2.46 真昼の決闘
翌朝ギルドに顔を出しました。報酬を受け取るためです。
「待ってたぜ」
そしたら突然ロビーのテーブルに陣取っていた男に声を掛けられました。あいつはほらあの、マリオです。
巨漢が椅子をきしませながら立ち上がり、こちらに近づいてきました。お久しぶりなのであいさつしましょう。
「おやおや、お久しぶりですね。ボクに何かご用──」
ところがマリオはスッ……と横を通り過ぎてヴァンの前に立ったのです。
「よう、待ってたぜ」
……ボクを無視するとはいい度胸です。初めてですよこのボクをここまでコケにしたおバカさんは。この掲げた手はどうすればいいのでしょうか? プルプルしてたら隊長が気にするなとでもいうように肩を叩きました。くっ、何だか屈辱です。
「お前、一人でオーガを倒したんだってな」
「一人でとは言い難いが、勝った」
「やろうぜ」
ウホッ!?
「決闘だ」
なんだ、そっちですか……。ビックリしました。まあこいつ酒場のお姉ちゃん大好きなノンケでしたね、そういえば。
「理由は?」
「なに……たまには本気出さないと体がなまっちまうもんでな!」
言った瞬間目の色が変わっていました。光を放つ黄色の瞳は──【鬼眼】です! その魔法の威力がヴァンを組み伏せようと襲い掛かり、ヴァンもまた反射的に龍眼を解放して対抗します。マリオの鬼眼の強さは昨日のオーガの比ではありません。龍眼と見事に拮抗しています。デバフとバステの嵐がロビーと言わずギルド中を荒れ狂い、隊長は身構え栗毛はのん気に棒立ち、ボクは【闇のとばり】でソフィーを守りつつ抱き上げて退避しました。なんてことするのでしょうねこいつら。冒険者と職員たちも慌てて逃げ出しています。
「ヒエッ……」
「やめろよ、やめろよ……」
「ギルドで魔法はいかんでしょ!」
壁に背を着けて精一杯遠ざかった冒険者たちがブーイングを上げながら親指を下に向けています。そんな様子を見たマリオはフンと鼻を鳴らして、あごで入口を示しました。
「ここじゃ狭いだろう。表に出ようぜ」
「望むところだ」
「ちょっと待ったぁ!」
二人が動き出そうとした瞬間、風を切って飛び出して来たのはクランリーダーです。リーダーは二人の間に割って入って双方を押しとどめました。それにしても魔眼に挟まれていながら動じていないとは思ったよりやるようですね、このリーダー。
「待て待て、ギルドの許可を得ていない私闘は規約違反だ!」
「なんだぁ、邪魔しようってのか?」
「そうじゃない。やるのはこの際承知するが舞台を整えるから少し時間をくれ」
──というわけで急遽二人の決闘がその日のプログラムに組み入れられました。
まどろみを誘う昼下がり、二人が立っているのは闘技場のリングではありません。湖の上です。飛空術で飛び上がった二人は湖の上空で向かい合っています。
整えるというのは二人ではなく周囲の準備でした。漁船を退避させて、漁師も引き上げさせて、放し飼いのアヒルもガチョウも全部回収しています。それとギルドから依頼されてボクは町中を防御魔法で覆っています。まあ確かに、覚醒した今のヴァンが本気出したらこの町メチャクチャになりそうですよね。マリオの方はどうか知りませんけど。しょうがないので町全体を【光のカーテン】で囲いました。光のヴェールのでっかい版です。これで物理攻撃は完全に遮断……あっと、鬼眼と龍眼が激突したら一般人は耐えられませんよね? 見物客たちが倒れてしまわないように【闇の幕屋】も重ね掛けしておきましょう。これも闇のとばりの拡張版です。観戦の邪魔にならないようにどちらの透過率も100%にしておきましょう。
それと試合の通知ですね。町中の人たちが観戦しているのではないでしょうか? ギルドの裏だけでなく、町と湖をへだてる胸壁に群がった人々が町の反対側までずらっと連なって試合開始を待ち受けています。ミラとかラーナとか身軽な連中は屋根の上に登ってます。こっち側には冒険者や屋台の店長たちが鈴なりになっています。あっちの方には森の妖精亭の面々もいますし、ずーっと向こうを見ると市役所の裏側辺りに市長や議員たちもいますね。なんて暇なのでしょうみんな。