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2.65 長いおでかけ

 ……いやもう、ひどい目に会いました。ようやく解放されたボクはヨロヨロしながらイーデーズに帰りました。


 昨日ボクはあまり地上で使うのはよろしくないタイプの魔法を使いました。いえ一応気は使ったのですよ? 放射線やら何やらで被害が出ないように魔法の範囲外はしっかりガードしていたのです。

 問題は範囲内でした。標的はオークだったのですけど一緒に大気も吹っ飛ばしてしまいました。直径5km、成層圏どころか宇宙空間まで及ぶエアポケットが森の上空にぽっかり空いてしまったのです。大気は不安定などというレベルではなく、残り火の熱と流れ込んだ空気で大荒れ……。アリシアの娘のマリシアというエルフが気象予報士をやっているのですが、ガチギレして怒鳴り込んできたのです。

 仕方なく大気の安定化を手伝っていました。ようやく元通りになったのですけど、もうくたびれ果てました……。


「ただいまでーす……」

「おう、帰ったか」

 ギルドに戻ると隊長がギルマスたちと一緒にいました。こっちはこっちでオーク駆除のあとしまつをしていたみたいです。


 何しろろくに話もしないで飛び出して、跡形もなく吹っ飛ばしてしまったのです。隊長たちの証言だけで討伐の証拠はありません。

 でも、冒険者も町中の人たちも森の奥に浮かんで消えた古城と天を貫く光の柱を目撃していたそうで、吹っ飛ばしたというところだけは信じてもらえました。

「まあ、お前だしな……」

 ギルマスはボクを見ていながら遠い目をしていました。ちなみに農場の調査なんかもちょうど終わったそうです。


「あ、リンスさんお帰りなさい! ちょっと相談があるんですけど」

 栗毛がボクを見つけてパタパタ走り寄ってきました。

「例のアレですか」

「はい」

 ボクたちはギルドの隅に移動しました。


 オークを古城ごと持ち上げて、邪魔なのでお城をアイテムボックスに収納したとき変な反応がありました。地下室辺りから突然収納の神アリュールの魔法が発動したかと思ったら栗毛に加護が与えられ、新しく追加されたアイテムボックスの中に財宝が【譲渡】されたのでした。いえ、一口に財宝というと語弊がありますね。当時の国家予算です。

 当時の金貨銀貨に金地金銀地金、宝石類、宝飾品、証券類、魔剣や魔道具その他たくさんの莫大な財産は栗毛が──おそらくは昔の王家の血筋の者が、オーマの森のエルフと共に現れた時にしか反応しないように設定されたアイテムボックスの中に隠してあったのです。間違いなくうちのババアの仕業でしょう。そういえば昔の冒険者たちが宝探しをしたような話も聞きましたけど、そういう仕組みでは見つからなかったわけです。


「これどうしましょう」

「もらっとけばいいです。お前の祖先の財宝なのですから、お前が相続するのが筋でしょう」

 あと栗毛にはついでに古城の石材もあげてます。正直いりませんし、正統な持ち主に返すことにしたのです。

「でも、冒険者の報酬って山分けじゃなかったですか?」

「取っておけ。俺たちには金はそれほど必要ないからな。お前には色々使い道があるだろう」

 隣から隊長が口を出してきました。

「うーん……あ、じゃあせめてこれもらってください。中に入ってたんですけど私が持ってても使い道がないので」

 栗毛はアイテムボックスから騎士鎧一式を取り出しました。何と言うかギンギラギンで、シュビッとしてて、大昔の隠し蔵から出てきたにしてはずいぶんと斬新なデザインです。

「珍しい意匠だな……?」

 しげしげと眺めながら隊長も首をかしげています。というかこのデザインの傾向って見覚えがあるのですよね。作った本人に聞いてみましょう。


「クリスー、ちょっと来て欲しいのでーす」

 メッセを飛ばすと空間にノイズが走りました。

「何だ?」

 クリスがワープしてきました。

「うおっ!」

「わ、知らないエルフさんだ!」

 ビックリしている二人にボクはクリスを紹介しました。

「これはボクの森のクリスというエルフです。──ねえクリス、これってクリスが作ったものですよね?」

「んー? ……こりゃまた懐かしいな。ゲームのときのトロフィーじゃねーか」

「トロフィー?」

「ほら例の大帝国ゲームな、オレは直接には参加してなかったんだけどな? 頼まれて人間用の武器とか防具とか作ってたんだよ。人間が実績を解除したときのご褒美で与える用のを」

