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2.24 走れ、跳べ!

「それじゃ先生、さっそく稽古をつけてくれ! 何をしたらいい!?」

「では今から走ってハテノ町へ行くがいいです」

「何だって?」

「お前は今日から朝一番で走ってハテノへ行ってオルドの指導を受けるのです。その日は向こうで泊まって、次の朝イーデーズまで走って帰って来るのです。そうしたら今度はボクが魔法を教えてあげます。お前はこれから日替わりでオルドに剣術とボクに魔法を教わるのです」

「そんなこと勝手に決めていいのか?」

「オルドには昨日のうちに話は通してあります」

「いつの間に行ってきたんだよ」

「昨日ちょっとひとっ飛び行ってきました。いいですか、すべての運動の基本は走ることです。走って走ってダメダメな自分を一から作り直すのです。わかったら走るがいいでーす!」

「よしわかった! 行ってくる!」

 叫ぶなりダメッピは駆け出しました。後先考えない全力疾走です。

「あ、コラ! ただ漫然と走ってはいけませんよ! より速くより遠くまで効率よく走るにはどうしたらいいか、常に考えながら走るのです! 頭を使うことはすべての運動の根本です!」

「おーう!」

 ダメッピは全力ダッシュで行ってしまいました。わかってないみたいです。


「私たちは何をしたらいいですかぁ?」

「お前たちも走り込みです」

 栗毛に答えると二人は「「えー」」と不平を垂れました。

「私走るの嫌い!」

「私なんか面白そうだからって治療院を休業してきたんですよ! もっと楽しいこと教えてください!」

「うるさいですね……」

 これまでの仕事ぶりを見る限りこの二人は冒険者としての基礎がまるでできていません。まずは体力づくりと運動の感覚を鍛えるところからです。

「ちゃんと基本ができたら魔眼でも飛空術でも教えてあげますからまずは走るがいいです」

「本当ですね? 約束ですよ!」


 ──と、でもその前に。ボクは二人を連れて馬小屋へ向かいました。

「乳房はもっとしっかり締めといた方がいいです。クーパー靭帯ブチブチで将来垂れますよ」

 ボクは二人のサイズを測ってスポーツブラを作ってあげました。

「すごい、揺れない」

 栗毛が胸を振ってもブルンブルンしないで体の動きに添っています。ちゃんとサポートできてるみたいです。栗毛のムダにデカい乳を支えるのはなかなか技術が要りました。ボクは赤毛の肩に手を置きました。

「その点お前は締めやすくて良かったですね」

「息が苦しいんだけど」

「そのうち慣れます」

「あとあんたに言われたくないんだけど」

「ボクはいいのです」

 男ですし。


「何で私がこんなこと……」

「ほら、行きましょう!」

 ギルド前から出発して町の南側を回って西門にタッチして帰ってくるように言うと、ブーブー言う赤毛を押すようにして栗毛は走り出しました。


「で、俺には何をさせるつもりだ?」

「隊長はあいつらとは違う段階にいますから、一足先に空歩の練習をしましょう」

「そいつは楽しみだな。──いや実は俺も前からアレをやってみたかったんだよ。空を走るやつ。でも教えてくれる奴がいなくてな」

「魔法の説明って難しいですものね」

 魔法って感覚的すぎるのです。加護と才能頼りで、体系的な訓練法が確立されてるのって初歩的なものばかりなのですよね。それ以上のことはできる人はできるしできない人はできません。

 でもボクは違います。既にミラで実証済みです。魔法に巻き込んで体感すれば神と通じ合うことができる──かもしれないのです。


「で、どうやるんだ?」

「ボクが実際に空歩の足場を作りますので、隊長はそこに足を重ねて自分で魔力を流してください。戦士の神に自分にもこの魔法を授けてくれるように祈りながら」

「おう」


 ボクは踏み台に乗るようにして空歩で足場を作りました。足を下ろして……魔法の仕様上そのまま持続するのが難しいのですよね、これ……。ぐぬぬ……。

「さあ隊長、ここに乗ってみてください……」

「おう。……お、凄いな、これ。俺の体重を受け止めてビクともしないな。それどころか吸い付くようだ。地面より足場として確かだわ」

「では、戦士の神に祈りを込めて、自分の魔力で維持してください……。渡しますよ……」

「おう。──オワッ!」

 隊長が魔力を流すのを確認してボクからの魔力供給のチャンネルを閉ざすと同時に空歩の足場が消えました。

「す、すまん。もう一回頼む」

「できるようになるまで何回でもやってあげます」


 ……足を掛けて、下ろして、乗せてもらって、足がドスン。

 足を掛けて、下ろして、乗せてもらって、足場がパリン。

 20回くらい繰り返したでしょうか。隊長はなかなか空歩を会得することができません。

「なかなかうまくいきませんね……」

「何でお前の方が、上達してるんだ……」

 先にボクの方が慣れてきて自分の足を置かなくても足場を設定できるようになりました。隊長は慣れない魔法にくたびれてゼーゼー言ってます。ボクは空歩を30歩分ズラリと並べて自主練してもらうことにしました。


