2.42 魔眼
鳥のさえずりの響く下、壮絶な戦いが続いています。
オスオーガの動きがかなり鈍くなってきました。ちょっと発破を掛けましょう。
「オーガもやる気出すのでーす!」
ボクは腕をくねらせました。腕の中にあるのが骨ではなく、全体が重い液体と信じて──子供オーガを全力でビンタ!
バッチィ──ン!
「ギャアァァァァ!」
銃砲みたいな炸裂音に吠えるような悲鳴が続きます。全身をこわばらせた子オーガの尻の皮が手のひらの形に弾けています。切り傷よりも再生が遅いですね。
「オオオオオオオオッ!」
呼応して吼えた母オーガが横殴りにダメッピを殴りました。ダメッピは縮地をまじえたバックステップで回避、空振った棍棒がうなりをあげました。
ソフィーが抗議の声をあげました。
「やめてよ、こっちが悪いことしてるみたいじゃない!」
「お前は優しいですね。でもモンスターとの戦いにいいも悪いもありません。ただの生存競争です」
カンフル剤が効いたのか父オーガの動きが変わりました。高速で身を起こし体全体を捻るように棍棒を振りかぶり、全力で殴りかかってきました。しかし隊長は冷静にこれを受け止め、波濤で気に変えて体の表面をグルグル滑らせます。オーガはさらにもう一発、全力の棍棒を叩きつけます。これも気に変えて前のと合わせ、威力を剣に束ねて目の前の股間に突き刺しました!
ズドンッ!
「ギッ、ギャアアアアアアアッッ!!!」
オーガは絶叫しました。棍棒二発分のダメージが股間に炸裂してますからね、見てるだけで痛そうです。これは大ダメージです。威力が強すぎて剣も砕けちゃいましたけど。隊長は武器を失ってしまいましたけど怪我の功名とでもいうべきか、破片がオーガの股間に埋まり込んで再生を阻害しています。
隊長は即座に予備の短剣を抜いて接近戦を挑みました。空歩で足場を作って顔面の前に躍り出て攻撃を誘います。
「ウガアアアアッ!」
「オラアアッ!」
オーガと隊長が同時に吼えました。しがみついてきたオーガの右腕を盾で受け、左腕を蹴り飛ばして、噛みつきにきたオーガの左目に短剣を突き込んで波濤の気を叩き込みます!
バァンッ!
顔面が弾けました。
オーガの巨体がグラリと揺れました。後ろ向きにタタタッと足をもつれさせて、そのまま地響きを立てて倒れ込みます。オーガはもはやピクリとも動きません。脳を破壊されてさしものオーガも死んでしまいました。
「ヒャッホ──!!」
「すげーぜグラッド!」
「アアアアアアアアッ!」
両側の二人がバンザイし仔オーガが絶望の声を上げます。
しかし着地した隊長は地に手をついてうずくまってしまいました。魔力切れみたいです。駆け寄った栗毛が体力だけは回復させています。
向こうは決着がつきました。こっちは一方的に攻撃され続けています。
受けた木剣がきしみダメッピが吹っ飛ばされました。空中で態勢を立て直して何とか転ばずにこらえます。
「こらー! 受け流しが甘いですよー!」
「クッ……!」
しかしダメッピはさらに追撃を受けてしまいます。オーガの棍棒を受けてまた吹っ飛びました。
様子がおかしいです……ダメッピではなくオーガの。先読みで偏差攻撃を仕掛けています。あれではまるでダメッピの縮地が見えているみたいです……?
そしてオーガが目を閉じて──見開いたときにはその瞳の色が変わっていました。
らんらんと輝く黄色の瞳は……魔眼の一種、【鬼眼】です!