「それがトロフィーですか」

「そうそう。これなんかほぼミスリルでできててな、ついでに神々の強い加護も与えてあるから人間なんか着るので精いっぱいだろ。飾りにしかならんからトロフィーな」

「なるほどー」

 ……とかしゃべってたら隣で隊長たちが顔いっぱいに疑問符を浮かべていました。そりゃそうです、クリスとボクの会話はエルフ語ですので二人には伝わっていませんでした。


 しょうがないのでゲームのこととかは省略してかいつまんで説明しました。

「──というわけです。でも今の隊長なら普通に使えそうですよね」

「んんん? まあ使えるのは使えるかもしれんが……今の話だとこれってミスリルでできてるんだよな? もしかしなくてもとんでもなく高価なんじゃないか?」

「ヴァンの剣でお城が建つならこれだと国が買えそうですね」

「……もらいにくいなー」

「そういうことなら是非受け取ってください! ちょうど山分けになりそうですし」

「いや山分けって言うならヴァンのことも忘れるなよ」

「あー……どうしましょう。ヴァン君にあげられそうなものってないんですけど」

「俺以上に金のいらない奴だしな……」


 あ、ちょうどいいです。考え込んだ二人にいいアイデアを授けましょう。

「そういうことならいい考えがあります。ヴァンにはこれをあげましょう」

 と言ってボクはクリスの袖を引っ張りました。そんな財宝なんかよりも価値のあるものがここにいます。

「何のことだよ」

「隊長、ちょっと相談があるのですけど」

 クリスは無視して隊長に話しかけます。

「何だ?」

「実は一人で旅に出ようと思うのです。黒山羊隊は辞めて」 

 マリシアにこき使われながら考えていました。元々ボクはこの町に住みつきたかったわけではなくて世界中を見て回りたかったのです。そして今はちょっと一人になりたい気分なのです。

「む……」

 隊長は一瞬考え込みました。

「……魔王はいいのか?」

「今はそういう気分ではないのです」

「そうか……」

 そして腕組みして考え込んで、顔を上げたときには何だか優しい顔をしていました。

「まあいつかそういうことになるような気はしていたよ。お前のおかげでこいつらを一人前にするという目的は達成できた。俺も強くなれたしな。今まで本当にありがとう。……ソフィーのことは残念だったが」

「……」

「それで、どこに行くんだ?」

「そうですね、特に目的はないのですけど、とりあえず王都とやらにでも行ってみようかと思います」


「みんなここにいたのか」

 ちょうどヴァンもやってきました。

「おー探してましたよヴァン。実はボク、一人で旅に出ることにしたのです」

「えっ……修業はどうするんですか? 俺はまだ全然弱いんですが」

「そこでこいつを先生に推挙します。こいつは武器オタクなのですがついでに剣術も極めてます。あとはこいつに教わるといいです」

「おい、聞いてねーぞ!」

 ボクがヴァンに紹介するとクリスはエルフ語で抗議してきました。ボクもエルフ語で返します。

「今言いましたからね。別にいいでしょう? どうせ暇なのですし」

「暇ってほどじゃないけどな……」

「いいじゃないですか。たまには人間用の武器でも考えてたら新しいインスピレーションが湧いてくるかもしれませんよ」

「まあいいけどなー……」

 そしてクリスは頭をガシガシ掻いて人間の言葉で自己紹介しました。

「儂はオーマの森のエルフ、工匠クリスである。お主、向後は儂が稽古を付けてやる故、心して従うように」

 うーん、なんて大仰な口の聞き方でしょう。呆れますね!

「いくらなんでも言葉遣いが古いですよ」

「む、左様か。人間とまともに話すのは数百年ぶりなのでな」

「リンスさんの言葉も大抵古いですけどねー……」

 栗毛が横目で呆れたような声を出しました。何だか聞き捨てならない言葉です。

「えっ?」

「百年前のおばあちゃんみたいなしゃべり方です」

 えっ……。




 さて、思い立ったが吉日です。ボクは今日のうちに町を発つことにしました。

 ただ、その前に……。


 人の頭の皮を持ち歩く趣味はありません。ボクは赤い髪をリネンのスカーフで包んで冒険者の共同墓地に埋めました。痛みが少なかったところをひと房取って、くるっと結んでアイテムボックスにしまっておきます。ボクの髪を同じ分量だけ一緒に埋めてあげますので足りない分はそれで我慢してください。

