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2.31 シャガールみたいな青い夜

「今日はありがとうございました!」

 夕方、ようやく後片付けが終わって、栗毛は調理に回ってくれたみんなに頭を下げました。そのみんなもどういたしましてと手を振って三々五々解散です。

「リンスさんもありがとうございました」

「ボクはたいしたことはしてませんけどね」

「あのそばのタリラリラとかいうのおいしかったですよ! 今度私にも教えてください! 私、今燃えてるんです! 仕事も恋も頑張るぞっ」

 栗毛は胸の前で両手をグッと握りしめました。

「私のカレって自分のことは何もできなくて……。晩ごはん作ってあげないといけないのでこれで帰りますね。お疲れ様でしたー」

 順調にダメ男にハマってるようですね。




 今日はにわかに森の妖精亭がお休みになっちゃいましたので従業員のみんなで夕食です。レストランに作り置きの料理と持ち帰った串を広げてお酒を飲んでます。バーベキューも参加者全員満足のうちに終わり、「今日はよかったねー」なんて楽しい打ち上げになるはずだったのですが……。


「うっ……ううっ……うっ、うっ……」

 しんきくさいすすり泣きのせいで何とも言えない気まずい雰囲気になっています。


 お酒を片手にテーブルに突っ伏してむせび泣いているのは赤毛です。酒に酔って涙に溺れています。幸せそうな栗毛の姿にもはや嫉妬することすらできないレベルで打ちのめされているのです。

「あ、あのとっぽいおぼこに男ができて、何で私は独りぼっち……」

 おぼこって……久しぶりに聞きましたよそんな言葉。ドワーフですか。

「私だってぇ! 本当は素敵な恋人が欲しい! 明日生きていられるかもわからない商売で心も体もすり減らす毎日……きっとサブマスみたいにこのまま一人でババアになって、ひとりぼっちで死んじゃうんだ……。寂しい……心が寒い……」

 うぉぉぉぉぉ……。吠えるような泣き声が響きました。お客のいないレストランが凍えるように寒々しいです。こらマリー、いたたまれない顔でそっぽ向くのではありません。幸福の陪観強要は魂の殺人ですね……。




 だいたいこいつは本当に男の趣味が悪いのです。こいつが幸福から縁遠いのはそのせいです。

 あれはまだ森の妖精亭ができる前のことでした。いつものメンバーで飲みに行ったらそこにこいつの元カレとやらがいたのです。この世界の人間としてはかなり細長い感じのヒョロガリでした。

 いやなかなかのろくでなしでしたね。赤毛を目にするとそいつの仲間たちに赤毛の肉体的特徴とかセックスの様子とかをベラベラベラベラしゃべり出しました。

「いや脱がせてみたらガリガリでさあ! 俺の十三歳の弟と変わんねえ。あれじゃ勃つモンも立たねえからよ、仕方ねえから──」

 男は仲間たちに面白おかしくプレイの内容を、前世ではまあ普通ですがこの世界ではまず娼婦しかしないような行為をさせた話をしました。赤毛は耳を塞いできゅっと縮こまってしまいました。

 まったく、うるさいですね……。ボクは【緘黙】の魔法で男を黙らせました。突然声が出なくなった男がうろたえて立ち上がるのをその仲間たちがあっけに取られて見ていました。

 突然ポケットの中から魔法の波動がありました。

「うわ、何ですか?」

 引っ張り出してみるとギルドカードが魔法的な震えを発しています。単に震えているばかりではなく、見たら裏側が黄色に変わっています。……えー? これだけでも一般人への攻撃とみなされるのですか!? 仕方ないのでミュートを解除するとカードはすーっと緑に戻りました。

「な、なんだ今の」

 ようやく声が出るようになった男が喉をさすると周りの男たちがギャハハハと笑いました。

 個人への魔法が攻撃とみなされるのならこれはどうでしょうか? ボクは酒場全体に振動を吸収する魔法の仮想気体を散布しました。一瞬で酒場から音が消え、客も店員も一斉に騒ぎ始めました。まあ音は一切出ないのですけど。

