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2.66 帰郷

 水をせかして流れる河の古い石橋を渡ると人波でごった返してました。街道の両脇にずらりと並ぶ屋台はどこも盛況です。

 いやー、この町も久しぶりですねー。二十年ぶりでしたっけ? それとも三十年ぶりでしょうか?

 ちっとも変わらない町です。


 何年だか何十年だか前にこのイーデーズを旅立ったボクは数年ほどこの国で遊んだあと西隣の国、カレン帝国に入りました。

 いろいろあってカレン帝国を後にして海を渡って中央大陸へ。そこであちこちの国をめぐって今度は南大陸へと渡りました。

 南大陸では主に海岸沿いの町から町へと渡り歩いて東の果てまでたどり着いて、ちょっと戻ってウルム港から船に乗ってテールーズのアルル港に着きました。

 テールーズを通り抜けたらザール王国です。せっかくですのでちょっと足を延ばしてこっちに顔を出しました。


 つまり世界一周して帰ってきたというわけです。まああちこち行きそびれましたのでまたすぐに出かけるつもりですけど。


 屋台街の人混みの中を歩きながら左右を見渡します。さっきは変わらないと言いましたけど、どうも代替わりしちゃったみたいで知った顔が全然いません。

 ……あ、そうです。アヒルのお店の猫耳、確かエリでした。あれは子供でしたからまだやってるかもしれません。


「お、綺麗なエルフのお姉さん! どうだい、食べてかないかい? 元祖モモの店、うちのモモは絶品だよ!」

 そのお店はまだやってましたしアヒルのローストも小籠包も売ってました。でも陽気な声を掛けて来たのは知らないおっさんでした。一応猫耳ですけど。


 おばちゃんの串焼き屋台はどうでしょうか? まだミラがやってるかもしれません。

 ……と思って行ってみたのですけど、屋台は閉ざされてました。大きな布でくるまれてロープでグルグル固定されています。

 どう見ても営業してません。


「……リンス?」


 屋台を見ていたら横から中年女性に声を掛けられました。ボクを見て呆然としています。何だか見覚えがあるような顔です……?

 ──これって、まさか!


「もしかして、ミラですか?」


 多分ミラです、すっかりおばさんになってますけど!

「うわーリンスだ! 信じられない! 本当にちっとも変わらないんだね!」

 駆け寄ってきたミラにぎゅーっと抱きしめられました。

「お前は変わりましたね! 最初誰だかわかりませんでしたよ」

「人間はこんなものよ、エルフがおかしいの!」

「これ、どうしたのです」

 屋台を指さすとようやく放してくれました。

「うん、それがね──」

と言いかけてミラは周囲を気にしました。

「こんなところで立ち話もなんだから……」

 周りからジロジロ見られてます。ボクたちは冒険者ギルドに移動しました。


 ギルドの建物は昔のままで、古い木の扉は昔よりもキィキィ軋みました。

「……リンス?」

「リンスだって!?」

「うわー懐かしいな!」

 職員の中にいくつか昔の顔が見えました。みんなすっっかり年を取っていてすぐには顔と名前が一致しませんでしたけどね。ボクは手を振ってこたえました。

「あの頃の冒険者はほとんど引退しちゃったんだけど、何人かはギルドで働いてるよ。まだ現役でやってるのはヴァンくらいかな」

「あいつは変わりませんね」

「今じゃ"剣聖"なんて呼ばれてるよ。強くなりすぎちゃって戦う相手がいなくて、普段は剣術の指導なんかやってるけど」


 話をしようとロビーへ行くと、一人の掃除婦がだるそうにテーブルを拭いていました。へー、ギルドもこういうの雇うようになったのですね。

「ラーナ」

 ミラが声を掛けました。……え?

 緩慢に振り返ったその顔は……言われてみれば確かにラーナです。すっっっかりババアになってます。というか実年齢より老けてますよね?

