2.33 カレン暦
この大陸の人間たちはカレン暦というカレン王朝が定めた暦を使っています。これは一週間を七日、ひと月を四週間、一年を十三か月と一日とするシステマティックなもので、十三か月に入らない余りの一日は冬至の日です。この日は人間にとって一年で一番重要な祭日となっています。また四年に一度閏年を設けて冬至が余りの日となるように調節しています。ちなみに人間の言葉で暦はdarですので、カレン暦はカレンダーと発音します。
エルフを除く人類種の最初の暦はコビットが発明したと考えられています。コビットは最初期に農業を始めた人種であり農業上の必要から暦を定めました。コビットにとって暦は農作業と直結する非常に重要なもので、暦法家は彼らのコミュニティにおいて特別な地位を占めています。彼らはコビット語でノームと呼ばれます。『知恵ある者』の意味です。
コビットの暦は農業暦ですので、必然的に太陽暦です。太陽暦は季節と密接に関係していて、作物ごとの種まきの日や収穫の日を暦と関連付けることが容易だからです。コビット暦では一年を365.25日としています。前世のユリウス暦と同じですね。ただし元日は冬至の日となっていて前世とは九日程度のずれがあります。ドワーフは独自の暦を発展させずコビット暦を使っています。
一方でコビットの暦を受け入れる前の人類は太陽の軌道の変化よりもわかりやすい月の満ち欠けを基準に日数を図っていたようです。太陰暦ですね。確実な記録がないのではっきりしたことは言えないのですけど、人間たちの祖先の暦はひと月が三十日からなる大の月と二十九日からなる小の月から成っていたようです。つまり二か月に一回月初が満月になるという運用をしていたらしいのです。満月から満月までは約29.5日だからです。
三千年前の人類はコビットたちから先進的な農法を学び、同時に暦も取り入れました。一日を十二分する時法もコビットたちから受け継いだものです。コビットは12進法を採用しているからです。その後の人類は長い間太陰太陽暦を使っていたようです。一年が十二か月になったり十三か月になったりする江戸時代の暦みたいなやつです。一応メトン周期は知っていたみたいですね。
さてこの星の公転周期は前世の地球と同じく概ね365.2422日です。ですのでコビット暦は実際の日付とは一万年で約七十八日ずれるわけです。コビットたちは観測により時々暦を修正していたようですが、人間たちは千五百年前の修正を最後に暦をそのまま使い続けました。カレン帝国が大陸を制覇した三百年前、暦の上の一月一日と実際の冬至とは九日強のズレがあったのです。
多分カレンがイライラしたのでしょう。ズレを修正した上でこの何とも無機質な暦をでっちあげて押し付けたというわけです。ちなみにカレン暦では四の倍数年は閏年となりますが百の倍数年は閏年ではなく、しかし四百の倍数年は閏年であり、三千二百の倍数年は閏年でなく、一万年目にリセットしてまた最初からこのやり方を繰り返す、という運用をします。一万年後を勘定に入れている辺りがいかにも寿命を持たないエルフらしいですね。
ちなみにエルフの祖先、数十万年前の遠い祖先は魔法によって森の果実やナッツやキノコ、山菜などを栽培していたようです。そのせいかボクたちはいまだにフルーツが大好きです。オーマの森では温室的な魔法操作で世界中の果物が育てられていて一年中食べることができます。このように農業のあり方が違ったためか暦も違います。エルフの暦では一年を春分から始まる前期と秋分から始まる後期とに分けています。