? じゃあこのハンドルムは使えない!」

 ドワーフの遊びは独特です。


 およそ六十万年前にヒトの祖先と分岐したこの種族は過酷な南大陸の気候に適応した進化を遂げました。たとえば紫外線と乾燥への適応のため子供の頃からもう顔中しわだらけです。この子供たちもしわくちゃです。女もしわだらけで体型も似ているので他種族には男女の見分けが難しいです。ただ、ドワーフの女性というのはめったに人前に出ないそうなので、この子たちも多分男の子なのでしょう。


「お前たち、ちょっといいですか?」

 声をかけるとカードバトルに熱中していた二人はビクッと跳ね、こっちを見てギョッとビックリしました。

「わっ金もやしだ!」

「ヒョロ長っ!」

 ……開口一番なんて言いぐさでしょう。頭をふたつゴッツンコとぶっつけて挟みこんでのこめかみグリグリの刑に処します。

「やれやれ、馬糞が積み重なってできた鏡餅みたいな子供たちです。まさしくクソガキですね! 少しは口の聞き方を知るといいです」

「ノォォォオ!」

「ヘェルプミープリイイイズ!」

「なんじゃい、騒がしい……」

 お店の暗がりの中からのそっとずんぐりむっくりの顔のデカい男が現れました。

 ドワーフです。多分こいつらの父親で、ここの店主のミルズでしょう。ボクは二匹のクソガキをペイッと投げ捨ててそのドワーフに挨拶しました。可能な限り友好的に。

「おー、お前がミルズですね! 初めまして固太りのミシュランマン。お前に用があって来たのです」

 ところがミルズはそっけない態度でした。

「なんじゃい腐れマ〇コ、ナッツなら売っとらんぞ。リスは森に帰れ!」


 ドワーフというのは伝統的にエルフと反りが合わないということになっています。少なくとも向こうはそう思い込んでますので第一声はだいたい敵対的なものになります。まあボクは大人ですのでさらっと受け流しましたけどね。

「どんぐりなら間に合ってます。仕事の依頼ですよ肉ダルマ。──ですがその前に、まずは一献進ぜましょう」


 ボクはアイテムボックスからオーク樽を取り出しました。オルドのウィスキーです。錫のカップに一杯注いで差し出すとミルズはうさん臭そうにしていたものの、しぶしぶ受け取りました。酒の誘惑には勝てなかったようです。

 ミルズは慎重にカップに鼻を近寄せ……ひと息嗅いで目をクワッと見開き、ひと口含んで今度は陶酔感に目を細めました。

「お、おぉ……おお……おおお。これは遠い山里の仮宿を想起させる……。そうじゃ、以前旅の宿を借りた農家で、干し草のベッドに眠ったことがある……草の中に混じったバジルがバニラにも似たフレーバーを加えておった……あの香りが記憶の底から蘇ってきたぞ! そしてこの酒精の強さよ。砂糖をブチ込んだ酒よりはるかに鋭く舌を焼く。しかしそれが心地よく、後味は比べようもない。味といい香りといい見た目といい、かつて味わったことのない美酒じゃ! な、なんじゃいこれは!!!」

 フフン、さすがはオルドのお酒です。ドワーフにはこたえられないでしょう。

「これはドワーフの名醸家オルドの琥珀酒です」

「ド、ドワーフの酒じゃと!? こんな酒を造れるドワーフがおったのか……。しかし、何故エルフがドワーフの酒を!?」

「お友達なのです」

「とっ……!」

 ミルズは絶句してました。

「まあいいですからもう一杯いくといいです」

「う、うむ。おおお……な、なんと馥郁たる香りじゃ……」

「いいなー」

「父ちゃんだけずるーい」

 クソガキたちが指をくわえてうらやましそうに見ています。ミルズはそんな子供たちをシッシッと追い払いました。

「お前らにはまだ早い!」


「さあさあどんどん飲むといいです」

「おお、すまんの! ワハハハ! 酒は呑め呑め呑むならば~ドラゴンのマラを肴にな~クジラの小便飲み干して~ベヒモスのタマが枕かな~」

 お店の中に移動して酒盛りが始まってしまいました。ミルズはカッパカッパとお酒を空けて変な歌をがなり立てています。非常に下品で言葉遣いのおかしいドワーフですが、実際に付き合ってみると気のいいやつらばかりなのです。

