2.47 鬼人マルク
「さあ紳士淑女のお前たち、待たせたな! 昼一番の決闘はエキシビションマッチだ! 受けて立つのは言わずと知れた"鬼人マルク"! 挑戦者は黒山羊隊に突如現れた新星、ヴァンだ! 今日この場に居合わせたお前たちはラッキーだ、一流同士の本気の戦闘が見られるなんてめったにないぞ! 見逃すな!」
30mの距離を置いて向かい合った二人の姿は対照的でした。
ヴァンはいつもの戦闘服にいつもの木剣をひっ提げただけ。
マリオは年季の入った盾に鎧に兜となかなか重厚な装備です。武器だけは木剣ですけど。
二人ともすでに魔眼を開放して、絡み合った魔法が文字通り火花を散らしています。
「あんたに挑戦できるとは光栄だ。胸を貸してもらうぜ」
「いっちょ揉んでやる、来い!」
宣言するやいなや二人は同時に飛び出しました。真ん中でぶつかった二つの運動体が生んだ衝撃が湖面を揺らします。二人はぶつかった勢いのまま高速で別れ、またお互い目指して突っ込みます。
空歩と縮地と飛空術を使いこなしての高速戦闘です。断続的にベイパーコーンを引きずって宙を駆ける二人は瞬間的には音速近く出ているのではないでしょうか。機動力は互角、攻撃の手数と威力は武器の差でヴァンが上回っていますけど防御力はマリオが上です。ゴブリンキングくらいなら真っ二つ確定の流星剣を難なく弾いちゃってます。
流星剣が湖面に無数の線を刻み、あるいは光のカーテンにぶつかって青白い光がはじけ飛びます。防御してなかったら本当に町がぶっ壊れてるところでした。前後左右に動くだけではなく上に行ったり下に降りたり湖の上をいっぱいに使って、先読みで撃った流星剣が先読みでかわされ虚空に飛び去り、大きく弧を描いて迫る誘導型波動剣を振り切り、両者板野サーカスみたいな動きで攻守目まぐるしく入れ替わりながら追撃戦を繰り広げています。
双方本気です。あいつ思ってたよりずっとやるじゃないですか。ヴァンにさせたかったことを全部やってます。これなら確かに人間相手には無双できたかもしれません。
周りの冒険者たちがワイワイ講評してます。
「うわスッゲ。あんな動きできるのかよ」
「おおー、今何回斬った?」
「波動剣って曲げられるんか。知らんかった」
「おい、さすがにヤバくねーか?」
「当たったらあいつらでも死ぬぞ!」
「……いや当たんねーもんだな」
「こっちは硬いな。硬いな」
「お前あれに勝てるか?」
「空中戦は分が悪いっす」
一進一退の攻防ですが軍配は一般人にはわからないレベルでマリオの方に傾きつつあります。出力は似たようなものですけど制御はマリオの方が上のようです。空歩を上手に織り交ぜて小回りがきいてますし、気の節約とか緩急のつけ方が上手いです。年の功というか経験の厚みが違いますね。
劣勢は本人が一番悟っているでしょう。ヴァンはほんの一瞬一呼吸つくと、正面からまっすぐ突っ込みました──と思ったらマリオが斬りつけたヴァンが溶けて消えました!
あれは分身、いえ分体じゃないですか! 正面のヴァンはフェイク、直前で分かれて宙返りみたいに上に移動した本体が上空から斬りかかりました。マリオは盾で防いだものの厳しい姿勢です。
オーガ戦ではあんなの使ってませんでしたのに、どこで覚えてきたのやら。ヴァンは次から次へと分体を作り出し、姿、あるいは気配や質量、音だけが分離してマリオに襲い掛かります。鬼眼持ちのマリオですが魔眼の相互作用によってその能力を相殺させられ、完全には見切れていないようです。ヴァンが圧倒してます、マリオは防戦一方です。
そのとき、マリオがボクを見て「やってもいいか!」と叫びました。光のカーテンのせいで音は届かないのですけどエルフの感覚は拡張されてますからね。音がなくてもわかります。一体何をやるつもりでしょう? ちょっと興味があります。ボクは両手で大きく丸を作ってゴーサインを出しました。
瞬間、マリオが爆発しました。いえ本人が爆裂したのではなく、超音速で膨れ上がった空気が衝撃波となって湖の上空一面を揺るがしたのです。
風というより流体の魔法ですね。光のカーテンの表面で泡立った空気が激しく弾け、巻き込まれた分体が一瞬で吹き飛ばされました。
「せいっ!」
むき出しになった本体に向けてマリオが流星剣を撃ちました。いえ、これも正確に言えば超音速の衝撃波に流星剣を乗せて飛ばしました。あれは【ソニックブレード】です。衝撃波は距離の二乗に反比例して拡散するのですがそれを魔法で収束させています。つまり威力を失わないまま塊となって飛んでいきます。まさか人間で使えるのがいるとは思いませんでした。
オーガを倒したというのも納得です、というか昨日のオスオーガくらいなら一撃で爆散するでしょう。あんなのが当たったらさすがのヴァンでも死にます。ここまで決め球を隠してたのですねあいつ。マリオは接近しつつソニックブレードを連射、ヴァンは衝撃波をかろうじてかわし続けています──が、実際のところ一点に誘導されてます。
二人の軌跡が交差しました。マリオが斬りかかり、ヴァンは攻撃をかわしつつ型通りカウンター──剣が空を切りました。残像です! 過去最高速の移動で生まれた残像をおとりにしたマリオは上に回り込んで蹴り飛ばしました。
ドゴォッ!
衝撃と共に吹っ飛ばされたヴァンは一直線に湖に突っ込んで水柱を高く跳ね上げました。浮かび上がってきません。マリオが木剣を掲げました。
「そこまでぇ! マルクの勝ちぃぃぃっ!!!」
審判が絶叫しつつマリオ側の旗を揚げました。ボクは防御壁を解除しました。そして空中に魔法ででっかく『Mario Win!』みたいな意味の文字を浮かべます。
わぁっと町が割れるような大歓声が沸き上がりました。司会が「二人に盛大な拍手を!」という前にすでに始まっていた万雷の拍手がいつまでたっても鳴りやみません。
『マールーク! マールーク! マールーク! マールーク!』
勝者を讃えるコールが響き渡ります。
水面に立ったマリオがヴァンを引っ張り上げながら何か会話してます。遠いですけど聞こえてます、エルフは耳がいいのです。
「さすがに強いな、完敗だ」
「いや、これはすぐに抜かされるな。その若さで大したもんだ」
なんて、そんなこと言ってます。
近くにいたギルマスが「まさかマルクとここまで戦えるとは……信じられんほど強くなったな……」とつぶやいています。クランリーダーがボクに尋ねてきました。
「この短期間でよくここまで鍛えたな。一体どうやったんだ?」
「うまい食事と適度な運動、それだけですよ」
トレーナーとしても超一流……ボクの指導力はとどまるところを知りません。
後ろでソフィーたちが「適度!? 適度って何!?」「きっと人間とエルフとでは辞書が違うんですよ」なんて言ってましたけど、それで強くなったのですから適度です。