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2.41 オーガ

 ピチパチピチパチピロピロリ──

 四月の空の高い所からヒバリの声が落ちてきます。

 春ですねぇ。


「オラァッ!」

「死んじゃえーっ!」

「ガアアッ!!」

 地上では咆哮と激突音のぶつかる泥臭い闘いが繰り広げられています。

 嫌ですねぇ。




 半月ほど前からリノス一帯の農家は不穏な噂にざわめいていました。どこからか流れて来た親子連れのオーガが農場を荒らしまわっていると言うのです。

「屋根より背の高い巨人が、羊を抱えて持ってったんだ!」

 目撃した農民も何人もいますし犠牲となった家畜も何匹もいます。


 オーガはゴブリン属とは言ってもゴブリンたちとはずいぶん前に分岐した種族で、見た目に明確な差があります。背が高くがっしりしていて、ゴブリンが無毛なのと比べて毛深いです。頭から背中にかけてたてがみのように毛が生えていて、胸毛もすね毛も濃ゆいです。さらに恵まれた体格に加えて強力な戦士の魔法を使います。身長3m、体重500kgの巨体が瞬間的には時速300kmの走力で襲い掛かってくるのです。F1マシンが突っ込んでくるのとたいして変わりません。おまけに強力な回復魔法が種族的に備わっていて、腕を切り落とされたくらいの怪我なら即座に治ってしまいます。オーガを倒すには再生が効かなくなるまで切り刻むか、首を刎ねるか、脳か心臓を破壊するかのどれかが必要です。隊長に言わせれば「普通なら騎士団が対応するような相手」らしいです。

 このように同じゴブリン属とは言っても戦闘力は隔絶したものがあり、ゴブリンキングなどとは比較にならないほど危険です。ドラゴンのように飛んで行ってしまうということもありません。人間の世界では災害に準じた扱いを受けているそうで、イーデーズ市は対策本部を設置、冒険者ギルドへ向けて討伐依頼を出しました。これを受けてギルドも通常の業務を一部停止、索敵と戦闘に優れたメンバーを選抜して特別チームを編成しました。

 ボクは当然としておまけで隊長も選ばれましたのでギルマスの許可を得て黒山羊隊はパーティーで参加することとなりました。他三名の戦闘力が未知数だったため渋られましたけどゴリ押ししました。


 オーガは今までのところハテノに近い辺りを彷徨しているようです。索敵班を先行させてオーガの居所を探っています。イーデーズにはオーガと単独で戦える冒険者がボクの他に二人いるそうで、この三人を中心としたみっつのチームをハテノ付近に派遣して、見つけ次第対処することになっています。

 ボクたち黒山羊隊は一昨日襲われたばかりの農場に派遣されています。ボクがあの町最強なので一番危険なところを割り当てられたのです。


 というわけでボクは今、ちょうど一年前と同じように牧草を踏み分けて歩いています。足を踏み出すごとに立ち昇る草の匂い、土の匂い、早くも飛び出した羽虫の群れ……。空気もなんだかぼんやりして遠くの山も霞んでいます。

 春ですねぇ。

 こんなのどかな雰囲気の中に本当にオーガなんているのでしょうか?


 ……なんて思ってたら森の方から冒険者が二人駆けて来ました。あ、あれは以前一緒に冒険した……えーっと……A君B君コンビです。名前忘れました。

「いた! いた!」

「ヤベェよヤベェよ!」

 戦闘力は今一つの二人が必死の形相で逃げてきます。


「来た! リンス来た!」

「これで勝つる!」

「やあやあ、お久しぶりです。見つけましたか?」

 ボクを見つけてほっとした二人は呼吸を整えると森を指さして「森の中にいた!」と言いました。

「親子で三匹だ! もう出てくるぞ!」

「厩舎の方に向かってる!」


 なんて言ってるうちにそのオーガたちがのそっと姿を現しました。おー、でっかいですねぇ。毛皮を身にまとっただけの野蛮人たちはどうやら夫婦連れと子供の三匹です。なぜってオーガはゴブリンのように幼形成熟することはないのです。なので目の前にいる小さな(と言っても人間の大人くらいの体格はありますけど)オーガは見た目通りの子供でしょう。体毛も薄いですし。ガサガサと草をかき分けて森から出て来たオーガたちは柵を一またぎに乗り越えました。


 周りに適当な木がなかったのでボクは草地の真ん中に杭を立てました。先がL字になった絞首台みたいなやつです。

 そして縮地と瞬足で一気にオーガたちの前に躍り出ます。

「初めまして! ご機嫌いかがですか?」

 ギョッとした隙を逃しません。ボクはロープを魔法で操って子オーガをグルグル巻きにして超高速で引っ張って元の位置に戻り、杭の先から吊るしました。こいつには親を釣り出すためのエサになってもらいます。


「はいはい鬼さんこちら! ほらぷーすぷーす!」

「ギャアアアッ!!」

 ソフィーの槍を借りてグサグサ突き刺すと子オーガは悲鳴を上げ、親オーガたちは一声吠えると怒りに燃えた形相でこちらめがけてダッシュしてきます!


