2.13 諸刃の棒
赤毛と栗毛は後回しにして、依頼のついでに再びハテノ町へ行くこととなりました。行きはやはり何のトラブルもなく(その分報酬も安いそうです)到着しました。
今日はお昼からの出発でしたのでハテノ町で泊まりです。ボクは「宿に心当たりがあります」とパーティーメンバーを引き連れてオルドの酒工場へと向かいました。
オルドは大きな蒸留器を磨いているところでした。ボクに気づいたオルドが手を高く掲げて叫びます。ボクも答えて声高く、
「こんにちんこ!」
「ただいまんこ!」
「「イェ──イ!」」
オルドの高いところとボクの目の前でハイタッチです。分厚い手のひらが音高く鳴りました。
「え……何今の」
黒山羊メンは何だか困惑してました。
メンバーに「これは昔王都で鍛冶屋をやっていたというプロフェッショナルです」と紹介してぞろぞろ事務所に移動しました。
「こいつにこれがいかに駄目かプロの目から解説してやってください」
剣を渡すとオルドは縦にしたり横にしたりつまらなそうに眺めました。
「ワシらの基準だとまず両刃という時点で評価に値しないんだがな」
「何でだよ」
ダメッピは不満そうです。
「両刃剣のメリットはだな、まずは鋳物なので大量生産しやすい。つまり安い。それから刃が片方駄目になってもひっくり返して反対側が使える」
と、そこで言葉を切ってしまいました。
「……他には?」
「それだけだな。それ以外のすべてがデメリットだ」
「ねーのかよ……。っていうかなんで鋳物で造るんだよ。ドワーフってあれだろ、叩いて造るんだろ?こういう剣もそれで造ればいいじゃねーか」
「『諸刃の剣』と言ってな。刃が自分の体の側についとると自分を傷つけかねんのだ。例えば鍔迫り合いのときとか、あるいは堅いものを切ったときとかな」
オルドは剣が跳ね返って自分の頭に当たるジェスチャーをして見せました。
「こういう材質が悪い上に造り方が未熟で切れ味が悪いモノなら両刃でもいいんだが、よく切れる刃物でやってみろ。自滅するぞ」
あー、言われてみれば前世でも、日本刀はもちろんのこと中東なんかでも鍛造鉄剣を造るようになると片刃に移行してましたね。聖徳太子の佩刀とされる丙子椒林剣は直刀とはいえあの時代でもう片刃ですし。それが必然なのでしょう。
「こいつなどしょせん粗雑な安物だから刃もまともにつけとらんしな」
言いながらオルドは刀身を素手で握ってさらにギュッギュッと力を込めました。掌を開いて見せると傷どころか跡もついていません。
「な? 切れやせんのよ。こういうものの使い方は軍隊で数をそろえて一斉に流星剣だ。近間なら打撃だな。つまり鈍器として作られとるのであってそもそも剣として使えるように考えて作られとらん。だから持った時にバランスが悪い。ただでさえ重いのにおかげで余計に重く感じる」
「っていうと? どういうことだ?」
「例えばこれはワシが昔製品見本として造った剣だが──」
オルドはアイテムボックスの奥の方から一振りの剣を引っ張り出しました。曲刀ですけどかなり長いです。ダメッピの剣と同じくらいあります。
「ほれ、刀身の真ん中あたりを持ってみろ。刃に触るなよ? ディスプレイ用とはいえ指が落ちるぞ」
「お、おう」
ダメッピは右手にオルドの剣を左手に自分の剣を持って重さを確かめました。
「お前のと同じくらいの重さだろ? 構えてみろ」
言われた通り自分の剣、オルドの剣と順に構えたダメッピは見るからにうろたえました。
「──バカな、こっちの方が軽い!」
言いながらオルドの剣を構えて揺らし、もう一回自分の剣を構えて揺らし、さらに両手に剣を持って改めて重さを比べています。
「何でだ!?」
「剣の重心が手元に近いほど構えた時に軽く感じるのだ。こういう剣であれば勢いよく振ってもピタリと止められる。ということは次の一手につながる。お前のこれは打撃武器だからもっと先の方に重心がある。このようなものはな、頭の重さに振られて止められやせんのよ。それでは残身が効かん。剣術もろくに使えん」
「なるほど、『剣として使えるように考えて作られていない』というのはそういうことでしたか」
「反りもないしな」
「というと?」
「鋭利な剣はな、切れ味を追い求めてゆくうちに自然と反りがつくのだ。その方がよく切れるからな」
──とまあそういうことらしいですよ。鍛冶屋のみなさんは切れ味の良い両刃の直剣なんて微妙な物を作るのはやめましょうね。
「それじゃ俺の剣は……」
「ドワーフの間ではこういう代物は剣とは呼ばん。棒だな」
ダメッピはガクリとうなだれました。