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2.23 戦士の強化法

 ボクたちは早朝からギルドの裏手の訓練場にいました。今日は全員戦闘服姿で横一列に整列しています。態度はだらけきってますけど。

「おおお、楽しみだぜ! オレはやるぜ!」

 一人だけやる気満々のダメッピは興奮を隠し切れない様子です。興奮しすぎて縦揺れしてます。修学旅行の前日の小学生でしょうか。

「では始めましょうか」

「おう! 頼むぜ先生!」

 ダメッピは嬉ション間際のワンちゃんみたいに元気よく返事しました。


「最初に目標を設定します」

「魔王を倒すことじゃなかったのか?」

 こちらはやる気のなさそうな隊長が混ぜっ返しました。

「その目的を果たすために最低限これだけは身に着けておいて欲しいという目標です。お前たちには当面能力の底上げをしてもらいます。特に戦士の二人は戦士系の魔法を極めてもらいます──が。そのうち力がついてくると問題に直面します。たとえば【筋力増強】で増大した脚力、【運動力増幅】での速度アシスト、【瞬足】での瞬間的なダッシュ──といった魔法を使いこなせるようになって踏み込みの力が強くなりすぎると、肉体は耐えられても靴が耐えられなくなります。そこで頑丈な靴を用意すると、今度は踏みしめる大地の方が耐えられなくなります。走ろうとしても土が砕けてズブズブの泥の上を歩くような状態になります。そこで強固な岩盤の上で走ってみましょう。今度は摩擦力が耐えられなくなります。ツルツルの氷の上を走ろうとするようなものです。強大な力を身に着けても一定以上の速度は出せない、これが『戦士の第一速度限界問題』です」

 人間の間ではそう言うらしいです。ネットワークに解説がありました。

「そうだ。そのために大抵の戦士は高速度の魔法を回避できず、盾を使う剣術が発展したんだ」

「この問題の解決法は飛空術や強化法などいくつかあります。しかし飛空術は速くて移動するには便利ですけど、魔力コストが悪いのと移動に気を使ってしまっているために流星剣が格段に弱くなるという欠点があります。強化法というのは対象、この場合は地面を固くする魔法を利用するものです。魔力コストは良いのですがせいぜい水の上くらいまでしか走れません。ボクのオススメは障壁法です」


 そこでボクは四人に運動の法則と運動量保存則、そしてエネルギー保存則について講義しました。


「「「?」」」

 スーッ……。魂が3つ抜ける音がしました。


「要するに力というのは常に何らかの形で釣りあっているのです。卑近には押したら押しただけの力で押し返されているのです。実際にやってみましょう」

 ボクは隊長に盾を構えさせました。

「押しますよ」

 ゆっくりと力を込めて盾を押すと隊長は踏ん張って全身の力で押し返しました。

「な、何て馬鹿力だ」

「バカとは何ですかプリティと呼ぶがいいです。それはともかく隊長は今ボクが押した分を自分の力で押し返していますよね」

「当たり前だろ」

「ではこれを押してみるといいです」


 ボクは目の前に【光のヴェール】を展開しました。隊長はその光の膜を押します。ビクともしません。

「ボクには全然力が伝わっていません。この意味がわかりますか?」

 ボクはその場にゴロンと横になりました。隊長は顔を真っ赤にして全力で押しています。「うぉっ」とうとう足がズルッと滑ってしまいました。


 その時突然栗毛が頭のてっぺんから抜けるような大声で叫びました。

「……アハ! わっかりましたぁ! 本当なら押されたら自分の力で押し返さないといけないのに、魔法だと押し返す力を神様が受け持ってくれてるんですね!」

「その通りです」

「あーそっかそっか……うわー、魔法ってすごい! え、待ってくださいよ、ってことは足の下にそういう壁を作れば踏んでも壊れない足場ができるのでは?」

「それが障壁法です」


 ボクは実際に空中に足場を作ってその上を散歩して見せました。

「これは【空歩】という戦士の神の魔法、滑らず壊れない足場を作る魔法です。障壁にもいろいろありますけどオススメはこれです。これを身に着ければ第一速度限界を突破できます。それどころかご覧の通り空中だって走れるのです。お前たちにはこの空歩を使えるようになってもらいます」

「マルクがやってるやつだな!」

「マル……? 誰です、それ」

「ここのギルドの冒険者だよ。お前決闘したんだろ」


 ……あー、多分最初にやったやつのことですね。あいつマリオとかいう名前じゃありませんでしたっけ。

 それはともかくこの魔法って作用反作用の法則を知っていることが修得条件になってるのですよね。だからこいつらにも説明したのですけど。あいつあんな顔して結構インテリなのでしょうか。


