2.15 エルフ17
今日もあるだけ料理を並べて事務所の机で飲み会です。コピーしたワインを樽で出したら栗毛はオルドと一緒になってクピクピ飲み出しました。
「おいしいですね、このワイン」
「あれ、お前お酒は苦手とか言ってませんでしたか?」
「え? だって町のお酒ってまずいじゃないですか。飲めませんよあんなの。何でみんな平気なんでしょうね。でもこのワインは最高です! うちの村のよりおいしい!」
「お、若いのにわかっとるの」
わかりますけど釈然としません……。
赤毛もワインをチビチビやっています。隊長は琥珀酒が気に入ったようで最初口にしてからずっとそればかり飲んでます。錫のカップを持った手でテーブルに肘をついて、頭は微妙に揺れています。結構回ってますね。
「いや凄いな、これは。俺は王都にいたんだが、あそこにもこんなものはなかった」
そしてまたカップに鼻を近寄せてうっとり陶酔に浸りました。
「なんて香りだ」
あ、ダメッピは急いで食事をかき込むと再び外に素振りしに行ってしまいました。
「そういえばオルドって何歳なのですか?」
気になっていたことがあったので聞いてみると「130歳だ」という答えが返ってきました。やっぱり。ここに古いのがいたじゃないですか。
「それじゃちょっと聞いてみますけど、魔王が降臨したときのことって知ってます?」
「うむ、覚えとるぞ。あれは確か、ワシが50を越えた頃だったか……。当時はまだザーレンヴォーグがこの国の首都であった」
「さすがドワーフ、長生きだな」
「何を隠そうワシはザーレンヴォーグの生まれよ。成人するまではあそこに住んでおった。まあその後は修行の旅に出てしまって、ブラントに腰を落ち着けた頃にはもう魔王に占拠されてしまっておったから、今に至るまで帰らず仕舞いだが」
「ちなみにドワーフの成人って何歳ですか?」
「33だ。そうか、もう100年も昔になるか……」
ちょっと遠い目をしています。
「……おう、そうだ。思い出したぞ。昔はこの町から王都に塩を運んでおってな、立派な街道がついておった」
「旧塩街道だな」
「そうだ。今は森に埋もれているが、よく見ると石畳の痕跡がまだ残っておる。グネグネ道ではあったがゴブリンが多いところだからと道の両側を刈り払ってな、見通しが良かった。リノスが寂れたのは街道が閉ざされたせいだろうな」
「この田舎がド田舎になった理由はわかりましたけど、魔王ってなんで魔王になったのですか?」
「うむ、当時聞いたところによるとな……、直接見聞きしたわけではないからどこまで本当のことかはわからんが、何でもここの王家には人の心を支配する魔道具があったそうなのだ。何と言ったかな……そうだ、レオリウスだ。レオリウスという冒険者がその魔道具を奪って、王都を占領して魔王になったのだそうだ」
「……あれ? それは俺も初耳だな……。魔道具……?」
隊長も知らなかったみたいです。
「今の若いのは知らんか。まあワシらの若い頃も口さがない町スズメ共の噂話というやつでな、大っぴらに語るようなものでもなかったが。王家の秘事に関わることゆえ語るのを禁じられたのではないか?」
「秘事というと?」
「なに、大したことではない。ここの王家が元は冒険者からの成り上がりということよ」
「へぇー、そうなのですか」
「今から180年ほど前か? その頃この国はカレン帝国の一地方だったわけだが、まああまりいい扱いは受けとらんかったそうだ。初代の国王はな、どこで手に入れたのか知らんがその人の心を支配する魔道具とやらを使ってな、在地の諸侯の不平に付け込んで反乱の旗頭となって、見事独立を勝ち取ったというわけだ。そんなわけだからレオリウスとやらも自分も、と思ったのではないか?」
「なるほどー」
「へー、そんなことがあったんですね」
「私の町の先生はそんなこと教えてくれなかったな」
みんなでワイワイ言ってる中、隊長は酔った顔をピシャンピシャンと叩いていました。
「何か聞いてはいけないことを聞いてしまった気がするぞ……」
「ところで年といえば、リンスさんって何歳なんですか?」
頬をほんのり赤くした栗毛がワインを片手に尋ねてきました。
「ボクですか? 17歳ですよ」
「なんだ、同い年かー……」
「何で残念そうなのですか。来年にはお前が年上になりますから一人で年老いていくがいいです。ボクは永遠の17歳ですからね」
「どういう理屈ですか、それ」
成人前のエルフはずっと17歳と相場が決まっているのです。
「本当に17歳なのか? エルフの17歳って滅茶苦茶若くないか?」
酔った隊長が揺れながら言いました。
「まあ森ではボクが一番年下でしたね。U100エルフって2人しかいませんでしたし、ピチピチです」
「それはまた極端だの……」
「100歳以下が2人で人口維持できるって、森のエルフって長生きなんですね」
「寿命ありませんよ」
「マジか! 町のエルフは長生きしてもせいぜい250年だぞ」
「そのくらいがちょうどいいのではありませんかね」
そこでボクは長い寿命を持て余して寝たきりのボケ老人ばかりになってしまった森にいると自分もボケそうな気がしたので冒険の旅に出た話をしたのでした。
この日は事務所で雑魚寝しました。ボクは優しいので弱い人間たちが風邪でも引いてしまわないように部屋の空気から土間まで快適な温度に温めてあげました。