 せめて来世は幸多かれと、転生の神に祈りと大量の魔力を捧げておきました。


 それからギルドに戻ってギルマスとクランリーダーと話をしました。オークの駆除依頼です。ボクはおしぼりサービスの売り上げから基金を設立して、オークの頭を持ってきたら一匹につき金貨一枚の追加報酬を出すことにしたのです。これまでのギルドからの報酬は銀貨六枚でしたから一気に五倍になるわけです。

「おい、そんなに出して大丈夫か?」

 ギルマスがソワソワ心配するような調子で言いました。

「大丈夫ですよ。絶滅するまでやっちゃってください」

 何しろあれが最後のオークとは思えません。あの群れにしたって狩りに出ていて不在だったオークもいたはずです。オークの絶滅政策、お金の使い道としてこれほど有意義なものもないでしょう。


 ──ということをギルマスと一緒に発表するとギルド中が沸騰しました。

「マジか?」

「マジです」

 聞かれましたので肯定すると、マリオはくるりと振り向いて割れるような大声で冒険者たちに問いかけました。

「聞いたかお前ら!」

「「「「「しかとこの耳で!」」」」」

「お前らの特技は何だ?」

「「「「「KILLッ! KILLッ! KILLッ! KILLッ!」」」」」

「冒険者の心得は?」

「「「「「エンジョイ&エキサイティング!」」」」」

「行くぞお前ら!」

「「「「「サーチ&デストローイ!」」」」」

 気勢を上げた冒険者たちは奇声を上げつつギルドを駆け出していきました。

 ここの冒険者たちなら最後の一匹まで狩り尽くしてくれるはずです。


「ねーリンス、オーク一匹殺したら1メリダくれるってホント?」

 ギルドを出たところでラーナとバッタリ出会いました。今日は冒険者スタイルです。

「おや、ウェイトレスはお休みですか?」

「うーん……。実はノンナの結婚が決まっちゃってね? 私一人でやっててもしょうがないかなーって……。冒険者に復帰することにした」

 おやおや、それはまあ!