「さあポケモンたち、戦うがいいです!」

「おう!」

「ポケモンって何だ?」

 ダメッピと隊長がそれぞれオーガを迎え撃ちました。戦闘開始です。


 今日はこの数か月の修行の成果を見るために四人だけで戦ってもらうことにしていました。隊長と栗毛、ダメッピとソフィーが組んで、ふたりずつでつがいのそれぞれに立ち向かいます。

「お前たちが負けるようならボクが代わりにやってあげますから安心して負けていいですよー」

 声を掛けると横からA君B君が「俺たちに何かできることはあるか!?」というのでボクは二人にポンポンを渡しました。

「では応援しましょう。せーのっ、フレー! フレー! 黒山羊隊!」

「「頑張れ頑張れ黒山羊隊!!」」

 横に並んでそろった動きでチアダンスです。四人に届け、ボクたちの思い!

「やる気そがれるなぁ……」

 何故かソフィーには不評でしたけど。


 隊長たちが受け持ったのは体の大きなオスの方です。その巨体が踏み込むごとに芝がめくれて跳ね上がります。オーガは時速300kmで接近しながら棍棒を大きく振りかぶって──全身の力で叩きつけました!

「ゴアアアアアッ!!」

「フンッ!」

 そして隊長は棍棒をよけずに左腕の盾で受け止めました──即座に【波濤】で気に変換──右手の剣から流星剣!

「ギエエエッ!」

 ズバッ! 毛皮を切り裂いてお腹に深く傷が刻み込まれます。まあ即治っちゃうのですけど。さらに棍棒と波濤と流星剣の応酬が繰り返される中栗毛の【痛覚鋭敏】の魔法が飛んで3、2、1、隊長が横っ飛びに避けたところへ栗毛が波動剣を撃ちました。

「死んじゃえーっ!」

 よけようとしたオーガの上げた足が前にすくわれます。隊長の気の操作です。

「────ッ!」

 オーガが光に飲み込まれました。

 やがて光が薄れるとオーガは膝と手をついていました。かろうじて耐えはしたものの大ダメージの様子です。まあ栗毛の魔法が効いてましたし実際のダメージ以上に痛かったのでしょう。間髪入れず隊長が果敢に攻めます。


 時速数百kmで動き続けるオーガを相手にとって不足なし、二人は戦況を有利に進めています。文字通りの見上げる巨体を相手に隊長の防御は危なげなく、さらに栗毛のデバフやらドレインやらが少しずつ少しずつ毒のように回ってオーガの力を削いでいます。不安要素は隊長の魔力量くらいなものです。まあこちらは時間の問題でしょう。


 問題なのはもう一方です、つがいのメスの方です。

 隊長たちの受け持ったオスに比べて体も小さく力も弱そうなのですが……。


 ダメッピの剣術は基本的にカウンターで構成されています。相手の攻撃をかわしつつ斬るやり方です。

「ホアアッ!」

「チィッ!」

 オーガの攻撃を紙一重でかわしたダメッピが一歩を踏み込もうとして、その足にかぶせるようにノーモーション流星剣を叩きつけられます。ダメッピは攻撃を打ち込めないまま回避しました。

 全然カウンターに持ち込めないのです。動きに隙がありません。


 その上全部見えているようなのです。ダメッピの動きだけではなく──あ、今ソフィーの撃った魔法が発動する前に残像だけ残して回避しました。あいつ魔覚が鋭いです。


 逆にすべきでした、こちらの方がかなり強いです。空歩と縮地のおかげで機動力だけはダメッピが上回っていますけどそのほかは筋力でも気でも直観力でも負けています。ダメッピは一方的に攻撃され続けていて、何とか直撃を避けて立ち回っているもののダメッピの反撃もまたかすりもしません。ダメッピとオーガの集中力体力はどちらが先に切れるか……。

 こっちはちょっとヤバイかもしれません。

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