1.13 的当て遊び
さてボクたちはチューターの後ろにくっついてギルドの裏手に移動しました。二人の鎧はなかなか動きやすそうで、歩いていても金属鎧みたいにガシャガシャ音はしません。言う通り若干防御力に不安がありそうですけど。
「防御魔法は使えないのですか? 【鋼身】とか」
尋ねるとチューターは肩をすくめました。
「使えるけど、盾で防げるならその方が楽だからな」
「いざという時のために魔力は温存しないとね」
「どうせなら流星剣に回したいしな」
「魔力切れを心配しないといけないなんて人間は不便ですね」
「エルフは魔力が多くていいよな」
裏側は広場になっていて、真ん中には試合を観戦した闘技場があります。闘技場の向こう、北側には何だか土の柱が何本も立っているスペースがあります。そのまた向こうは湖で対岸が見えています。この辺りはもう湖の幅が狭くなってきているところです。対岸までは3kmといったところでしょうか。あと湖に突き出した岬の先に小さな墓地があります。
チューターは土の柱まで20mのところで足を止めました。
「ここはギルドが訓練場にしているところだ。あの土柱は壊してもいいやつだから、お前たちちょっと撃ってみろ」
チューターに促されて「では」と金髪が剣を抜きました。実体として存在しない以上気の制御はどうしてもイメージ的になってしまうので、たいていの場合は何らかの動作をスイッチにして発射します。『素手や剣に気をまとわりつかせて素振りで投げ飛ばす』のが一般的です。
金髪は剣を右肩の後ろに担ぐように振りかぶりました。静かな呼吸の中、精神統一に従って刀身が光を放ち始めました。気で加速された大気分子が励起状態になって、衝突のたびにエネルギーが解放されて発光するのです。
「フッ!」
短い気合と共に袈裟懸けに斬り下ろされた剣から溜め込んだ気が放出されました。大気中に短い光の尾を引きつつ飛んだ気は高速で土の柱に命中し、ズザッ! と鋭い音を立てて深く切り込みました。斜めに切断された土の柱がズルリと崩れ落ちて土くれへと姿を変えました。
チューターの二人が「おー」と感嘆の声を上げながら拍手しました。流星剣は気の量と同じくらい制御能力が重要です。気の収束が甘ければ的に当たる前にバラけてしまってダメージにならないでしょう。危なげない流星剣でした。
「やるじゃん!」
「手慣れたもんだな。期待してるぜ」
「それは光栄の至り」
そう言って金髪が丁寧な礼で返すとチューターは心外そうな顔をしました。からかいにからかいで返されたと思ったみたいです。
「……いや、別に皮肉で言ってるわけじゃないぞ? 強い奴が来てくれるのは本当に助かるんだ。ここは万年人手不足だからな」
そう言えばギルドの受付のおっさんもサブマスターもそんなこと言ってましたね。
「何でそんなに人手不足なのですか?」
「そりゃここはキツイからだよ。そこの森の中には」
とチューターは湖の向こうの森の奥目がけて指さしました。
「オオカミやらトラやらクマやらゴブリンやらオークやらトロルやらドラゴンやら、危険なヤツがいくらでもいるからな。何だかよくわからん化け物もいるし。頭が鷲のライオンとか、ウネウネした奴とか」
それはシリルというエルフのペットですね。遺伝子操作で生み出したやつです。
「ここにいるとほとんど毎日何かしらの相手と闘うハメになる。死傷率は他所とは段違いだ」
「国境警備で雇われてダラダラ監視してたり王都で興行試合やってたりする方がずっと楽に稼げるもんね」
「だよなぁ。まあそんなわけでしがらみのない奴はみんな出て行っちまうんだよ」
チューターが言うことにはこのイーデーズが属するリノス地方はこの国のどん詰まりのようなところで、国の一番外縁部にあるのにどこの国とも国境を接していません。北隣にあるのは魔境オーマ、東側にそびえ立つのは竜の棲み処バーデン山脈、西側に半日歩くと岩塩を採掘している町があって、その向こうはどん詰まりの深い森だそうです。つまり人間世界は南側にしか開かれていません。ところがリノス地方は標高500m以上の台地の上で、その南側は長い長い斜面で隔てられています。陸の孤島です。
メインの街道から外れていてどの都市からも遠く、土地が痩せていて穀物の生産に適さず炭水化物と言えばほぼジャガイモ。あとは羊の生産がさかんなのだとか。一次産業の生産量が人口比で多いので食べていくのに困るわけではないようですが経済規模が大きいとはとても言えず、紡績以外にはこれといった産業もなく、旧所名跡があるわけでもなく、戦争がない代わりにしばしばモンスターの襲撃を受ける土地です。要するに特に行く理由のない場所だそうで、日本で言えば佐賀県のようなところです。いえ産業があるわけでもないですから、どちらかと言えば島根県ですかね。