 その老ラーナはボクを見て目をシパシパしばたたかせました。

「リンスよ。久しぶりでしょ?」

「……リンス? リンスって、あのリンス??」

「多分そのリンスです。お前どうしたのですか、その姿は」

「ラーナったらお酒の飲み過ぎでとうとう体壊しちゃってね」

 ミラが何とも気まずそうな顔で言いました。

「うへへ、面目ない……。まあギルドに拾ってもらってなんとかやってるってワケ」

 わかりやすく落ちぶれてますねこいつ……。


「リンス、本当にリンスか!?」

 階段を駆け下りて来たおっさんが大声を出しました。今度こそ誰だかわかりません。昔の顔と目の前の顔が重なるまでしばらく時間がかかりました。

「……あー、雷剣のチューターじゃないですか。老けましたねー」

 チューターは笑いました。お腹の底から楽しそうです。

「懐かしい、懐かしいなんてもんじゃないな! そうだ、お前のチューターを務めた"雷剣のブラッド"だ。今はギルドマスターをやってる」

「それは出世しましたね!」

「お前に教えてもらった魔法のおかげでな。まあこっちに来い。つもる話もあるだろう」


 ボクたちはチューターの案内で二階の会議室に通されました。

 席についてテーブルを囲みます。口寂しかったのでアイテムボックスからジュースを出してそれぞれの前に並べました。中央大陸で見つけた果実の甘いやつです。

「酒はやめてくれよな」

とチューターが言いました。

「これはノンアルコールですけど、何故です?」

「ラーナが本当にお酒ダメで……。お金があると飲んじゃうから、お給料も代わりに現物で支給されてるくらいなの」

 横からミラが補足しました。

「ごめんね? ごめんね?」

 ラーナは口とは裏腹にちっとも悪がらずにジュースに手を伸ばしました。


 ようやく落ち着きました。チューターは何だかずっと笑ってます。ラーナのヘラヘラ笑いも相変わらずです。ミラはソワソワ落ち着かない様子ですけど。

「それでは聞きますけど、あの屋台どうしたのです?」

「あれねー……。恥ずかしい話なんだけど──」

 事情を説明してくれました。

「まず、お母さんが死んじゃってね」

「──え、おばちゃん死んじゃったのですか!?」

「もう三年前。料理しながら突然ひっくり返ってね、そのままポックリ。年が年だったからしょうがないし、大して苦しまなかったのが不幸中の幸いだったかな」

「そうですか……」

「それでお姉ちゃんが会社を相続して森の妖精亭と中央屋台を継いで、私は前の屋台をもらったんだ。そしたら弟に裁判起こされてさ、『実子の自分に屋台をよこせ』って。流行ってたから欲しくなったんでしょうね。……まあ私は養子だったし争うのも嫌だったからさ。デリとシボ屋もあって生活には困ってなかったし。弟に譲ったんだよね。でもさぁ、弟は屋台なんかやったことなかったわけよ。やり方は教えてあげたんだけどさ。常連さんの顔もわからないし、お客のあしらいも下手だったし、働くのも嫌いだったし、一年で潰れちゃってね……」

 なんとまあ。

「まあ潰れたまではしょうがないんだけど、弟ったら屋台の株を売り飛ばしちゃってね。もうお姉ちゃんが怒ったのなんのって! でも新しく始まった屋台も長続きしなくてさ。ほら、周りがおいしいお店ばかりじゃない? 素人がいきなり始めてもねー……。で、それきり」

「それはまた……」

 二十年以上も経つと変化するものもあるわけです。

「あ、そうだ、エリはどうしたのですか?」

「エリ?」

「ほらあのアヒルの屋台の猫耳の」

「……ああ! 町の中でモモのお店やってるよ。かなり繁盛してる。屋台やってるのは弟さん」


 とか言ってたら部屋の入口辺りに突然ノイズが走って人影が二人ワープアウトしてきました。クリスです。

「リンスが来たと聞いて!」

 ということは隣のデカブツはヴァンでしょう。服の上からでもわかります。鍛え抜かれた鋼というか樫の古木というか、とにかくすっごい体してます。とても中年男性とは思えません。ヴァンは昔通りのワンコのような親しさで腰をかがめました。

「お久しぶりです、先生!」

「お久しぶりです。ずいぶん鍛え直したようですね」

「ええ、約束通りこの子を鍛えたわ。きっと人間では最強よ!」

 クリスは全然変わりません。まあ1200歳が122X歳になったところで誤差でしょうけど。……ん?

