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2.35 記憶の味

「あのね、私のお母さんはね──」

 その夜ベッドで抱き着いて、ソフィーは顔を伏せて言いました。


 ソフィーの母親は料理の神の祝福を受けていたそうです。そしてその料理の腕で父親の胃袋をつかんで結婚したのだそうです。しかしその父親というのは娘の目から見ても大変浮気性な男で、結婚していてもあちこちに別の恋人がいたそうなのです。そして母親が年と共に容姿が衰えてくると父親の足は次第に家庭から遠のいていたそうです。

 そしてある日ソフィーは天井の梁からぶら下がっている母親を発見してしまいました。

 その後父親はすぐ再婚、ショックで家出して冒険者になったのだと、そう語りました。


 あの、この全体的に緩めの話で突然哀しき過去をお出しされても困るのですけど……。


 そういうところだけは栗毛を見習うといいです。あいつはお気楽極楽太平楽、人生に何の憂いも悩みもありません。良いことは全部自分のおかげ悪いことは全部他人のせい、という他責マインドの方が人生楽チンにすごせるのです。


 ……などと言ってもこの場合問題の解決にならないことは明らかです。傷ついた女性の心を慰めるにはどうしたらいいのでしょうか……? 前世の記憶にも現世の経験にも解決法は見当たりません。どうリアクションをとったものやらさっぱりわかりませんでしたのでボクは黙って抱き寄せてごまかしました。

「お母さん……」

 ソフィーはボクの胸に顔をうずめてすすり泣いていました。

 本当にどうすればいいのでしょうね……?




 お正月(?)が明けて日常が戻ってきました。

 他の三人は変わらず特訓、ソフィーは昼から森の妖精亭の厨房にいます。

 三人に自主練をさせておいて、ボクはその厨房に顔を出しました。


「あれ、どうしたの?」

 下手な包丁で魚をさばいていたソフィーがボクに気づいて振り向きました。

「お前の手料理を食べに来ました」

「えっ」


 どうすればというかもうどうにかさせることにしました。どうやら母親のことがトラウマになっているせいで魔法も弱ければ料理もできない状態になっているのではないかと思うのです。ここはひとつショック療法というか、その感情を他に向けさせて改善を図りましょう。愛情とかなんとかに。何かこっ恥ずかしい奇跡が起こることを期待して。


「お前の手料理が食べたいのです。ボクのために料理を作るのです」

「で、でも、私……」

「お前はやればできる子です」

「う……」

 ソフィーはぎこちなくカブを手に取りました。包丁を握る手が震えています。ボクはその包丁を取り上げてまな板の隣に置きました。

「魔法でやるのです。ほら、葉っぱは切り落としてざく切りにして、皮は繊維の部分がなくなるように厚くむいて……。全部魔法でやるのですよ」

「……!」

 ソフィーはやっぱり震えながら魔法を使いました。まな板の上のカブがコトコト震えます。ビシッ! 力加減を間違えてカブは砕け散りました。


「や、やっぱり無理よ、私……」

「大丈夫です、愛があればできます。ボクのことを想って、気持ちを込めて作るのです」

 怖気づいたソフィーを後ろからそっと抱きしめてうながすと別のカブをボウルの中に入れました。今度は慎重に、ゆっくりと力を籠めます……。カブが細かく振動します……。

 次の瞬間、カブの葉っぱが切り落とされ、皮がらせん状にほどけてめくれ、中身がくし形に切れて崩れ落ちました。

 あれ、何か思ってたのと違います……?


 ふーっ……。ソフィーは汗をかいて大きく息を吐きました。


「えー、玉ねぎはみじん切りにして、ドライトマトは水で戻してさいの目に切って、ニンジンは乱切りにして……。ええ、その調子です」

 最初はなかなかうまくいかなかったのです。野菜を魔法で切ろうとしても切り損ねて転げたり、思ったのと違う方向に切れたり。でも、玉ネギの皮がうまく剥がれた辺りから野菜がまな板の上で勝手に皮がむけて勝手に切れて、ひとりでに並べられてゆくようになりました。


「鍋の中に野菜を入れて、ひたひたになるまでブイヨンを加えて全体をゆっくりと加熱するのです。火が通ったらざく切りにしたカブの葉を入れて、ブイヨンと同量の羊の乳を加えて……」

【加熱】の魔法で鍋がゆっくりと温められます。さらにソフィーはバターで炒めた玉ねぎのみじん切りと合わせた小麦粉のルウを作ってスープにとろみをつけました。

 塩を振って寝かせてあったニジマスの切り身の皮目に焼き色をつけて、エビは湯通ししてアク取り。一緒に鍋に入れて軽くひと煮立ちさせて塩で味を調えます。


 途中からはボクの指示がなくても一人で料理を進めてました。

 これは覚醒しましたか……?

 ボクは食堂に戻って待つことにしました。


「……どうぞ」

 コト、と湯気を立てる器がテーブルに置かれました。いつかのスープの完全版です。

 それでは試食してみましょう。

「……うん、ボクが作ったのよりおいしいですね」

「思い出した……お母さんの料理……」


 ソフィーが縋りついて泣き出したのでボクは抱きしめて頭をなでてあげました。どうでもいいですけど今のボクって一昔前のラノベの主人公みたいじゃないですか?

「よくやりましたね」

「わ、私……」

「なんだかわからないけど良かったねぇ」

「おめでとう」

「おめでとう」

 パチパチパチ……。従業員たちが拍手しました。


 それからソフィーは夜まで調子よく料理を作ってました。トラウマをすっかり克服したようで、魔法によってあらゆる料理が最高効率で最高の味で出来上がっていきます。おかげでお客さんも厨房の面々も大満足でした。




 部屋に戻ったらいきなりキスされました。ソフィーからされたのは初めてです。

「好き」

 ソフィーは熱のこもった瞳で見つめてきました。

「あなたのことが好きなの。ねえ、私のこと、どう思ってる?」

「えーえーボクも好きですよ」

 そう言うとソフィーはぎゅっと抱き着いてきました。

「えへへ……。ずっと一緒にいてくれる?」

「はいはい、傍にいてあげますよ」

 人間なんて長生きしたって70年程度でしょうし。ボクの寿命と比べたら一瞬です。




 まあそれはいいのですけど、ソフィーはそれからどこへ行くにも引っ付いてくるようになりました。ずっと一緒にって、物理的な意味ですか……。

 うーん、こういう重さが今まで捨てられてきた原因だったのではないでしょうか?

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