今いるこの暫定佐賀市だか松江市だかはそのどちらよりもさらに規模が小さな人口五万人程度の街です。もっともこの世界だと人口五万人というのはそれなりの大きさの都市になるようですので、佐賀や松江よりは相対的に都市部かもしれませんけど。
「──というわけでここは親切にも実地研修があるわけだ。他所のギルド支部だと説明会の後いきなりクラン入りらしいぞ」
「アットホームな職場です!」
ここはスルーして他の町で冒険者になった方が良かったような気がしてきました。
「次はお前だ。やってみろ」
チューターのご指名をいただきましたので今度はボクの番です。せっかくですのでワザマエを見せつけてやりましょう。
気の制御はイメージによるものですので、実のところイメージできさえすれば剣を振ったりする必要はありません。ボクはコンマ秒以下の単位で目の前に鎌状あるいは三日月状の『入れ物』を想定、その内部にみっしり気を充填しました。
「ちっちーのちっ!」
気を射出します。時速500kmくらいですかね? 進行方向上の空気が気で加速されて微妙に断熱圧縮を起こしています。これでこそ流星です。流星と化して飛翔した気は土の柱を両断し、さらに土の中に浸透して派手に吹っ飛ばしました。
チューターが腕を組んだまま呆然としています。
「……今のはもしかして無刀斬か? 久しぶりに見た……」
「ねえ、それってどうやってるの?」
とチューターの女の方……ラーナが尋ねてきました。
「ボクは空中に気のカタマリを作って発射しているのですけど。こんなふうに」
言いながらボクは胸の前で両手を開いて間に球状の気の塊を作ってみせました。空気が光って光の玉になっています。
「フンフン。こうかな?」
ラーナがムームーと変な声を出して全身に余分な力を入れながら念じるとその目の前に気が塊となって膠着しました。ちょっと光は弱いですけどちゃんと球体になっています。
「上手いじゃないですか」
「ウヒヒ、かなりキツイ。……で、ここからどうやって飛ばしたらいいの?」
「どうって言われても……。ボクは普通に発射してますからね。うーん、そうですね……体を動かさないでイメージだけでそれをつかんで投げてみたらどうですか?」
「なるほど……ソォイ!」
肩の筋肉がピクッピクッと動いて、気の玉がクイッと持ち上がってから前に飛びました。山なりに飛んだ光る玉は土の柱に当たってパシャッと弾けました。
「おー」
パチパチパチパチ。土の柱はビクともしてませんけど初めてにしては上出来です。ラーナは両膝に手をついて体重を支えて、下を向いてゼーゼーと肩で息をしています。
「いやー、なかなかアンタみたいに行かないわ……」
「今後に期待ですね」
「ウッス、頑張りまっす!」
「ハハ……もうどっちが指導員だかわからないな」
チューターが呆れたように肩をすくめました。
さて、残るは栗毛ですが……なんだかモジモジしています。
「あのー、私って医者見習いなんですけど戦わないとダメですか? 戦いが終わった後で治療だけすればいいって言われたので冒険者になったんですけど……」
この世界の医者とは回復魔法を業として扱う者のことです。何しろこの世界の神様は道徳や倫理を何ら規定するものではありませんからね。ギルドの神だって人間に要望された規則を機械的に適応しているだけですし。一方で加護をもらった者しか魔法は使えず仮に祈りを捧げたところで何もしてくれません。ですので加護をもらっていない神様をわざわざ敬うこともありません。実在する神様が信仰の対象にならないのでこの世界には宗教というものがなく、従って神官職というものもなく、職業的に回復魔法を使う者はそのまま医者として扱われています。
「マジで!? やったー!」
ラーナがバンザイしました。
「これは『勝ち』だな!」
チューターも言いながらガッツポーズしています。
「何が勝ちなのですか?」
「回復魔法を使えて冒険者になるような奴は希少種なんだよ。どう考えたって町医者でもやってた方が楽に稼げるからな。そういう奴がクランに加入した時点で勝ちだ。マジで助かる。──うん、そういうことなら無理に戦わなくていい。というか安全に頼む」
「戦闘中は後ろで隠れてていいよ!」
「そうですか。安心しました」
「この子絶対うちでもらうわ」
「期待してるぜ!」
「すごいね、戦場の女神様だ」
「えへへ、そうですか? 照れちゃいます」
栗毛はチューターたちとあとついでに金髪からチヤホヤされてにやけています。
……回復魔法ならボクも使えるのですけどね。まあ他人にかけるのは苦手ですし人間相手に使うつもりはありませんけど。ええ、使ってあげませんとも!
