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3.3 豚肉を食べに街へ行こう

 新市街地の入り口の門には二人の兵士が立って検問していました。わ、普通の兵士を初めて見ました。というのもイーデーズには軍隊がありませんでしたからね。日光を反射してキラキラ輝くラメラーアーマーにパイクで決めてます。


 門の横には何台も馬車がつけてあって、降ろされた荷物を背負った人たちが列を作って並んでいます。まあ小さなカバンを肩に掛けただけの人もいますけど。その人たちが何か小さなカードをちらりと見せると衛兵が許可を出し、中に入っていきます。昔の映像で見た駅の改札で定期券を見せるサラリーマンたちのようです。


「あれは何ですか?」

「入城許可証。なければ商業者ギルドのカードでもオーケーよ。通行料取られるけど。持ってる?」

「非定住ですけど」


 ボクは商業者の方のギルドカードを用意しました。無理矢理押し入ったところでボクを止められる者はいないでしょうけど、時間は無限にありますからね。ここはのんびり待つとしましょう。


「出入口ってここしかないのですか?」

「もう一つあるよ。ここは北口。こっちは業者さん用の裏門でね、西口が住民用の正門」

「へー」

 そんなことをしゃべりながら牛歩で体感十分ほど進むとようやくボクの順番が回ってきました。ギルドカードを見せると衛兵は「旅行者か」と言いました。非定住カードですからね。


「何の用だ?」

「観光でーす。お昼ご飯を食べに来たのです」

「通行料は五プライドルだ」

 ボクは二人分の銀貨十枚を支払って新市街地に入りました。


 中は思ったよりずっと広かったです。門から続く通りは広く、まっすぐで、等間隔で並ぶ街路樹がさわやかな影を落としています。タイルで舗装された道はデザイン的なだけでなく清掃も行き届いていて、旧市街地みたいに露天商や屋台でごった返しているなんてこともありません。通りのはるか向こうには背の高い塔がそびえています。きっとあれがこの町の真ん中なのでしょう。

 両脇に並ぶお店もオシャレです。小綺麗なレストラン、宝飾品店に小物屋さん、文房具屋さん? ……あれ、食料品店がありません。


 聞いてみました。

「食べ物を売っているお店がないのはどうしてですか?」

「ああ、それはね、ここの人たちはそういうのを自分で買うことはないの。出入りの業者が運んでくるか、料理人が旧市街地で仕入れてくるか。あの宝石商だってね、店頭に並んでるのは見本みたいなものね。本当にいいものは自宅に訪問販売するのよ」

「ほほう」

 デパートの外商部みたいな感じでしょうか。

「詳しいですね」

 何の気なしに聞いたのですけどエリーは一瞬目を伏せました。

「……昔はこっちに住んでいたからね。ま、それはいいわ。ここにしましょ」

 エリーはちょっと大きめのレストランにボクを案内しました。


「いらっしゃいませ。……何だ、お前か」

 受付でうやうやしくこうべを垂れた支配人らしき男はエリーを見るや顔をしかめました。

「帰れ帰れ。ここはお前が来るような店じゃない」

 支配人は犬でも追い払うようにシッシッと手を払いました。

「何ですか失礼ですね。この町ではお客に対してそのような態度を取るのがマナーなのですか?」

「うるさいな、お前らなんて客じゃない」

「はァ!?」

 押し問答してたら奥の方からコックコートの男まで出てきました。

「何だ、何をもめてるんだ?」

「あ、店長。こいつが厚かましくも来てまして」

「うわ、お前か。おーい、誰かバケツに水入れて持ってこい! 頭から掛けてやれ!」

「……いい加減にしないと痛い目にあわせますよ」

「いいから帰れ! うちはお前らみたいなのが来るような店じゃないんだ!」

 コックはボクの胸を突き飛ばしてきました。まあスカッとかわしましたけど。こいつやる気ですね? いいでしょう、ならば反撃です! ボクは二人に【恐怖】の状態異常魔法を叩きつけてやりました。


「あああああああああああ!」


 途端に支配人はのどが張り裂けそうな悲鳴を上げました。コックもです。


「おあああああ!」

「ひいいいいいいいいい!」


 ボクの魔法には冒険者だって耐えられません。一般人では命を振り絞ったって無理です。今こいつらはドラゴン一万匹に囲まれたくらいの恐怖心に見舞われていることでしょう。まあ傍目にはそんなことはわからなくて突然叫び出した異常者でしょうけど。食事中の他のお客たちが何事かとこちらを見ています。


「あああああ……」


 二人は頭を抱えてうずくまりました。あ、パンツのお尻にジワリと茶色い染みが広がりました……。プンと臭気が立ち昇ります。

 やれやれです、ボクは肩をすくめました。

「とてもじゃないですけど食事をするような雰囲気ではありませんね。お店を変えましょう」


 外に出るとエリーは妙ちきりんな顔をしていました。

「あなた、さっき何かしたの?」

「別に大したことはしてないですよ。ささやかな魔法です。ムカつきましたのでちょっとやり返しただけです」

「そう……。私のためね。ありがとう」

 いえムカついたからやり返しただけなのですけど。


 ボクたちは近くの別のレストランに移動しました。今度は普通に席に通されました。やれやれです、ようやく昼食にありつけそうです。お昼の豚肉のコースはひとつしかないということでしたので二人ともそれにしました。