 こっそりエルフ語で聞いてみました。

「どうして女みたいなしゃべり方してるのですか?」

「いやそれがなー、人間に現代語を教えてもらったんだけどな。何かオレ、女だと思われてたみたいでな? 気づいた時には遅かったんだよ……」

 クリスはエルフ語で気まずそうに答えました。なるほど。ボクも旅の中で得た自分の気づきを教えてあげました。

「どうも他人種にはボクたちって女に見えるみたいなのです」

 他の森のエルフにすら女だと勘違いされましたからね……。

「……やっぱりそうか。なんとなくそんな気はしてた」


 気を取り直したクリスが尋ねてきました。

「ところで今日はどうしたの?」

「テールーズで『リノスに魔王がいる』と聞いたので会いに来たのです。興味本位で」

 実はボクも今は"放浪の魔王"なのです。他の魔王の縄張りに入ったときには仁義を通すことにしています。


「それなら呼ぶね。すぐ来ると思うよ」

とミラが言いました。……言いながら何もしません。

「早く呼ぶといいです」

「あーそうか、リンスがいた頃にはまだできなかったんだっけ。私分身同士で意思の疎通ができるんだ。魔王のところの私が本人に伝えたから。もう出発したって」

 つくづく便利すぎます、分身。

「それにしてもこんなところに住み着いてるとはどこの田舎者です? ここの魔王は」

「きっと驚くと思うよ」


 ゴロゴロゴロ……。

 遠雷の音が聞こえてきました。


「あ、来た」

 と言ってミラは窓を開けました。ボクも窓から外を覗くと西の空、イーデーズの町の上空に沸き上がった一塊の真っ黒な雷雲が高速でこちらに近づいてくるのが見えました。雷雲は自ら雷をまとうだけではなく四方八方に雷を飛ばしてピシャピシャバシャシャンと派手に音を立てています。魔王登場時に特有の過剰演出です。


「私を呼ぶのは、だーれーだー」

「こっちこっちー」


 雲の中から響き渡る声にミラが手を振りました。するとその雲が弾け飛び、中から現れた人影が飛んできて窓の外からビシッ! とこちらを指さしてきました。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! "白衣の魔王ナナ"、ここに参上!」


 あまりの寒さに空気が凍りました。向こうも固まってます。

「……お前何をやってるのですか」

「……リーンさん……じゃない? ……ウソ、リンスさんだ!! わー、お久しぶりです! もう、いったい何年振りですか!? いつこっちに来たんです?」

「つい今さっきです」

「ミラ、何で言ってくれなかったの!?」

 栗毛が抗議するとミラはいたずらっぽく笑いました。

「驚くと思って」

「すっごく驚いた!」


 窓から入ってきた栗毛が勝手に席に着きました。ボクがジュースを追加すると栗毛はペコリと頭を下げました。

「あ、ありがとうございます」

「そんなことよりお前、魔王ってどういうことですか?」

「えーっとですね……戦争とかありまして、いろいろやってたら魔王になっちゃいました」

「いろいろって、何をしたのですか? 魔王になるって相当ですよ」

「こいつ戦争捕虜をゴニョゴニョしたりそいつらを悪魔にしてけしかけたり、人としてやっちゃいかんことをあれこれしたんだよ。本当に敵じゃなくて良かったわ」

「てへっ☆」

 チューターが恐ろしい物を見る目で指さすと栗毛は自分の頭をコツンと叩きました。相変わらずやべー奴です。


「それと何で年取ってないのですか」

 他全員が年相応に年を取っているのにこいつはほとんど変わっていません。どう見ても二十歳そこそこです。

「それはですね、魔王になると老化のスピードが二分の一になって大魔王になると三分の一になるんです。私大魔王なので。それにエルフの真似して魔法でアンチエイジングもしてますし」