うわ、あのオーガ、つがいが死んだ土壇場で魔眼を開眼しました。
「わああああっ!」
【鬼眼】に付随する【威嚇】の魔法に圧倒されたソフィーが反射的に魔法を乱射しました。【加熱】【乾燥】【酸化防止】、無数の魔法がオーガを中心に空間を飽和させました。
しかしオーガはそれらの魔法をことごとくかわすかレジストして耐えきりました。
「うう……」
ソフィーは魔力切れでその場に倒れました。顔色が真っ白です。ボクはソフィーに水を飲ませて、草の上にお布団を敷いて寝かせてあげました。
これはさすがに無理っぽいですね……。仕方ありません、ボクがやりましょう。
「来るな!」
しかしそのとき棍棒をかわしながらダメッピが叫びました。参戦しようとしていた栗毛がピタッと動きを止めます。
「オレにやらせてくれ! ここで逃げたら一生前に進めない気がするんだ!」
……本人がそのつもりなら仕方ありません。
「骨は拾ってあげますから安心して死んでくるがいいです」
オーガの猛攻が続きます。急速に技術を獲得しつつある棍棒の連打を、撒き散らされる流星剣を、限界の体力で、枯渇寸前の魔力で、ダメッピはかろうじてかわし続けています。いえ最小限の動作で紙一重の間合いで、動きが逆に研ぎ澄まされてゆくようです。
ダメッピが一瞬目を閉じて──敵を前に視線を切るとは何事ですか!しかし目を閉じたまま棍棒をかわしました。
そして再びその目を開くと、瞳にたゆたう緑の光は……
【龍眼】!
極限の状況下でついに進化を遂げました! こちらも魔眼を開眼です!
威圧、恐怖、硬直、気絶、混乱、ステータス低下──龍眼に付随する様々な状態異常魔法が奔流となって吹き荒れます。鬼眼と拮抗して威嚇その他の効果を打ち消します。いえ、むしろ圧倒しています。
気圧されたオーガがぎこちなく動き出しました。明らかに動きが鈍っています。振り下ろされた棍棒を斜めに弾きつつダメッピは股間に剣を突き入れました。
「ギヤアァッ!」
思わず前かがみになったオーガの喉にヴァンの剣が突き立ち──残念、首をひねってかわされています。しかしダメッピは直後オーガの脇をするりとすり抜けて一太刀入れています。
間合いを取ろうとしたのでしょう、オーガがいきなり後ろへダッシュしました。ダメッピはそれを一瞬で追い抜いて足を切り、跳ね返るように元の方へと戻って反対の足も切っています。魔眼の解放と同時にダメッピは気を完全に制御できるようになっています。宙を蹴って駆け抜け、切り抜けた直後に鋭角に方向を変えます。死角へ死角へと回りながらさっきまでの強敵を一方的に切り刻んでいます。
「グゥッ……」「ガッッ!」
刻み込まれた傷が癒える前に次の傷が重ねて叩きこまれます。オーガの再生能力が追い付かなくなってきました。
両腕を斬り飛ばし、足の腱を切って動きを奪い、そして真正面から突撃して──全速力を乗せた彗星剣で袈裟懸けに切り下げました!
ズバアッ!!
ずるり、とオーガの体は断面からずれて、上下別々に倒れ込みました。盛大に溢れ出した血が草に弾かれて大地を濡らしました。
再生が働きません。完全に死んでいます。
ダメッピは一人でオーガを倒しました。
着地したダメッピはたたらを踏んでよろけて膝をつきました。木剣を杖に何とか倒れることは免れたもののもう動けそうにありません。
「つっ……強ぇぇぇぇっ!」
「すげえええええ! やりやがったこいつ!!」
A君B君が大騒ぎしています。ボクも拍手でダメッピに近寄ります。
「お前たち、よくやりました。でも家に帰るまでが冒険ですよ! こんなとこで寝てたら他の魔物に襲われて死にます。さあ、帰りますよ」
「……すいません、無理です……」
「動いたら、死にそうだ……」
「……」
三人は身動きとれないみたいです。仕方ありませんね、ここをキャンプ地とします。ボクはオーガの死体をアイテムボックスに収納し、代わりにテントというかゲルみたいな天幕を出しました。
せっかくですからキャンプメシにしましょう。バーベキューセットを出してお肉を焼きます。パンも温めてスープも作りましょう。
「ほらお肉を食べるといいです、お肉を。今日の運動を筋肉に変えるためにタンパク質を補充するのです」
お肉の串を渡すとダメッピは死にそうな顔で飲み込みました。
「うへへへ」
「ゴチになりやす」
応援係の二人も愛想笑いを浮かべながらご相伴にあずかっています。
隊長は「重いものは食えない」などとわがままを言うのでそばの実をおかゆにして食わせてやりました。ボクって面倒見いいですねぇ。ソフィーは天幕でスヤスヤ眠っています。
「ゴブリンより頑丈でいいですね!」
栗毛は子オーガを実験台にしていろんな魔法を試してました。