3.2 スズナーン観光
エリーが昨夜説明してくれたところによればこの町は大きく三つの部分に分かれているそうです。つまり新市街地と旧市街地、それから外市街地です。
新市街地はセレブの居住地、旧市街地は古くからの住人か、あるいはミドルクラスが住んでいます。カレン帝国成立より前の戦国時代にはもう栄えていた町だそうで、その頃に作られた城壁に今でも囲まれています。
「ほほう、なかなか大きな壁ですねぇ」
ボクはその外壁をペタペタ触ってみました。
旧市街を囲む外壁は見上げるほど高くていかにも頑丈そうです。灰を塗り付けたように古びて、ところどころの石の隙間から生える草の緑が目立ってます。イーデーズのハリボテとは違う実用品ですね
「昔の戦争の頃に作られたんだって」
それから外市街地、通称外市です。その他の人々が住んでいます。昨日ボクが泊まった酒場も外市にありました。市街地の外壁を取り巻くようにして人家や店舗がどこまでも立ち並んでいます。家が建っている範囲は上から見たら多分新旧の市街地を合わせたよりも広いでしょう。
なるほど、確かに外に出てから見た中では一番大きな町ですね。
旧市街地の外壁の門は昨日は閉ざされていて中に入ることができませんでした。日没以降は閉門になるそうなのです。
でも今はもう開けっ放しで出入りも自由です。あ、近くに冒険者ギルドが見えます。後で寄ってみましょう。
ボクたちは旧市街地の門をくぐりました。屋台街で朝食を取るためです。
「庶民の借家にはキッチンなんてついてないからほとんど屋台のものを食べるの。屋台じゃなければパンくらいね」
こういうところはイーデーズと同じですね。
外市にも屋台街はあちこちにあるそうでそちらの方がお安いそうなのですけど、お味の方もお値段なりということで、迷わずこちらを選びました。
壁の中は華やかににぎわっていました。建物の大きさ、数、外装の華麗さ、どれをとってもイーデーズのグレードアップ版です。
人の数は昨夜と比べてすらはるかに多いです。もちろんイーデーズなんかとは比べ物になりません。でもここの住人たちはあの田舎者たちと比べて少し身長が低いようです。ボクの頭が人ごみの中からにょきっと突き出ててちょっと目立ってます。
建物の壁はやはり漆喰塗りですが、ここでは漆喰に顔料を混ぜているようで薄い黄色や青や赤、ピンクといったカラフルな壁ばかりです。モノトーンのイーデーズと違ってにぎやかですね。それと屋根が何だか違います。ちょっと考えてみました……。
……ようやくわかりました。瓦の形が違います。あっちの瓦はSの字を引き延ばしたような前世の日本の瓦と似た形でしたけど、この町の建物の瓦は円筒を縦に真っ二つにした半円筒を互い違いに組み合わせた形です。何故でしょう?
あ、三人の少女が楽しそうにおしゃべりしながら歩いてきます。カラフルな髪、整った顔立ち、そして長い耳──あれが噂の町エルフでしょうか! 外のエルフを見るのは初めてです!
町エルフたちはキュートな顔をしています。要するにボクたちの感覚だと若干ロリ系です。
向こうもボクに気づいたようです。こっちを見て何やら囁きかわしています……。
「わー、森エルフの人だ」
「初めて見た!」
「噂通り綺麗……」
聞こえてますよ、エルフは耳がいいのです。
にっこり微笑んで手を振ると頬を染めた町エルフの娘たちはきゃあきゃあ騒ぎながら逃げ去ってしまいました。かわいい奴らです。
屋台街に到着しました。立ち並ぶ屋台を眺めて歩きます。鉄板の上で小麦粉の生地が焼けています。こっちはパンケーキを焼いてます。お、麵料理もありますよ。うどん……いえ、スープスパみたいな料理ですね。他にも揚げパンのようなものとか、ドーナツみたいな揚げ物や、パンに何かを挟んだもの、パンに何かを塗って揚げたもの……。
粉ものばかりですね?