「そうなのですか?」

 魔王の神に弱い加護を受けた者が魔王で強い加護を受けた者が大魔王です。ボクも大魔王ですけど元々老化しませんので全然気がついてませんでした。


「それにしたってさぁ、もうちょっと年齢に合った姿になればいいのに。私たちだけ年取って、なんかカッコ悪いじゃない」

 ミラが唇をとんがらせると栗毛は体をクネクネくねらせました。

「だってぇ、夫の前ではいつも綺麗な私でいたいじゃない!」

「ナナったらこれで子供が十人もいて孫までいるんだから。ほんとバケモノだよね」

 ミラは呆れ顔です。


「まあそれはともかく、よく魔王討伐のチャレンジャーが来るんでそれかと思ったんです」

「お前いちいち相手してるのですか」

 暇なやつです。ボクは面倒くさいので大抵スルーしてます。

「アハハ、私の相手になるのなんてヴァン君くらいですよ!」

 チューターが肩をすくめました。

「魔王様はお忙しいからな。うちが委託受けて審査やってるんだが、大抵はここの冒険者に蹴散らされて泣きながら帰っていくな」

「たまに挑戦権を認められるのもいるので、今日は久しぶりに戦おうかと……まさかリンスさんとは思いませんでした」

「あれ、そういえば隊長はどうしてるのですか? そういうのの仕切り得意そうですけど」

「今はスズナーン防衛線の司令官をやっています」

 とヴァンが言いました。

「この前会った時に『もう年なんで引退させて欲しい』ってグチグチ言ってましたよ。当分無理でしょうけど」

「なんですかその防衛線というのは。内戦でもしているのですか?」

「この国も二十年前とはすっかり形が変わっちゃいましてねー……。もう本当にいろいろ変わったんです! 私なんて正式な肩書は"アリノス女王、ナーン領主、ザール公爵夫人にして白衣の大魔王ナナ"ですよ!? あんまり大げさなんで普段は名乗りませんけど」

「なんですか、それ。ボクもいろいろありましたけど、そっちもいろいろありそうですね」

「ええ、いろいろあったんです。それもこれも半分くらいはリンスさんが魔王を倒したことがきっかけになってるんですけどね。さあリンスさんの二十何年分の冒険譚を聞かせてください! こっちも話したいことがいっぱいあるんです。是非うちに逗留してください、いつまでいていただいても構いません。あれこれ情報交換しましょう──ミラ、夫に伝えて」

「アイサー」

 クリスとヴァンとチューターと、あとついでにラーナも招待されました。ミラは分身が向こうでスタンバってるそうです。


 一同席を立って、おしゃべりしながらギルドを出ました。

「リノスからはオークは絶滅したぞ。他所の地域のオークでも狩ってきたら褒賞金を与えていいんだよな?」

「それは重畳です。どんどんやってください」

「先生、オレがどれくらい強くなったか見てください」

「後で確かめてやります」

「そうだ、オルドさんにも会ってあげてください。もうヨボヨボでお酒造りも引退したんですけど、まだ頭はしっかりしてますから。きっと喜びますよ」

「それじゃ早いうちに行きましょう」

 弟子へのお使いも済ませましたし、報告しておきたいです。森の妖精亭にも顔を出したいですし──ああそれにお墓参りもしないとですね。まあ魂は転生しちゃってもうこの世にいないでしょうけど。


「──ところで、その人誰ですか?」

 栗毛は後ろのそいつをチラッと見て耳打ちしてきました。

 そうなのです。言ってませんでしたけどずーっと後ろにくっついてたのがいたのです。一緒に席に座ってしれっとジュース飲んでましたし。

「金魚のフンというか……長年憑りついた悪霊というか……。まあボクのストーカーです」


 とか言ってたらそいつは唇の端だけ持ち上げてニヤッと笑いました。あ、嫌な予感がします。

 そしてそいつは立ち止まって頭を下げたのでした。


「初めまして。リンスの妻でございます」

「「「「「……えええぇ──っ!!!」」」」」


 またやりましたよ……。みんなびっくりしてるじゃないですか……。

 こいつどこに行ってもこれをやるのです。何回聞いてもげんなりします。だいたいソフィーとだって結婚しませんでしたのに何でこいつなんかと結婚しなきゃならないのでしょうか。


 ボクは肩をすくめました。もうどうにでもなるがいいです。

「こいつの持ちネタなのです。気にしないで欲しいです」

 ボケとツッコミはキャッチボールです。拾えないボールは投げないで欲しいですね。


 栗毛は変な顔でこっちを見ました。何ですかそのワシントン条約に引っかかる珍獣を見つけてしまったペットショップの店員みたいな顔は。

「リンスさん、また女同士でそんなことを……」

 だからボクは男ですのに。

 完結してから思いもかけず多くの方にご覧いただき、またたくさんのブックマークや評価などをいただきましたこと感謝いたします。


 お礼代わりにちょっとした後日談を書きました。


 せっかくですので時々は続きも書いてみたいと思いますのでその時はまたよろしくお願いいたします。


 この度は本当にありがとうございました。


 (2025年2月追記)

 続きを書いてみました。しばらくの間ですがよろしくお願いいたします。

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