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2.63 弾幕ごっこ

 テントの前に出したテーブルを囲んでみんなで朝食を取りました。

 朝日はまだ山脈の向こうにあって空だけが青く、この温暖化世界にありながら冷涼な風が吹いています。削られた斜面から湧き出した水がクレーターの底に溜まりつつあります。いずれは池になるかもしれませんね。空を飛ぶ小さなドラゴンたちがその水たまりに早くも集まり出してピチャピチャ水を舐めています。ときどき空を見上げてクエックエッと聞きなれない声を立てているのがここまで響いてきます。なんだかいい景色です。


 食後のお茶を飲みながら隊長が笑いました。

「例えば三千人の軍隊がいたとして、昨日の悪魔と戦ったら何もできずに全滅するだろう。つまり俺たち三人は三千の軍隊に勝るってことだ。これはもう一騎当千と言ってもいいんじゃないか?」

 ヴァンも栗毛も朗らかに笑いました。


 ……うん、こいつら慢心が見えますね。

 三人とも回復したようですしご飯を食べたら帰ろうと思っていたのですけど、気が変わりました。ちょっとこいつらに世間の厳しさを教えてやりたいと思います。


 ボクは三人を立たせてテントとテーブルとイスを回収しました。

「さて、それではお前たち、卒業試験を始めますよ」

「ん? 何だ、また悪魔と戦うのか?」

 隊長はヘラヘラ笑ってます。ボクは首を横に振りました。

「お前たちには残念なお知らせです──ラスボスはボクです。ボクに勝てとは言いません。戦えとも言いません。ただ世の中上には上がいるということを思い知るがいいです」


 そして思いっきり【威圧】の魔法を発動すると三人は顔色を厳しく変えて飛びのきました。

「クソ、本気か?」

「本気を出せるくらい頑張ってくださいね」

「舐めないでくださいよ──くらえっ!」

 栗毛が目からビームを放つと共に十種類もの精神攻撃魔法を乱射しました。

「はい反射」

「ぎにゃーっ!」

 自分で撃った魔法の直撃を受けて栗毛はその場に沈みました。黒くきらめく魔法の平面が6枚、ボクの周りを回転しながら取り囲んでいます。

「時空反転反射防御、闇魔法【リフレクター】です。ありとあらゆる魔法を反射します」


「だったら……!」

 隊長とヴァンが左右から同時に斬り込んできました。魔法でダメなら物理ってことですね。

「光魔法【ライトニングプラズマーッ】!」

 即魔法拳で迎撃です。

「なにぃーっ!」

「うわぁーっ!」

 ズシャッ! のけぞって吹っ飛んだ二人がさかさまに墜落しました。

「う、うう……」

「光速で辺り一帯を一億発殴る魔法です。相手は死にます」

 今回は思いっきり手加減してますから生きてますけど。

「うかつに飛び込んだアホタレさんは光速拳の餌食にしますので心するがよいです」

「いやそれって近寄れませんよね?」

「そうですね」

「そんな他人事みたいに!」

「今度はこっちから行きますよ!」


 ボクは混沌魔法──光と闇の合成魔法、【天地玄黄】を発動しました。辺り一面が天幕のように闇に覆われます。日光が消え去り、魔法の光源によってフィールドが照らされると、三人は肩にズシリと重荷を背負わされたように動きを鈍らせました。


「な、なんだ……!?」

「体が重い……!」

「天地玄黄は他の神との接続を遮断する魔法です」

 戦士の神とのつながりが断たれて肉体強化系の魔法が使えなくなっているせいで体が重く感じるのです。言いながらボクは光魔法【キラキラ】を発動、伸ばした刀身で三人の足元の地面を薙ぎました。

「おわあああっ!」

 土が爆発して三人は吹っ飛ばされます。


「光と闇の魔法以外は使えなくなるのです。つまり──」

「こうだ!」

 ヴァンは背中に光の翼を広げました。持ち替えたエルフの剣には太陽神が宿っています。

「そうそう、そういう感じで対抗するのです」


 ボクも光凰翼を展開します。こっちは十二枚羽ですけどね。ボクはほぼ光速で飛べます。魔法力が違いますので。

 同時に天地玄黄を解除して時空魔法【相対運動】を使います。これは使用者を基準として対象のスピードを相対的なものに変えてしまう魔法です。ですのでたとえヴァンが音速の40倍で動けたとしてもボクのマッハ80万の前では0.005%のゆっっっくりとしたスピードでしか動けないのです。


「ほーらほら、頑張ってかわすといいでーす」

 動かない的と化した三人に波動剣を撃ちます。

「ぎぃぃぃ」「やぁぁぁ」

 プルプル震えながらけなげにかわそうとした三人でしたけどやっぱりかわせません。ヴァンはもちろん空間歪曲も邪視もむなしく、直撃してゆっくり吹っ飛びました。相対運動を解除するとすごい勢いでバウンドしてましたけど。


「チッ!」

 舌打ちした栗毛が飛空術で離脱しました。逃がしませんよ! ……と思ったのですけど、栗毛はクレーターの底に飛び降りて、たちまちドラゴンたちにたかられています。アホですね──と思ったら──


「悪魔召喚!」


 巨大な魔力の膨らみと共にドラゴンたちが一点に吸い込まれるように小さくなり、裏返るように腫れあがってこの世にない生物の姿を取りました。あれは"崩撃の悪魔マンマミーア"です。

