2.55 魔王の卵
三日後ヴァンの剣も完成しました。こちらの剣は刃は真鉄でそれ以外の部分はチタンとミスリルの合金だそうです。
「酒瓶のミスリルを使わせてもらったぞ」
「あげたものですからご自由にどうぞです」
「まったく、こんな豪勢なものは二度と作れんだろうな」
オルドは剣を握ってほれぼれと眺めています。刀身は隊長のものと同じ様に鏡面仕上げ、しかしそれがなくてもうっすらと光を放っています。刀身の長さは90cm弱、形はクリスの剣とほとんど同じです。
「使用感が変わると良くないから合わせたぞ。重さはさすがにこちらが重いがな」
「そりゃミスリルとは比べられませんでしょう」
「とはいえこの大きさの剣としては驚くほど軽いぞ。そのくせ相当タフに使ってもまず折れんし錆びん、刃こぼれもせん。まあ刃はつけとらんのだが。例によって戦士の神の加護付きだ。うぬぼれるようだが人間が実際に使える剣としてこれ以上のものはなかなか望めんだろうな。お前たちの力を借りはしたがワシも古代の偉大な剣匠たちに肩を並べられたような気がするわい」
オルドが剣を鞘に納めて差し出すとヴァンはうやうやしく受け取りました。
「ありがとうございます」
剣を手放したオルドは晴れ晴れとした顔で大きくのびをしました。
「やれやれ、ワシの中にもどうやら鍛冶屋の未練が残っとったようだが、これですっかりさっぱりした。また酒屋に戻ることにするかの。一か月も休んでしまったぞ」
言いながら立ち上がって蒸留器の様子を確かめています。
「おいヴァン、俺にも見せてくれよ」
隊長がせがんで剣を借りました。スラリと抜き放ってしげしげと眺め、うっとり感嘆の声を上げます。
「この長さでこの軽さか……。それにバランスがいいな。手から伝わる魔法の波動も力強い。なるほど確かに実用品としてはあっちよりこっちの方が上だろうな。両手剣で俺には扱いきれんが、万金を出しても欲しがる奴はいるだろう」
そして剣を鞘に納め、ヴァンに返しながら提案しました。
「ありがとう、いい物を見せてもらった。──そうだ、ナナに頼んでこの剣にも追加で付与してもらったらどうだ?」
「何のことだ?」
パンパン手を払いながらオルドが戻ってきました。
「いや実はな、ナナの奴が俺の剣にグヤの加護を付与してくれたんだよ。見てくれよ爺さん」
隊長の剣を受け取ったオルドは状態を確認して唸りました。
「……うむ、再生阻害とエナジードレインが乗っとるな。あやつ、こんなことができたのか?恐ろしい女だな……」
オルドは剣を返してヴァンに「せっかくだからその剣にもやってもらえ。お前の魔力ならそれだけの余力はあるだろう」と言いました。
「そうおっしゃるなら是非。……で、どこにいるんだ? 今日は姿を見てないが」
ヴァンは感覚の目で確かめますけど、それがいないのです。栗毛はあの後「うーん、新しいものっていいですね! 私も負けてられませーん!」とか言って飛んで行ってしまいました。それきり帰ってきません。
「ただいま帰りましたー!」
扉がバーンと開いて明るい声が工場いっぱいに響きました。すごいタイミングで栗毛のやつが帰ってきました。なんだかウッキウキです。
「やりましたよ! 新必殺技を開発しました!」
「はあ……そうですか」
何を言っているのでしょうねこいつは。栗毛は後ろ手に持っていたロープをグイグイ引っ張って中に入ってきました。
「こっちだよー」
ロープの先に結ばれていたのは毛むくじゃらの巨大な類人猿……トロルでした。ぐるぐる巻きにされて、無抵抗で、なんだかぼーっとしています。隊長たちとオルドが一斉に身構えました。
「な、何をやってるんだお前は!」
「アホですか!」
「そんなもん町中に連れてくるな!」
「アハハ、大丈夫ですよ! 前頭葉をスライスしてますからね、もう自発的な知性の発露はありません!」
「何言ってだこいつ」
「頭イカレてますね」
「ワシはトロルよりこいつが怖い……」
「じゃあ行きますよー……えい!」
ドクン!
