2.6 護衛任務
屋台街の東の橋を渡ると右側、つまり南側へ向かって街道が坂を下っています。距離感がちょっとわからないのですけどイーデーズから徒歩で二日くらいのところにローザンという町があって、そこからさらに四日ほど進むとスズナーンというかなり大きな町があるそうです。よく聞く名前ですね。そこは大穀倉地帯の中心部で、なおかつ東西南北を結ぶ街道の合流点なもので、たいそう賑わっているのだとか。
さてローザンまでは長い長い下り坂の森林地帯を抜けていかなければなりませんが、道中オークやゴブリン、あるいはトロルなどが頻繁に襲撃してくるそうです。
「この町の冒険者の一番よくある仕事はローザンやスズナーンへと往復する隊商の警備だな」
と隊長は言いました。
「ゴブリンはバカだが獣よりはマシな頭をしてるからな。馬車が肉や布を積んでいるということを知っているんだ」
ゴブリンたちは毛皮しか作れませんからね。布があると知れば好んで襲ってくることでしょう。
ちなみに盗賊団みたいなのはこの辺りにはいないみたいです。森の中はゴブリンやオークたちがいて隠れ住むには危険ですし、馬車を襲っても食べ物か布しか持っていないので。
「ああいう手合いがいるのはもっと王都に近いところだな」
と隊長は言いました。
「こっち側も似たようなもんだ。向こうよりはずっと安全だが」
そう言って隊長はハテノ町へと続く街道を指さしました。
ボクたちは今西側の門の前にいます。荷運びの人足たちが朝イチの仕事でガヤガヤと出入りしています。ボクたちの後ろでもハテノ町へ向かう荷馬車が食料などの入った箱を積み込んでいます。隊長は「簡単な仕事を取ってきた」と言ってその荷馬車の護衛の依頼を持ってきたのです。
「全員の実力の把握と信頼関係の醸成を兼ねてな。本当は訓練したいところだがうちにはそんな余裕はないし、ギルドの方も人手が足りないから協力しないとな」
隊長は鎧盾にブロードソードの典型的な重装歩兵スタイルです。今は兜を脱いで後ろに倒して背嚢の上に乗っけてます。鎧はここでよく見る革鎧ですけどワックスで磨き上げられてピカピカしてます。盾はちょっと変わっていて黒塗りのヤギの横顔が大きく象嵌されています。なるほど、それで『黒山羊の盾』ですか。でも……
「これってヒツジじゃないですか?」
「ヤギだ」
「でもアゴヒゲがないですし角がグルグル巻いてますよ」
「ヤギと言ったらヤギだ」
生物学的特徴を無視して隊長はかたくなでした。何でそこで強情を張るのでしょうね?
ノッポさんは長剣を背負っていました。刀身の長さが1m以上もあります。盾を持っていないのはこの長さだと両手じゃないと振れないからなのでしょう。鎧兜は隊長と同じです。
赤毛が着ているのは材質こそ革ですけど鎧じゃなくてコートのような感じです。防御力はあまり期待できそうにありません。まあ見るからに体力なさそうですしあまり重い装備はできないのでしょう。頭にかぶってるのも兜というより耳あてのついたフライトキャップみたいなやつです。盾も持っていません。代わりに先に短い穂先のついた手槍を杖にしています。杖と言っても本当に歩く補助のための杖です。この世界って魔法を使うのに道具がいりませんので。刃物がついているのは護身用も兼ねているのでしょう。
「その装備、冬は良さそうですね。でも夏は暑くないのですか?」
「私温度を調節する魔法が使えるから」
そういえばこいつの魔法については聞いた事がなかったのですけど、どの神様の加護をいただいているのでしょうか。
栗毛に至っては一般人と変わらない旅装でした。こいつ本当にやる気あるのでしょうか?
ボクですか? トップスのインナーはホワイトでアウターはブルー系のストライプシャツ、ダークネイビーのロングスカートに靴底厚めのブーツを合わせています。頭には帽子です。鎧? 盾? 兜? いやですねぇ、今日は天気がよくなりそうなのです。どうせならオシャレして出かけたいじゃないですか。
「リンスさん、そんな服で大丈夫ですか?」
栗毛が「本当に冒険者やる気あるの?」みたいな目で見てました。いつもながら失礼なやつです。
馬車はようやく荷物を積み終わりました。御者のおっさんが「それじゃあ出るんでお願いします」というと隊長はパーティーメンバーを促して馬車の四方を囲みました。先頭はノッポさんです。森までの距離がある右側に赤毛、ボクは左側につかされました。後ろに栗毛と、しんがりを隊長が務めています。
御者が手綱を操ると馬は並足で歩き出しました。