「【空歩】を使えるようになることが目的か」

「いえ、それは経過地点にすぎません。さて運動力増幅や瞬足、そして空歩を使いこなせるようになるとお前たちは今の何倍もの速さで動き回ることができるようになります。しかし人間の肉体で出せる速度には限界があります。瞬間的に音速の4分の1程度を出すのがせいぜいです。これが第二速度限界問題です。人間にとっては事実上の速度限界ですね。でも人間以外にはその先があります──いわゆる加速法です。と言っても既に運動力増幅と瞬足を使っているためこれ以上単純加速を重ね掛けしても効果はありません。そこでお前たちには【縮地】という魔法を覚えてもらいます。これは距離の神マイルによる彼我の相対距離を操作する魔法です。たとえば自分と相手の間の距離を半分にして踏み込めば見た目の速度は倍になる、という理屈です」

 二人の人間がいるとしましょう。二人は10m離れて立っています。一人が時速36kmで走り出しました。秒速なら10mです。つまり普通なら相手のところに到着するまで1秒かかる計算ですが、縮地で距離を半分にしたら0.5秒しかかかりません。見た目の速度は2倍になっています。


「戦闘速度がこの領域になると人間の反射神経ではとても追いつきません。光や音の刺激が脊髄で反射し筋肉に指令が伝わる時間の限界は0.1秒です──」

 ……と言ってもこの世界の人間たちにはまだ秒という単位がないので伝わらないのですけど。


「えっとですね、つまりお前たちが相手を見て動き出したのを知るよりも早く相手はお前たちのところに着いちゃうのです。こんな風に」

 というわけでボクは実際に瞬足と縮地を用いた超高速で隊長とダメッピの間をすり抜けて後ろに回って肩を叩いてあげました。

「ね?」

「「ウオッ!」」

 二人はめちゃくちゃビックリして振り向きました。


「い、いつの間に!?」

「どうです? 見えましたか?」

「いや、いきなり消えたようにしか見えなかった……」

「これを相手に使われたら今のお前たちでは何もできません。また自分が使えたとしても周りが見えません。自分自身の動きに動体視力がついてこないのです」

「じゃあどうしたらいいんだ、先生!」

「そこでお前たちには各種感覚を魔法的に拡張してもらいます。同時に魔覚と神覚もつかんでもらいます」

「魔覚? 神覚? 何だそれは」

「魔覚は魔法を感じ取る感覚、神覚は神様を感じ取る感覚のことです。ついでに感覚の魔法的拡張とは視覚や聴覚などの肉体的感覚や魔覚を自分の体の外側まで広げて感じ取る感覚です」

「ゴブリンと戦う前に言ってたやつですね」

 栗毛が思い出しながら言いました。

「そうです。イメージとしてはそうですね……自分の輪郭がブワーッと膨らんで見えない巨人になったと考えてください。その見えない巨人の手で離れたところを触るのです。臭いをかぐのです。見て、聞いて、味わうのです。魔法を感じ取るのです。この拡大された感覚の及ぶ範囲の中で起きた現象は神経細胞の伝達速度を超えて瞬時に把握できます──相手が音速で動いても反応できます。自分が超音速で動いても対応できます。加速法の超高速戦闘領域へ適応できるのです。そしてセブンセンシズ──視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、魔覚、神覚の七つの感覚──が解放され個人の意思のもとに統合されたとき、象徴的に現れる魔法的現象が【魔眼】です。お前たち全員にこの魔眼を開眼してもらいます。これが魔王に挑む前に最低限達成すべき目標です」

「魔眼持ちなんて一国に数人もいないんだが……」

 隊長は懐疑的です。

「人間はそうなのですか? エルフは全員生まれつき【妖精眼】という魔眼を持っていますけど」

 ボクは自分の瑠璃色の瞳を指さしました。

「これには超感覚に加えて【遠視】【透視】【暗視】【未来視】その他のボーナスがついています」

「そんなの持ってる相手に勝てるわけないわな……」

「お前たちには全員身に着けてもらいますよ」

「ねえ、全員ってことは……もしかして私たちも?」

 他人事みたいな顔をして聞いていた赤毛がいきなり現実に引き戻されたような顔で聞いてきました。

「当たり前でしょう。だって魔王は魔眼を持っているかも知れませんし。魔眼持ち相手には魔眼を持っていないとなんにもできませんからね」

「先生、じゃあ逆にこっちだけその魔眼ってのを持ってたら相手は何もできねえのか?」

「魔眼を持っていない相手に対しては無敵になるでしょうね」


 そしてボクが「お前たちも【虎眼】くらいは開放してください」と言うと隊長は「虎眼なんて見たことないぞ……」とため息をつき栗毛は「面白そう!」とはしゃぎ、ダメッピは「おおおお燃えて来た!」と吠えました。その目が「オレはやるぜ! オレはやるぜ!」と叫んでいます。万が一こいつが魔眼を開くことがあるとしたらきっとハスキー眼とかでしょう。

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