「あら、あなた……もしかしてエリナ?」

 突然隣の若い女に声を掛けられました。何ですかいきなりぶしつけな……礼儀を知らないやつです。そもそも誰ですかエリナって。

「何であなたがこんなところにいるのかしら? あなた、私と同じ席で会食できる身分だと思って?」

 女はあざけりの表情でエリーを見ていました。エリーは肩をすくめて言いました。

「このエルフの案内よ」

「あら……」

 何だか紹介されてしまいました。ボクの顔を見た女は眩しそうに目を細めて絶句しました。ボクはせいぜい偉そうにふんぞり返って椅子の上で足を組みました。

「初めまして人間。今日はボクという高貴なエルフと同席する栄誉を許可します。せいぜい感激に打ち震えるといいです」

「まあ……!」

 エルフと人間では見た目の差は歴然です。一言だけで格付けは終了、それ以上絡んでくることはありませんでした。チラチラこっち見てましたけどね。険悪な目で。


 肝心の豚は若干不満でしたけど食べられなくはない味でした。雰囲気が悪かったのでそれが味覚に影響を与えてる可能性はありますけど。


 それにしてもまあ、何とも嫌な町です。ここではみんな上を見てはそねみ下を見ては蔑み、何だかギラギラというかガツガツというかネチネチしてます。口から出てくるのは汚い言葉ばかりで、他人を利用しようとか馬鹿にしてやろうとか、そういうのばかりです。

 屋台といいここといい、また味といい雰囲気といい、食事の事情はあの貧乏人ばかりのイーデーズの方がハッキリ言ってかなりマシですね。豊かさの意味について考えてしまいます。


 食後は町をブラブラ歩きました。セレブの住居がズラッと並んでます。大理石の豪邸ばかりです。それに一軒一軒の敷地面積は旧市街地の家と比べ物にならないほど広いですね。旧市街地にはなかった公園があって、人口の池があって、ここの住人らしき人たちがキンキラキンのいでたちで散歩してました。お付きの者を引き連れて。


 そんな感じで町中を見て歩いていたら半日潰れました。太陽はすっかり傾いてしまっています。

「ねえ、そろそろいい?」

「そうですね、戻りましょうか。……おや?」


 町の真ん中に背の高い塔がありました。そういえば来た時に見えてました。見上げると一番てっぺんの方に大きな窓が開いています。

「これは何ですか?」

「鐘楼よ。朝と昼と夕方に鐘を鳴らすの」

「へー」

 鐘楼は外壁よりもさらに上へと突き抜けています。あそこからならこの町も周囲も一望できそうです。


 …………。


「ちょっといいですか?」

「何よ──きゃっ」

 ボクはエリーを抱え上げました。エリーは慌てて首にしがみついてきます。そうそう、そうやってしっかり抱き着いておいてください。

 鐘楼の壁に足を付けます。

「……え?」

 そして垂直に立って一気に駆け上がります。

「きゃあぁぁ!」

 ぎゅっとしがみついたエリーが絶叫しました。耳元で叫ばないで欲しいですね。エルフは耳がいいのですから。

 あっという間に鐘楼の頂上です。エリーを離すとへなへなと座り込んで胸を抑えました。

「あ、あー……びっくりした。急にそういうことするのはやめてよ……」


 鐘楼の屋根の上から街並みを望みます。整然と区画された住宅街に立ち並ぶ家々はどれも大きく、庭付きで、ふたつと同じデザインのものがありません。

 一方壁の外には同じような小さな家がビッシリ敷き詰められています。連なる家並みは北区くらいはありそうです。あ、面積の話ですよ? 発展の度合いはせいぜい汚いモロッコです。

 そしてその外に見渡す彼方の、そのまた先へと小麦の穂の波が果てしなく広がっています。まだ緑色の麦の穂の上を風が撫でてゆくとその形が見えるようです。

 反対側を見れば町の西側には川が流れていて、対岸に小さな農村が見えました。


「あれは?」

「ナーンの村、コビットたちが住んでる村よ。あっちの方が古いんだって」

「ほほう」

「コビットの言葉でスズは『向こう側』って意味らしいよ。こっちの方が商業都市として発展したせいでみんなこの地方のことスズナーンって呼んでるけど」

「そうなのですね」

 気になったのでオーマ・ネットで調べてみました。コビット語のsuz-は英語のtrans-と似た働きの接頭辞のようです。


 ガラン……ガラン……


 足元から鐘の音が響きました。人々は皆店を閉めて家路につこうとしています。ここではみんな時間に従って生活しているようです。

 鐘の音が川を渡って消えてゆきます。向こうにたたずむ農村の先には麦畑がどこまでも広がっていて、オレンジの太陽がまだ青い麦の穂波をトランペットみたいな金色に染めています。


 ミレーも描かなかった風景を見つけました。一枚撮っときましょう。

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