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3.5 起業しよう!

 翌朝さっそく不動産屋を訪れて外市のキッチンのついた家を借りました。二人で住むためです。まあボクの冒険者カードだと住居も事業所も借りられませんのでエリーの名義ですけど。

 ちなみに書類に書かれた本名はエリナでした。太陽花、人間の言葉で薔薇を指す美称です。本当はエーリーナの方が発音が近いのですけど日本語ではギリシャ語の長音符がしばしば省略されるようなものです気にしないでください。ともかく人間の世界ではよく女の子の名前に使われるのです。前世で言えばローザやロザリーみたいなものでしょうか? エリーというのは本名じゃなくて愛称だったみたいです。


 エリーは半ば驚き半ば呆れた様子です。

「あなた、お金持ちなのね。道理で抱きもしない女に二十メリダもポンと出せるわけだわ」

「それはいいのです。ともかく商品を開発しないといけませんからね。将来的にはもっと大きな厨房を借りるにしても、当面の試作はここでやります」


 次に商業者ギルドへ行って会社を設立しました。これもボクの非定住事業者登録だとやはり店舗付きの会社は経営できませんので社長はエリーですけど。エリーの登録も風俗業から一般事業者登録に変えてます。

 商号は『ボッタクル商店』に決めました。

「ボッタクルってどういう意味?」

「エルフの言葉で松ぼっくりのことです」

 嘘ですけどね。


 それから屋台営業の申請を出しました。この世界では屋台を法律用語で軽店舗と、その営業権を株と呼んでいますが、軽店舗の株の新設をお願いしたのです。こういうのは基本相続で受け継がれるもので、めったに売りに出てません。作った方が早いのです。


 次は鳥肉です、同時に鳥肉の卸売業・加工業も始めないといけません。自分の屋台で売るだけではなくて、とにかく大量に流通させたいのです。これも新設の申請を出しました。

 鳥肉を加工する工場も探しましょう。ボクたちはギルドに紹介してもらった不動産屋と空き工場を下見して回りました。


「ここがよさそうですね」

 そのうちの一件、旧市街地の壁にへばりつくようにして建っている古い空き工場が気に入りました。ここは北側の壁際の一番西の外れのところです。日当たりが悪くてしかも川に面しているせいでジメッとしていて人気がありません。おかげで安いですし、周りは似たような工場ばかりで民家が見当たらないのです。

「ええ、そうですね! ここでしたら多少臭いや騒音が出ても問題になりませんよ!」

 ボクは作り笑顔で揉み手する不動産屋に手付金を払って仮押さえしました。


 さて、申請が受理されるまでの時間を利用して屋台で出す料理を試作しましょう。キッチンに材料と道具を並べてたら白衣に着替えたエリーが覗き込んできました。

「何の屋台を出すの?」

「鳥肉料理の屋台です。基本は焼き鳥かなと思ってるのですけど、あれこれ試してみましょう」


 旧市街地の食材のお店を回ってみたところ、いくつか発見がありました。

 まずイーデーズと違って油が安いのです。オリーブオイルやヒマワリ油が庶民でも手の届く値段で売れてます。さすが農地の真ん中です。これは唐揚げに全力を出すしかないでしょう。

 でも、代わりに燃料が高いのです。見渡す限り麦畑ですからね。遠くからこの町の人口分の薪を運んで来ようと思ったら、そりゃ高くなるでしょう。農家だと麦わらを燃やして火を焚いてるそうなのですけど、それって一回の調理にどれだけの麦わらを必要とするのでしょうか? 麦わらを置くスペースが屋台より広くなりそうです。


「火事には注意しないとね」

 エリーが天井の梁を見て言いました。

 この町の建物は漆喰塗りの木造建築が多いです。この家もそうですね。新市街地の邸宅は大理石でしたけど。

 でも、石造りの建物と言っても石でできているのは壁だけで、梁や天井、床、屋根などは実は全部木材です。何故ってこの大陸はしばしば地震があるからです。

 石は圧縮には強いのですけど引っ張り強度は弱いです。壁や柱にはいいのですけど梁や桁には木材よりランクが下です。もし屋根に使った場合「ただ乗せてあるだけ」みたいな感じになります。ところが、東の果てで別のプレートにぶつかっているこの大陸は数十年に一度は大きめの地震があるのです。石板の屋根は抜け落ちます。