聞いてみたら食事は小麦粉製品一辺倒で特にパンが多いそうです。と言っても自分で焼くことはありません。
「薪は高いし、かまどのない家がほとんどだし」
あー、森に囲まれたイーデーズと違ってここって木立がほとんど見えませんものね。薪はわざわざ他所から輸入してるのでしょう。
パンはパン屋が週に一回まとめて焼きます。腐らないように硬ーく硬ーく焼いたカチカチのパンを、これも屋台で買ったスープに浸して食べるのです。スープはほぼ野菜でベーコンの切れっぱしでも入っていれば御の字だとか。
一応お肉の屋台もありました。まずはマトンです。
マトンは貧民の肉として愛されています。いえ愛されてはいませんけど仕方なく食べられているそうです。これはあっちにいた頃に聞いていました。年老いた羊は廃用羊となり締めてマトンにしていました。貧民向けの安い肉としてスズナーンに向けて輸出しているのだと言って。地元でも多少出回っていましたけどまずいと敬遠されてほとんど食べられていませんでした。食べてたのはよほど貧乏な冒険者くらいです。
中世に毛が生えたレベルの後進社会ですがこの世界には肉を冷凍して運搬する魔法技術があるので中世ヨーロッパと違って精肉の輸出が産業として成り立っています。とはいえ冷凍するのも維持するのも人力(つまり魔法)でやってますので限界があるようですけど。
それから牛肉も多少ありました。この辺りは麦がたくさん取れますので餌の麦わらには事欠きませんし、農耕用にも使うのでたくさんいるそうです。でも労働力になるうちは食べません。食べるのは年老いた廃用牛で、これが硬くて臭くてまずいそうで、やはり貧民の食べ物になっています。
この旧市街地はミドルクラスの町ですのでどちらもあまり見かけません。
普通の人が食べるお肉は鶏肉です。近隣の農家で大麦やライ麦、燕麦などを飼料として育てられているそうです。聞いた感じどうも平飼いの地鶏ですね。そこそこのお値段でおいしく食べられるお肉として庶民の味になっています。卵はあまり出回っていません。
屋台に並んでいるのは、串に刺した焼き鳥やローストチキンの切り売り、揚げ物、煮物……。なるほど鶏肉料理はそこそこあるようです。
ちなみにお金持ちは豚肉を食べているそうです。
「イーデーズでは安い肉と言えば豚でしたけど」
疑問に思って聞いてみると、あちらでは残飯屋さんが町中の残飯を集めて豚の餌にしてましたけど、こちらでは芋が主体の餌で特別に育てるのだそうです。
「舌の上でとろけるような甘い脂がたまらないの……」
エリーはうっとりした顔で言いました。
「よーし、ではお昼は豚を食べに行きましょう。もちろんボクのおごりです」
ボクは豚肉にはちょっとうるさいですよ? 何しろイノシシを最初に家畜化したのはエルフですからね。ちなみに牛と羊を最初に家畜化したのはコビット、馬と鶏を家畜化したのは人間、犬を家畜化したのはゴブリンであると言われています。
公園というわけでもありませんけどちょっとした広場がありました。町の人たちが階段に座り込んで屋台のご飯を食べています。ボクたちもここでお弁当を広げました。エリーは焼き鳥と、パンケーキにローストチキンの薄切りを挟んで食べてました。ボクはスープにパンの取り合わせを試してみました。うーん、スープの出汁が足りません。
古い通りに歴史を感じたり新しいお店を冷やかしたりしながら町を通り抜けると反対側にも門がありました。
まっすぐ続く道路の向こうにまた違う城壁が見えます。あれが新市街地のようです。
こちらの壁は塗ったように真っ白です。壮麗ささえ感じさせます。実用的な旧市街地の外壁と比べてずいぶん装飾的です。
「こっちは新しそうですけど、最近まで戦争してたのですか?」
エリーは首を横に振りました。
「これは財力を見せつけるためと、一般人避けよ。こっちの住人は貧乏人は嫌いなの」