1.11 観戦
昼食と言っても冒険者ギルドには食堂なんかついてなくて前の屋台での買い食いでした。
「ボク、この国のお金を持っていないのですけど」
「ああ、今日は俺のおごりだ。好きなもんを食え」
「わーい」
というわけで三人で屋台を物色して歩きました。
この屋台ストリートはどうやら貧乏人相手の商売で、売っている料理も安い素材を手軽に調理しただけのものばかりなのですが、すっごく観光気分を刺激されてついつい目移りしてしまいます。まるでテーマパークに来たみたいですね。テンション上がりますぅ~。
お肉が続いたので野菜を食べたい気分です。生まれ変わってからのボクは母方の遺伝のせいかお肉よりも野菜の方がずっと好きなのです。と言うわけでボクが選んだのはまずヒゲのおっさんの作るトマトスープでした。ベースの味付けはトマトで、そこにジャガイモ、玉ねぎ、カブ、キャベツ、唐辛子などありあわせの野菜と正体のわからない肉の切れっぱしをミンチにした肉団子がほんの少し入っています。器は持参するか使い回しの木のお椀ということでしたので、魔法で手持ちのカオリンから磁器を作りました。それから野菜の串焼きです。野菜を切って串に刺して塩を振って炭火で炙っただけのものですがボクこういうの好きなんですよ。今日はくし形に切ったジャガイモの串とアスパラガスの串を買いました。あとは大鍋でぐつぐつ沸かした謎のハーブティーです。朝も飲みましたけど意外と香りが良くて癖になるのですよね。さわやかな香りの奥に少しスパイシーさを感じます。コップ一杯の量り売りで銅貨一枚、コップを持って行くとおたまで注いでくれます。
ちなみに金髪はたんぱく質・脂質・炭水化物のバランスが取れた栄養傾向食、栗毛は串焼きやら焼き鳥やらケバブみたいなのやらとお肉祭でした。こいつ見かけによらず肉食ですね。
「せっかくだから決闘を見に行こう」
サブマスターに連れられてギルドの裏手へと向かいました。
「そろそろ昼の決闘の時間だ。今日はベレックとディグだったな。毎度くだらないことに決闘を利用しやがって……」
何かブツブツ言ってます。
「その二人は何で決闘するんだい?」
「今夜の飲み代をどっちが持つかで争ってるんだよ」
「え、そんな理由で……?」
「本当はくだらないことで決闘するのはやめてほしいんだがな……勝敗が賭けの対象になっててな。ギルドが胴元で収入源になってるもんだから、止めるに止められないんだよ」
本当にくだらない理由でした。神明裁判とか言ってましたけどそこまで深刻に考えるようなものでもないようですね。
ギルド裏の広場の真ん中に設置された闘技場は木の杭にロープを張り巡らせただけの簡素なものでした。よほど人が行き来するのかこの周りは草がまばらで土が見えています。直径は10mくらい、等間隔に打ち込まれた杭で十六角形になってます。
そのリングを取り囲んで人だかりができています。冒険者だけでなく町の住人らしい老人や女子供の姿も見えます。みんな屋台で買った食べ物を手にガヤガヤ談笑しています。賭けの対象になっていると言っていましたけど見世物にもなっているようです。ボクシングとか剣闘試合みたいな感じなのでしょうか。まあこの田舎町では数少ないエキサイティングな娯楽なのでしょう。
ボクたちはリングの外の一角に取り付きました。買ってきたごはんを食べながら試合開始を待つことにします。周りの観客たちもみんなもぐもぐしています。
「決闘はどこでもアリナシルールが一般的だな」
と串に刺さった肉を食べながらサブマスターが言いました。
「アリナシ?」
「魔法での肉体の強化はアリ、飛び道具はナシってことだ。気の技で言うなら【流星剣】はナシだが【飛空術】はアリだ。観客を怪我させないようにな。この国じゃ大抵のところで採用されている。あっと、接触発動タイプはOKだな。つまり【浸透剣】はアリだ」
ちなみに流星剣というのは気を飛ばす技の総称、飛空術は気を用いた移動術、浸透剣は気を打撃に乗せて浸透させ内部を破壊する技のことです。
「浸透剣なんて使って大丈夫なのかい?」
横で聞いていた金髪が聞きました。内臓グチャグチャになりそうですよね。
「本気で打つ奴はいないさ。顔見知りばかりだしそこまで深刻なことにはならんよ」
「飛ばす魔法は禁止ですか。では魔法使い同士はどうやって決闘するのですか?」
ボクも聞いてみます。
「大抵は的当て競技だな。速さや威力を競うんだ。たまに殺傷能力のない魔法を打ち合うこともあるが、あまり見栄えがしないんで観客も少ないんだよ」
「……ははあ、つまり胴元としては実入りが少ないからあまり許可を出さないってわけですね」
「その質問にはちょっと答えられないな」
杭の中に赤い紐が巻きつけられたものと青い紐が巻きつけられたものとが対角線上にあって、これから決闘に臨むと見える冒険者が二人、それぞれ杭のところにいます。武器は木剣ですが装備は自前みたいで皮鎧と盾で固めています。さらにリングの外にそれぞれの仲間らしき冒険者たちが陣取って、選手に気合を入れています。
「頼むぜ、お前の勝ちに賭けたからな!」
「負けたら飲み代はテメーに払ってもらうぞ!」
お酒のことしか考えてないみたいです。
「紳士淑女の野郎共、それでは本日の昼の興行、ベレックとディグの決闘が始まるぞ! 二人が賭けるものは今夜の飲み代! さあどちらが勝つか、皆さんも張った張った!」
ブックメーカーが声を張り上げています。その首にはギルドの職員カードがぶら提がっています。お客たちがゾロゾロ並んで、それぞれ赤い紙か青い紙かを買ってゆきます。
「両者、前へ」
リングの中の審判が二人に声を掛けました。これもギルドの職員みたいで首からカードを提げています。どうやらようやく始まるようです。二人はリングの中央へと歩き始めました。そして二人が激発の間合いとなった瞬間審判が声を張り上げました。
「始めいッ!」
「オッシャアアアア!」
「オラアアアアアア!」
声を上げた二人はにらみ合ってじりじりとにじり寄ったかと思うと剣を振り上げて互いに牽制しました。さらに左手の盾を突き出して牽制します。始まりません。
「ほら! お見合いしてるんじゃないよ!」
太ったババアががなり立てます。
「「「コ・ロ・セ!コ・ロ・セ!」」」
酔っ払いのオッサンはおろかその辺の主婦っぽいオバサンたちまで口汚くはやし立てています。
「ヘアッ!」
「来いやァァァ!」
声だけは威勢がいいのですけどね。牽制牽制また牽制で試合がちっとも進みません。レベルの低い勝負です。
「お客……全然沸いてないのですけど。いいのですか? これで」
「まあこいつらの加護は戦闘向きじゃないからな。こんな日もあるさ」
サブマスターは肩をすくめました。ボクならもう少し盛り上げてみせますけどね。
結局長い塩試合の末に赤コーナーの方が勝ちました。倒れた男の上に観客たちの外れた青いチケットと罵声とが降り注いでいました。