 まあ歌があんまりにもあんまりですので打ち消しましょう。ボクは前に買った弦楽器を取り出して演奏しました。

「ワオ!」

「クールじゃん!」

 そしたら子供たちが音楽に合わせて踊り出しました。一人がもう一人を持ち上げて頭の上で逆立ちして、リズムに乗って体を左右に振って、ほとんど落ちるようにして着地した上の子がその勢いでもう一人を真上にぽーんと放り投げてキャッチしました。踊るというか雑技団というか……パワーが体重を凌駕してますね。


 飲ませながら聞いてみました。

「お前、どうしてこんなところでお店をやってるのですか?」

 ドワーフは鉄や貴金属や宝石が取れる地方に住むことが多いです。

「この辺りって金属資源皆無ですよね?」

「うむ。じゃからドワーフはほとんど住んどらんな。それなら競争率が低くてワシのような若造でも仕事があるんじゃないかと思ってやってきたのだ。ワシは縁あって早く結婚してしまって、家族を養わなければならなかったのでな」

 この顔で若造なのですか……。

「ちなみにおいくつですか?」

「四十二じゃ」

 ドワーフというのは三十三歳が成人だそうですので本当に若いです。


「ふむ、馳走になった。それでお前、今日は何の用で来た?」

 充分に飲んで上機嫌のミルズがようやく尋ねてくれました。

「あー、そうでした。実は今度屋台を始めるのですが、焼き鳥用の炭入れと、揚げ物用のフライヤーが欲しいのです。……大工仕事は得意ですか?」

「うむ、そういう依頼もよくあるぞ」

「では屋台の本体もお願いします。こんな感じの形で大きさはこれくらい、看板はこちらで描くので結構です」

 三面図を描いて説明するとミルズはあご髭を撫でながらうなずきました。

「よし、引き受けた! ちょっパヤでやったるから明後日取りに来い」


 二日後、屋台を受け取りに行くと本当にもうできてました。フレームは木材がベースとはいえ要所要所に金属で補強が入れられてます。炭の台もフライヤーも注文通りです。やはりこういうことはドワーフに頼むに限ります。

「これはいい出来ですね! おいくらですか?」

 でもミルズはフンと鼻を鳴らしました。

「こんなもんで金は取れんわい。酒の礼じゃ」


 むむむ……。しかしそれではこっちの取り分が多すぎます。

 仕方ありません、お金以外の形で返すことにしましょう。


「このお店で一番いい剣はどれですか?」

「これかの。買うのか? だがエルフの手にはどうかの」

 ミルズが持ってきたのは反りの強い片刃の片手剣でした。猪首切先で身幅は分厚く刀身の長さは五十五センチ程度、長さの割に反りが深いです。サイズ的にドワーフ用みたいですね。セットみたいで盾も一緒に持ってきてます。


「これはサービスです。神様ー、どうかこの剣に加護をくださいでーす」

 ボクは剣に加護が乗るよう太陽神に祈りました。

『しょうがないにゃあ……』

 シャララララ……。ダイヤモンドの粒子をまき散らしたような光の欠片が降ってきて剣に吸い込まれました。

「──できました。魔力を通せば光魔法【キラキラ】を発動できますよ」

「なっ……!」

【キラキラ】は太陽のエネルギーで非実体の刃を形成する魔法です。まあ人間の魔力では全力は無理ですので刃の縁に沿うように弱めのキラキラが発生するようにしました。それでも石や鉄くらいならスパスパ切れます。


「それとこれはおまけです。神様ー、こっちの盾にも加護が欲しいのでーす」

『負けちゃらんねえ!』

 ズオオオオ……。床下から湯気のようにゆらめく闇が立ち上ってきて盾に吸い込まれました。

 これで盾には暗黒神の加護が乗りました。今度は闇魔法【リフレクター】、魔法を反射する魔法が付与されてます。ボクならあらゆる魔法を全反射できますがこれも人間の魔力ではちょっと無理です。それでも人間が使う魔法くらいなら弾き返せちゃいます。


 光の剣と闇の盾のできあがりです。なかなかいい感じですね! これなら双城さんだってニッコリでしょう。

「どうです? これを売ったらひと財産築けますよ」

「お、お前……。いや……これは売らずに取っておく」

「え? 何故ですか?」

「これはもはや伝説の武具だろが! 誰が売るか! 自分で使うわ!」

「えー……?」

 屋台賃のつもりでしたのに。ドワーフもこういうところは本当にアホですよね。エルフとしては好感が持てます。

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