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2.17 村の事情

「今もハテノの町にその名を留めておりますが、かつてこの地方は塩の地、ハティノスと呼ばれておりました。古語では塩はhattinでございます。520年ほど前にアリナ様の擁護を受けて興ったアリナ家は30年でハティノスをまとめアリナ王国を打ち立てました。そしてこの地方は王国の名前に合わせてアリノスと呼ばれるようになったのでございます。今では訛ってリノスと呼ばれておりますが。アリナ王国は最盛期には今のザーレンヴォーグやスズナーンを含む領地を得ておりました。ところがおよそ400年前、そのスズナーンにあった分家にクーデターを起こされ、だまし討ちを受けた本家は一夜にして滅んだのでございます。その折にアリナ様は国を脱出した遺児と家臣たちを哀れに思し召され、彼らをこの地にいざない匿われたのだと伝わっております」

「あーあー、だいたい事情がわかりました」


 ウチのババアも例の大帝国ゲームに参加していたと聞いたことがあります。あのゲームでは、たとえばカレンが自分の仕立てた王の家系にカレン王家を名乗らせたように、プレイヤーは目印として主要なキャラクターに自分の名前をつけるルールとなっていました。ここリノス地方はババアのテリトリーだったのでしょう。

 で、ババアとしては自分の持ち駒たちがそれなりにお気に入りだったのでしょうね。そこで国が滅んだときにこの人跡及ばぬ山奥に平家の落人村みたいな隠れ里を作って生き残った残党たちを住まわせた、その末裔たちがこいつら、と。多分そういうことなのでしょう。ババアが魔法で作ったのならこのちょっと不自然な地形もうなずけます。

 あまり興味がなかったのでスルーしていたのですけど、今度大帝国ゲームWikiをちゃんと読んでみましょうかね。でも300年間に興亡した各国の詳細な情報が逐一網羅されててメチャ長いのですよね、あれ。


「アリナとは今も関係があるのですか?」

「たまにお見えになりますよ。それとカルス様もしばしばお越しです」

「へー」

 カルスってエルフとしてはかなり人間に友好的ですものね。母親の方は人間嫌いの急先鋒ですのに。


「エルフと関係のある村だったか。道理で美しいわけだ。──それはともかく、仕事の話に移りたいのだが」

 横から隊長が口を挟んできました。そうでした、ゴブリンの調査に来たのでした。

「おお、そうでしたそうでした。いや実はここ数年ゴブリンがやけに増えましてな。どうも森の奥の方にオークの巨大な群れがあるようで、ゴブリンたちは周辺に追いやられているようなのです。私どもも確認まではしていないのですが。で、その追い出されたゴブリンたちが二つか三つ向こうの山のどこかに大きな群れを作ってしまったようでして、近頃はとうとうこの辺りまで活動の範囲を広げてきたのです。連中も冬を前に活発になっておりまして。先日もヤギを盗もうとした不届き者を立ててやったのですが」

「立てる、とは?」

 イマイチ意味がわからなかったようで隊長が聞き返しました。

「ああ、町の方だとやらないんですか? ゴブリンを杭で股間から脳天まで串刺しにして村境に立てておくんですよ。こうするとゴブリン共は恐れて近寄らなくなるのです。ゴブリン用のカカシですな」

「そ、そうか」

 うーん、これにはトルコ人もびっくりです。隊長も軽く引いてます。


「まあゴブリンの駆除くらい普段なら自分たちでやるのですが、何しろ冬支度で忙しい時分でしてな。それに筆の需要が急に増えまして」

「筆……とは?」

「いやヤギの毛で筆を作ってるんですがね。農閑期の小づかい稼ぎで細々やっとったのですが、突然大口の注文が入って女たちがかかりきりになっておりまして。あっちもこっちもとにかく手が足りんのですわ。どこに巣があるのかもわかりませんし、おまけにどうやらゴブリンキングがいるらしいのです」

「ゴブリンキングだと!? それは確かか?」

「村人に見た者がおります。まあこの忙しいのに怪我人でも出したら大変ですからな。いっそ冒険者に依頼してしまおうと、こういうわけだったのですが……まさかエルフの方がいらっしゃるとは」

 村長は恐縮することしきりです。


 それにしてもゴブリンキングですか。懐かしい響きです。前回見たのは半年くらい前だったでしょうか。あのときは冒険者の……エ……ビ……? 何でしたっけ? 完璧に名前忘れました。ともかく二人組を応援して戦わせたのでした。


「これは俺たちだけでどうにかなる案件じゃなさそうだ。ゴブリンキングがいるようではな。ギルドに報告してちゃんとした調査隊を編成してもらおう」

 隊長が席を立とうとしたのでボクは袖を引いて止めました。

「しょうがないですね、今回はボクがやります。お前たちに任せておいたら一年もかかりそうですから。お前たちは後ろで見てるといいです」

「馬鹿を言うな、巣がどこにあるかもわからないんだぞ」

「そんな、ゴブリンなどのことでリンス様のお手を煩わせるのは」

 隊長は否定的ですし村長は恐れ入っています。そんなに大したことじゃないのですけどね。


「ゴブリン駆除なんておやすみ前の軽い腹ごなしですよ。サクッと片づけて明日は森の妖精亭で祝杯と洒落こみましょう」

 ゴブリンなんて空手の瓦みたいなもので、いかに大量に試し割れるかで強さを表現するためのバロメーターにすぎません。要するに戦闘力の数値化です。「戦闘力たったの5ブリンかゴミめ」みたいな感じの。勝つのは当たり前、後はどれだけ面白くできるかです。


 それにボクにもやる理由やメリットが皆無というわけでもありません。

 ひとつには、ババアの村ならボクとまんざら無関係というわけでもないからです。やらないと後でネチネチ言われそうですし。

 もうひとつには、こいつらにボクの力を見せておくのも悪くないと思ったのです。隊長と赤毛はボクが戦っているところを見たことはないでしょうし、ダメッピとは試合しましたけど力の差がありすぎて実際にどのくらいの違いがあるのか実感できなかったでしょうし。栗毛なんかボクのこと結構ナメてかかってますしね。ここらでひとつ格の違いというものを思い知らせてあげましょう。


「ボクにとっては道の真ん中に落ちてる小石を蹴飛ばしてどけるくらいのことですからね。気にするなです」

「……そうまで言うならやってみろよ。お手並み拝見だ」

 ダメッピがなんだか腹を立てながら言いました。

「お前は強いとは聞いてるが、具体的にどうやるんだ?」

 隊長は懐疑的です。

「やめときなさいよ。いくらあんたでも無理よ」

 赤毛は心配してます。

「えー、私たちだけでゴブリン駆除なんてめんどくさくないですか? こういうことはプロに任せましょう」

 栗毛は──


「いやお前の村のことですよ?」

「バカモーン!」

「痛たー!」

 また村長の雷が落ちました。

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