「では練習しててください。ちょっとダメッピを見てきます」

「おーう……」

 ボクは飛空術でふわりと舞い上がり、上空で縮地を使って一気に加速しました。ボクって戦士系の魔法はイマイチなのですけど縮地の方は距離を10分の1や100分の1に縮めるくらい気軽にできるのです。飛空術と縮地を組み合わせて飛んだら見かけの速度は音速の倍や10倍は普通に出ます。人間やゴブリン相手にこんなことすると本当に身も蓋もないので普段はやらないのですけど。


 ダメッピはまだいくらも進んでいませんでした。町の向こうですぐに追いつきましたので速度と高度を下げてダメッピの隣に並んで飛びます。

「先、生!」

 こちらに気づきました。ちょっと息が苦しそうですけどまだバテてないのは見直しました。思ったよりは体ができているようです。

「フォームが悪いですよ。いいですか、お前の体の中にはお前が今どのような姿勢になっているか、筋肉の伸びや力の入り具合や体の傾きを感知するセンサーがあります。どのように体を使ったらいいか、目で見るだけではなくて体全体で感じとるのです。ほら背筋を伸ばして前を向いて、肩の力を抜いて手は軽く握って」

「お、おう!」

 返事しながら姿勢を正します。

「もっと軽快に! 着地の時にズシンズシンと体重を掛けるのは余分な負担です。体を前に運ぶ動きを意識するのです。どういう風に体を使ったらより早く走れるか、体の隅々まで意識を配って指先まで制御して、常に考えるのです」

「おう!」

「そして体の力だけではなくて全身に戦士の神の魔法を巡らせるのです。はい【身体強化】! 【運動量増幅】! 【筋力上昇】! 【呼吸量増大】! 【放熱】! 【体力回復】! そして気で加速!」

「おーう!」

 一気にスピードが上がりました。ちょっと苦しそうなのは魔力がグングン減っているからでしょう。

「無理をしてはいけませんよ、疲れたら休むことです。慣れてきたら一歩一歩すべての蹴り出しに瞬足を重ねられるようになります。それと【遠視】や【補聴】の魔法で周囲を把握して交通安全に気を付けることです。人や馬車にぶつからないように!」

「ありがとな! 先生」

 ダメッピは走りながら叫ぶようにしゃべり出しました。

「なんですか急に」

「ここの冒険者たちは、不親切ってわけじゃ、ねぇんだが! 自分勝手に、強くなった、ような奴ら、ばかりで! 教えるのは、下手なんだ! こんな風に、教えて、もらったのは、初めてで……オレは、オレは、何て言うか──すごく、感激してる!」

 ほう、殊勝な奴です。気に入りました、うちにきてミラとファックしていいです。

「礼には及びませんが、もし感謝の気持ちがあるならその分強くなることです」

「ああ! よろしく、頼むぜ、先生!」

「ついてこられたら人類最強の剣士にしてあげますよ」

 そうささやいてボクはダメッピと反対方向に飛びました。


「こうか? ……いや、違うな……」

 ギルド前に飛んで帰ると隊長が悪戦苦闘してました。空中に残った空歩に足を掛けようとしてそのまま下ろし、足踏みしては首をひねっています。

「調子はどうですか?」

「一向にできる気がしないんだが」

「ではもう一度一緒に頑張りましょう。ハイハイあんよは上手!」

「赤子扱いはやめてくれ……」

 ボクは空中に留まったまま隊長を引っ張り上げて足の下に空歩を張ってあげました。はい足並みそろえてアン・ドゥ・トロワ。もひとつおまけにパ・ド・ドゥ。足を踏み出すそのたびごとに隊長は空歩を踏み外しました。

 落ちたり引っ張り上げたり落ちたり引っ張り上げたりを繰り返しているのを見て通りがかった他の冒険者たちが笑いました。

「どうしたグラッド、お遊戯か?」

「美人と踊れて羨ましいな!」

「うるせえよ!」


 ジタバタドタバタダンスしていたら赤毛と栗毛が帰ってきました。栗毛は汗だくですけど息も平常ですし足も動いています。体力があるだけではなく走りながら自分に回復魔法を使っているようです。

「はー……はー……」

 一方赤毛はバテバテで、下を向いてヨロヨロ歩いていたかと思ったらボクの目の前でバタリと倒れ伏しました。

「お前それでよく冒険者やれてますね……」

 毎日仕事で動き回ってるはずなのですけどね。

「フーッ! フーッッ!」

 地べたにひっくり返った赤毛は青白い顔で激しく呼吸しています。悪態を返す元気もないようです。やれやれです。

「回復魔法を使ってあげるといいです。呼吸補助と筋疲労回復のやつを」

「あっはい」

 栗毛を促すと思い出したように魔法をかけて、赤毛はようやく呼吸が収まりました。

「あ、あー……もうやぁ……」

 起き上がったものの立ち上がる元気もなく、座り込んだままの赤毛は泣き言を漏らしました。

「もうやめてよぉ……何で私がこんな目にぃ……」

「そんな言い方されるともっとやる気になるじゃないですか。さあもう一往復行きますよ!」

 両側から引っ張り上げて立たせて、今度はボクも一緒に走ってあげました。ボクと栗毛とで回復魔法をかけつつ、走り方を指導しながら。

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