 あ、これは大丈夫なのですね。カードには何の変化もありません。ボクは赤毛の腕をつかんで外に出ました。

「お前本っ当に男を見る目がないのですね」

「……」

 赤毛はずっとうつむいてました。

 こいつは自己肯定感が低くて見た目かっこいい男にすぐ引っかかるのです。あれをカッコいいと言えるのかどうかは疑問でしたけど。あんなのでいいのならもっとまともなのがいると思いますけどね。




「あ、それじゃ今日はこれで」

「お疲れ様でしたー」

 みんなそそくさと帰ってしまいました……。いつもなら宿泊者がいるのでミラか金髪か雇われた冒険者が宿直で詰めているのですけど、今日はボクたちだけですからね。扉の外から施錠の音がしたのを最後に人の気配はすっかりなくなってしまいました。


 それにしてもそこまで泣くほどのことですか? ボクたちエルフは承認欲求を全然他人に依存してません、ボクたちこそが完全な存在であると確信しています。ですからそこまで他人に依存する気持ちが理解できないのです。え? 前世は人間だったじゃないですかって? 怒らないでくださいね、生まれ変わって17年も経つのにまだ前世に引きずられてたらバカみたいじゃないですか。ボクはもう身も心も完全にエルフであって人間らしい感覚なんてとうの昔に忘れました。

 気持ちはさっぱりわからないのですけど、こうも寂しがるのは人間の本能的なものなのでしょうかねぇ?

 やれやれです。面倒見てやるって言いましたからには、面倒見てやることにしましょう。


 ボクは泣きじゃくる赤毛を引っ張って部屋に戻りました。髪をほどいて上着を脱がせてベッドに投げ飛ばして同じベッドに上がります。せっかくですからお酒は抜いておいてあげましょう。【脱アルコール】と【覚醒】の魔法を赤毛に掛けてあげました。

「ふぇっ!?」

 いきなりシラフに戻った赤毛はビックリして辺りを見回してます。ボクは四つん這いで赤毛に覆いかぶさって正面から向き合いました。長い髪が垂れて、ベッドの上に花のように広がった真っ赤な髪と混じりあいます。


「な、なに……?」

「そんなに男が欲しかったら紹介してあげましょうか」

「誰よ! 私みたいなチビで胸なくて財産もなくて面倒くさい女でもいいって言ってくれる人なんているわけないじゃない!」

「いますよ」

「どこに!?」

「目の前にいるじゃないですか」

 見つめると赤毛は目をそらしました。

「……冗談はやめてよ。笑えないし」

 声が怒りに震えています。

「冗談のつもりはないですけど」

「冗談じゃないならもっとたちが悪いわ。あなた女じゃない! 私そんな趣味ないし!」

「男だったら?」

「……え?」

 腕を押さえました。反射的に抵抗してきますけどビクともしません。非力です。

「男だと言ったらどうします?」

「……そんなわけない」

「それでも男なら?」

「……えーっと、その……。……か、考えてみる……」

 言質は取りました。


「それではボクが男か女か確かめてみましょうか」






 朝です。窓の外でスズメがチュンチュン鳴いてます。ベッドの上では赤毛が頭を抱えてうーうー唸ってます。

「うう、すっごく混乱する……。……ねえ、何で女装してるの?」

「女装? 着たい服を着てるだけです。ボクは自分が女だなんて一度も言ったことはありません。人間たちが勝手に勘違いしてるだけです」

「うー……」


 赤毛を立たせて洗い場へ引っ張ってゆきます。魔法でお湯を出してジャブジャブ洗ってあげると突然そのことに思い至ったのか赤毛はモジモジ体をくねらせました。

「わ、私、今まであなたの前で体洗ってたんだけど……」

「目のやり場に困りましたね」

「は、恥ずかしい……」

「いまさらでしょう」


 では確認しておきましょう。ボクは赤毛と正面から向き合って尋ねました。

「さて、ボクが男だと理解してもらえたところで、どうします?」


「え? う……」


「えーっと、その……」


「よ、よろしくお願いします……」


 ソフィーは髪と同じくらいに顔を真っ赤にしたのでした。

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