 おおー……面白いことしますね。ちょっと感心しました。こいついつの間にかゼズズの加護を得ていたようです。本当に面白いやつです。


「行けっ!」

『らじゃー』

 栗毛の命令に従って悪魔たちが突撃してきます。ボクは頭上に悪魔の数だけ【光の剣】を浮かべました。

「……へっ?」

『まじでー?』

 栗毛と悪魔たちの動揺が伝わってきます。

「Go!」

 指先の動作でクイッと射出します。ちょっとゆっくり目で。慌てて栗毛が離脱したのを確認して光の剣を一気に加速、悪魔たちを余さず串刺しにします。


 悪魔たちがカッと白熱し、穴の底で大爆発しました。


「はれぇ──っ!?」

 爆発に押された栗毛は空高く打ち上げられました。爆風の大半はクレーターの曲線に沿って上空に噴き上がりましたけど、一部余波が縁で巻き込まれて地面の上を這うように広がりました。隊長とヴァンは伏せるように身を沈めてやり過ごします。二人の間に錐もみしながら落ちてきた栗毛がベチャッと叩きつけられました。まあすぐ元気に立ち上がりましたけど。


「クッ……」

「強さの底が見えん……」

「こ、こんなのどうすればいいんですかぁーっ!?」

「どうにもなりません。ボクと戦った時点でそいつの死は確定です」

「そんなぁー!?」

「お前たち弱すぎます。もうちょっと勝負が成り立つようにギアを一つ落としていきます」


 ボクは混沌魔法【天地覆載】を使いました。三人がまた重さに耐えるように身構えます。靴の底がビシッと地面にめり込みました。

「か、体が重い……」

 今度は物理的に重いのです。


「天地覆載、重力を増す魔法です」

「ぐ……うわっ!」

 重い体を支えてそれでも一歩を踏み出したヴァンが足を取られてひっくり返って受け身を取りました。

「【天地脚頭】、重力を反転する魔法です。今フィールド内の重力勾配がランダムになってますので気を付けてくださいね」

 言いながら足元の小石を軽く飛ばすと上がったり下りたりグネグネ不規則な軌道を取りました。

「どうやって気をつけろって言うんだ!?」

「頑張れば魔眼で見えます」

「見えますけど見えるからってどうすればいいんですか!」

「頑張ってください」

「そんなぁー!!」

 大輪の花が開くように、あるいは鳥が翼を広げるように。ボクは無数の魔法の光で描かれた曼荼羅を背後に展開しました。その高さはボクの身長の百倍にも達しようかという規模です。これはもう魔法のスプラッシュマウンテン、光の瀑布が三人目掛けてなだれかかります。

「では行きますよー」


 それからボクは手加減しつついろんな魔法を使いました。

 不規則に変化し続ける重力、気温、気圧、まき散らされる毒、精神攻撃、状態異常魔法、空間を満たす絶え間ない爆発は耳を貫き衝撃は全身を叩きます。


「なんで効かないのぉーっ!?」

 時々魔王眼の【即死】が発動してますけど、ボクって種族的に即死無効なのですよね。残念でした。龍王眼も虎眼も妖精眼の前では無意味ですし。妖精眼ってちょっと特殊で、他の魔眼の影響を受けないのです。昨日のゾースも妖精眼だけはなかったくらいでした。


「くそっ!」

 反撃の糸口を見つけようとしてますけどだーれもなーんにもできません。ボクの攻撃は威力も速度もタイミングもゾースみたいには優しくありませんので。ただひたすらに耐えるだけです。


「があっ!」

「ぐはぁっ!」

「ぎえピーッ!」

 三人は嵐の波に漂える木の葉のように翻弄されてなす術もなく吹っ飛ばされ続けました。




 …………。

 戦闘開始から一時間が経過しました。

 隊長は大の字にひっくり返ってピクリとも動きません。ヴァンは力を使い果たして剣を杖にしようとして、ところが切れ味が良すぎたせいで鍔元までスコッと刺さってしまって勢いで転んでそのまま動かなくなりました。


 栗毛でさえ──

 しぶとく最後まで粘ってましたけど、とうとう限界がきて前のめりに倒れました。土の上にお風呂の前の足ふきマットみたいにべちゃっと伸びています。


「絶望を知るがいいです」


 光魔法【落日】──


 太陽が落ちてきました。

 落日は太陽神の分霊を呼び出す魔法です。天の彼方が赫々と燃え上がり、地上は皓々と照らされました。直径数kmの小さな太陽が降りかかります。三人は動けません。呆けたような顔で落日を見つめる隊長、伏せたまま動かないヴァンと栗毛、光と熱はみるみる強まり草木がチリチリ煙を上げ始めました。


 ──今日のところはこのくらいにしといてやりましょう。ボクは落日を送還しました。

 熱源が消え青空が取り戻されました。涼しい風が吹きつけて戦いの余波を洗い流してゆきます。


「お前たちは人間としては強くなりました。でも、この世には今のお前たちでも絶対に勝てない相手というものがいるのです」

「……」

 返事はありません。

「相手の強さを見極め、そういう相手とは戦わないという選択肢を取ることも時には必要です。お前たちにはこれから魔王と戦ってもらいますけど、一見して勝てないと思ったなら逃げるなり下手に出るなり、とにかく生き残ることを考えるのです。お前たちは冒険者なのですから。『自己保存の原則』ですよ!」


 隊長は寝っ転がったまま片腕を上げかけて、やっぱり力尽きてバタッと地面に投げ出しました。

「……わかった。とりあえずエルフとは一生喧嘩しない」

「それが賢明です」

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