ひとしきりおだてあげるとチューターは笑って言いました。
「まあ、飛び道具が使えるようなら一応やってみてくれ。使えなくても一向に構わないがな」
言われて栗毛は「えーと、私これしかできないんですけど……」と言いながら両手の平を腰だめに構えました。手の平の間にまばゆい光が灯ります。すごい量の気です。
「えーい!」
ちょっと気の抜けた気合いとともに突き出された手の平から光の柱が打ち出されました。流星剣の派生技の波動剣ですね。栗毛の身長を超える幅の光線は土の柱を飲み込んで消し飛ばしました。フライパン山も吹き飛ばせそうです。
「……こいつ俺より強くないか?」
顔を引きつらせてチューターが呟きました。
ところでボクって実は戦神の加護は今一つなので気を使う技はあまり得意じゃないのです(「気を使う」のは得意ですけどね!)。魔力の消費量は加護の強さに反比例します。ボクの場合いつぞやドラゴンを消し飛ばした光の剣と流星剣の魔力コストがだいたい同じくらいなのです。気で攻撃するなんてやってられませんよ。
「あのー、魔法を使ってもいいですか?」
「もちろんだ。というか魔法が使えるならその方がいいだろ」
「ではオーケーということで。光魔法【キラキラ】!」
太陽光が凝縮して、突き出した手の中で剣のような形を取りました。光の剣の簡易版です。例によって太陽神の分霊ですので切りつけたら通過したところが6000~1500万℃の範囲で加熱されます(温度はボクの任意です)。本気で振ったら一薙ぎでこの町が物理的に上下分離方式になっちゃいますし、周囲に被害を出さないよう肩の力を抜いて気楽にやりましょう。
「行きますよー、流れ星!」
シュパッ! 光の剣がデコピンの要領で弾き出されました。神速で走る光の剣の刀身をターゲットの土柱の前を通り過ぎる一瞬だけ伸ばします。20mと言わず3kmほど。湖の対岸にゴブリンが見えたので。何で突然魔法を使ったかと言うとついでにゴブリンをやっつけてやろうと思ったからなのでした。別に栗毛に対抗してやろうと思ったわけではありませんよ? 剣は土柱とゴブリンを首の高さで通過しました。
バチバチ……土柱の切断面に稲妻が走ったかと思うと次の瞬間ドーン! と爆発しました。土に含まれた水分が高熱で一部プラズマ化、残りが水蒸気爆発したのですね。湖の向こうでもゴブリンの頭がポンと打ち上げられました。
チューターがビビり散らしています。
「危ねえな!」
「ねえ、それ今滅茶苦茶長くなかった?」
「そんなに長くないですよ。気のせいじゃないですか?」
3kmくらいで驚いてもらっては困りますね。本気で伸ばしたらこんなものじゃありません。13kmです。
それからひとしきり魔法や気で遊んでいたらいつの間にやら日は傾いて辺りは夕暮れの色に染まっていました。
「この調子なら明日は森に入れそうだな。よし、今日はここまでにしよう。……本当ならお前たちの歓迎会で一杯おごってやりたいところだが、こいつがいるからな」
「なによぅ、私が何したって言うのさぁ」
冷たい声の嫌そうな顔で指さしたチューターにラーナが口をとんがらせて抗議すると、チューターは声どころか体中に冷たさをみなぎらせて言いました。
「こいつはどこまでも酒にだらしなくて、底なしに飲むが次の日は死んでる。今飲むと明日は出てこないわけだ」
「ヤダなあ、別にそんなこと……ウヘヘ」
薄ら笑いを浮かべたラーナをチューターは白い目で見ました。
「研修はまだ4日続くからな。その間は酒はなしだ。最終日に打ち上げするから許してくれ。今日は解散。明日の鐘二つにまたギルドに集合してくれ」