「──ええ、本当ですよ。たくさんオークを殺してオーク御殿を建てるといいです」

「全部飲んじゃいそうだけどね! よーし、はりきってやるぞー!」

 ラーナは腕をぐるんぐるん回しながら冒険者たちのあとを追いかけていきました。


 それからボクはハテノの町に行きました。出発前にオルドに一言あいさつしておきたいと思ったのです。森の外でできた唯一の友達ですからね。

 いつものように工場にいたオルドに、ボクは長い旅行に出かけると言いました。

「そうか、寂しくなるの。どこに行くんだ?」

「あちこちに。とりあえず王都には行ってみようと思ってますけど」

「そうか……」

 オルドは少し思案顔になりました

「……実は王都にワシの弟子がいるんだがな。ガルムというのだが。自分の名前で工房をやっとるはずだ」

 言いながらアイテムボックスから一振りの剣を取り出しています。隊長の剣とよく似ています。あれより幅が広いですけど。

「グラッドの奴の剣を造るときにもう一本打っとったのだ。こっちはドワーフ用だがな。王都に行くことがあれば渡してやって欲しい。──それとこいつもな」

 さらに取り出したガラスの小瓶の中には銀色に輝く金属片が入れられています。

「ミスリルだ。ヴァンの剣に使った残りの、な」

「いいのですか? ドワーフには貴重な物でしょうに」

 オルドは肩をすくめました。

「美女におあずけ食った時より諦めがたいが、やはりこれはワシのような引退したジジイが扱うべきものではない。ガルムにくれてやってほしい」

「……まったく、ジジイのくせに心はぶっといカナマラです」

「お前こそ、エルフにしては心はミミズ千匹だ」

 だからボクは男ですのに。


 夕方には森の妖精亭に顔を出しました。ミラとマリーは忙しそうに開店準備をしていましたけど、ボクを見つけると立ち止まって声を掛けてきました。

「あ、リンスさん。お出かけするんですって?」

「ええ。ちょっと王都まで」

「それは遠くまでいらっしゃるんですね。お気をつけて」

「おみやげ期待してるね!」

 厨房から出てきたおばちゃんが「リンスちゃんなら大丈夫だろうけどね、それでも気をつけて行くんだよ!」と言いながら餞別に少し包んでくれました。

 それから金髪もやってきました。

「王都に行くんだって? ちょっと待っていてくれないか」

 バックヤードに引っ込んだ金髪はすぐに封書を持って戻ってきました。

「この手紙をアドラ家のエリナという少女に渡してほしい。どこの誰からもらったとは言わないで」

「いつになるかわかりませんよ?」

「ハハ、なるべく早い方がいいけど、仕方ないね。百年後とかはやめてほしいけど。報酬は前払いで渡しておくよ」


 日が暮れる前にイーデーズの町を出ました。エルフには昼も夜も関係ありません。夜通し歩けば朝にはローザンとかいう町に行けるはずです。

 門をくぐったところでチラッと振り返ります。すぐに次の町にいくつもりでしたのに、なんだかんだで一年以上も住み着いてしまいました。


 屋台はどこも店を閉めて、みんなちょうど町の飲み屋に繰り出すところでした。すれ違いながらいつものように軽くあいさつしてさよならです。

 ちょっとだけ立ち止まってギルドを見ます。当分ここに立ち寄ることもないでしょう。次に来たときにはあの古い建物が少しはマシになっているといいですね。……うしろのお墓も、またお参りすることもあるでしょう。


「お、ようやく来たか」

 橋を渡ったところで黒山羊隊の面々が待っていました。


 隊長が何だか手紙をくれました。またお使いでしょうか?

「王都でトラブルに巻き込まれたら赤竜騎士団のキュロス団長を頼るといい。多分まだやってるはずだ。これは紹介状だ」

 最後まで世話焼きさんですね。

「お前はどこに行ってもトラブルを起こしそうだしな……」

 大きなお世話です。


 栗毛は冒険者を引退するそうです。

「ご先祖様の遺産をもらっちゃったので、これで自分の治療院を作るつもりです。カレと結婚もしたいですし」

「もう具体的な話をしてたのですか? いつの間に……」

「今夜プロポーズします」

 せいぜい頑張るといいです。


 ヴァンはまだまだ冒険者を続けるつもりです。

「いずれまたお会いしましょう、先生」

「そうですね。クリスに鍛えてもらって腕を磨いておくといいです」

「次はもう少し戦えるように頑張ります」


「あら、またどこかに行っちゃうの?」

 エルフ語が聞こえてきました。いつの間にかリーンがそこに立っていました。ワープしてきたみたいです。

「うわ、リンスさんそっくり! ご家族ですか?」

 栗毛が目をみはるとリーンはポーズを取りながら「リンスの姉です☆」と人間の言葉で答えました。……何をやってるのでしょうね本当に。ボクの十倍も生きてるくせに。

 そしてリーンはボクに向き直って、またエルフ語で「いってらっしゃい」と言ったのでした。


 それでは出発です。橋の向こうの町の上には夕日が落ちかかってみんなの顔はそろそろ影になっています。ボクは初めて向かう南の道に足を踏み出しました。


「幸運を。そして栄光を」

 手を振る隊長にボクも手を振り返します。

「幸運を。そして健康長寿と財産を!」

 人間は死ぬのですから、名誉よりも命の方が大事です。どんな栄光に浴したところで死んでしまったら元も子もありませんからね!




 ところで皆さん、お知らせがあります。ボクの冒険を語るのはこの辺りでひとまずおしまいにしたいと思うのです。しばらく一人になりたいもので。

 ここまでお付き合いいただきどうもありがとうです。いずれまた気が向いたらお会いしましょう。


 さーて、この道の先にいったい何が待っているのでしょうか?

 とりあえずはスズナーンとかいう町に行ってみましょう。その先は王都へ、それから隣の国にも行ってみたいですね。知らない文化、知らない人間との交流が楽しみです。

 人跡未踏の大地や忘れられた古代遺跡なんかも探してみたいです。

 そうです、また適当な弱き者を見つけて鍛えて、今度こそ魔王に挑みましょう!

 やりたいこともやれることもまだまだいっぱいありますよ!



 ボクの冒険はこれからです!



 これにてリノス地方を舞台としたお話は終了です。


 ずいぶん苦しいところもあったのですが皆様の応援のおかげで何とかここまでこぎつけることができました。


 キャラクターが勝手に動いたというか動かなかった結果最初の町を出るのに40万文字もかかってしまいました。


 こんなにも長い間お付き合いいただき本当に感謝いたします。厚く御礼申し上げます。


 さて、一度は幕引きにしたお話だったのですが、この度再開いたしました。よろしくお願いいたします。


 それでは引き続きリンスの冒険をお楽しみください。

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