魔法の波動がトロルを貫くと巨体がゆっくりと倒れました。床の上に手足を投げ出してピクリとも動きません。死んでます。
「な、何だ!? 何をした?」
隊長が困惑しています。ちょっと複雑な魔法の構成でした。魔覚が鋭くても詳しくなければ何をしたのかわからないでしょう。
ボクの目に見えたのはまずグヤの心停止魔法。それから液相から気相への相転移魔法。それともう一つ、化学物質の合成魔法です。
一つ目はそのまんまですね。二つ目の魔法は多分血液中に気体を生み出して詰まらせたのでしょう。でももう一つはよくわかりませんでした。
栗毛は隊長の疑問に答えました。
「まずグヤの心停止魔法をベースにして、それから右心室内で血液からガスを作り出して空気肺塞栓症を起こしました。それともう一つ、心臓のカルシウムチャネルをブロックしました!」
「Caブロッカーですか?」
「もっと単純です、魔法で血液中の重炭酸イオンを酸化して魔法で無理矢理カルシウムと結合させました。カルシウムチャネルを阻害というか破壊したんです」
「カルシウムイオンを石灰にしたわけですか。一種の石化魔法ですね」
「はい。練習してこの三つの魔法を同時に使えるようにしました。狙いを心臓に絞ることと、心臓を破壊してしまうほどの強い力を使わないことで成功性を高めました」
なるほど、三系統カクテル魔法ですか……。ちょっと感心しました。
異なる系統の魔法を重ね掛けすることでレジストの難易度を上げています。仮に対応できたとしても、それぞれの成功確率を90%としても全部を抵抗される可能性は1000分の1です。こいつの魔法力なら100万分の1くらいはいくかもしれません。
それらを同時に発動させるのは技術がいりそうですけど、なかなかいい発想です。
「面白いですね。でも魔法を開発するときには『自分が使われたらどう対処するか?』も同時に考えないといけませんよ。お前そこはちゃんと考えてますか?」
「うーん……。すいません、そこまで考えてませんでした」
「では宿題ですね」
「はーい……」
栗毛はちょっとしょげて出て行きました。トロルの死体を片付けていけです。
「解決しました!」
翌朝栗毛が元気よく帰ってきました。
「こむら返りってあるじゃないですか。あの発想です」
と言って栗毛は自分に心停止魔法を掛けました。……えっ?
ドクン!
栗毛はその場にひっくり返ってドスンと鈍い音を立てました。足がビクビク痙攣しています。
「きゃああっ! ナナしっかりしてぇ!」
「何やってんだお前えぇ!」
隊員たちが慌てて駆け寄ります。栗毛はひっくり返ったままゆっくり手を振りました。
「……あはは、大丈夫ですよー。ちょっと待ってくださいねー……よし、治りました!」
そしてむくっと上半身を起こしました。自分の頭を指先でトントンつつきます。
「心臓が停止すると同時に自動でふくらはぎが脈動してポンプの役割を果たすように条件付けをしました。ふくらはぎが全身に血液を送ってる間に心臓を治します」
なるほど、ポンプがふたつしかも横になってますから血圧低めでも充分血が巡るというわけですか。それにしてもふくらはぎは第二の心臓とは言いますけど、本当に心臓代わりにしたのはこいつの他にはギアセカンドかL.E.D.ミラージュくらいなものです。
「俺こいつが少し怖いんだが……」
隊長が怖気づいています。
人を治すことと壊すことは表裏一体です。こいつ人殺しの才能がありますね。
いえ、人というか……さすがにエルフの魔法抵抗を貫通することはないでしょうけど、その辺の野良魔王くらいもう単独でやれるのではありませんか? 何だかとんでもないモンスターを育ててる気がしてきました。