 アーチ構造を使えば石だけでも屋根を作ることはできますが空間が限られてしまいます。廊下などにはいいのですけど生活空間には向きません。

 ですからこの町の家屋は漏れなく木材が使われています。石造建築でも火事には普通に弱いのです。もし火事になったら屋根や天井が焼け落ちて壁も崩れますし隣近所に火が移ります。


 まあボクは魔法で加熱しちゃいますけどね。今回は自重しません。

「熱の移動も完璧にコントロールしますので火事の心配もありませんよ」

「エルフは魔法上手いもんね」


 ちなみにお風呂はついていません。火災予防のため個人の住居に浴室を付けるのは禁止されているそうです。

 ボクは魔法で何とかします。エリーは公衆浴場に行くと言ってました。

「入浴料が一プライドルもするから、毎日は行けないけど」

 イーデーズは四分の一銀貨で入れましたからあっちの四倍ですね。

「それじゃ行かない日はどうするのですか?」

「たらいにお湯張って洗うだけね」

 そう言うのでお湯は魔法で用意してあげることにしました。


 試食用にニワトリを一羽買ってきました。今日は唐揚げを作ります。鳥天も考えたのですけど強力粉しか売ってませんでしたので今回は見送りました(天ぷらに使うのは薄力粉ですからね!)。いずれはチャレンジしたいですね。

 さて、この町には多少はスパイスが入ってきています。遠く中央大陸からの輸入品ですのでちょっとお高いのですけど。この値段じゃイーデーズには来なかったわけです。まあボクは買いましたけどね。

 味付けは塩、スパイスは胡椒、クミンにコリアンダーにシナモンにタイム、それと小麦粉とニンニクパウダー。唐揚げ粉はとりあえずこんなものでいいでしょう。

 鶏を捌いて、あちこちのお肉を一口サイズに切って、唐揚げ粉をはたいて十分ほど寝かせます。歩きながらでも食べやすいように串揚げにしましょう。何だか懐かしいですね。

 揚げ油に突っ込んでカラリと火が通ったらできあがりです。


「──できました。どうぞ召し上がれです」

「なぁに? これ。初めて見るんだけど」

「まだ誰もやってないからやるのです」

「飛び込むならブルーオーシャン、商売の鉄則ね。それじゃいただきます。これ、すごく食欲を誘う香りね」

 ちょっと匂いを嗅いだエリーは串の先のから揚げを食べて、すぐに目を丸くして口元を押さえました。

「うわ……! 何これ、美味しい! こんなに美味しかったらすぐに評判になるよ」

「いいものなら売れるなどというナイーヴな考え方は捨てるがいいです」


 有象無象の大衆は料理を食べているのではありません、情報を食べているのです。美味しいから食べるのではなく美味しいと評判になっているから食べるのです。「このハンバーガーとコーラは世界で一番売れている。だから世界で一番美味いものに決まってるだろ」ということなのです。まあこのセリフは本当は投資家マインドを端的に説明したものであってハンバーガーのおいしさを説明したものではないのですけどね。その煽り性能の高さゆえに本来の意図で使われたところは見たことがありません。そうですね、わかりやすくなろうで言い換えれば「この作品は週間ランキングに載っている。だから今一番面白い話に決まってるだろ」という読者マインドでランキング作品にアクセスが集中するということです。ボクはランキングに載ったことありませんけどね、でもそれが面白さとイコールで結ばれているわけではないのですよ! フン!


 それはともかく、広告やステマが必要です。イーデーズでも冒険者を捕まえてはサクラよろしくしゃべらせたのです。でも顔見知りの少ないこの町ではそんな芸当もできません。チラシをまいて、噂を流して、できればかわいい女の子をスカウトして売り子をさせたいのです。


 ……そういえばいましたね、可愛らしい女の子たちが。この町に来た頃に見かけたのでした。

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