2.4 黒山羊隊の他メン
他のパーティーメンバーを紹介すると言って隊長は呼びに行きました。ロビーの隅で待ちながら栗毛はずっとニコニコしています。
「これでまた一緒ですね、リンスさん」
「お前ヒーラーだったのですね」
「医薬の神エーリーンの守護を受けています。……って知らなかったんですか? 一緒に冒険者になったときに話しましたよね?」
「興味ありませんでしたし」
「ひどい!」
「まあそれは冗談なのですけど、ヒーラーは貴重だから勝ちだとか言われてたじゃないですか。よく手放しましたね」
「それが私にもよくわからなくて……。私も最初はみなさんと一緒に森の中に入ってたんですよ。みんなよく怪我して、私も治療のし甲斐がありました。一か月くらいやったかな? そんなものだと思ってたんですけど、リーダーさんに『お前がいると怪我人が増える』って言われて、それからはギルドで待機してて怪我人が来たら治してたんです。そしたらやっぱり怪我した冒険者さんたちが大勢来て……。クランの人じゃない人もよく来ました。夏ごろまでそうしてたんですけど、今度は『来るのは3日に一度にしてくれ』って言われちゃって。最近はお金にならないしもう冒険者はやめようかなって思ってたところだったんです。そしたら昨日、『移籍してみないか』って言われてここに来ました」
「あー……」
さっきのリーダーたちの会話と合わせて、ボクがいない間に何があったのかなんとなく事情が見えてきました。
こいつは健康そのものの田舎娘で全身ムチムチしています。乳も尻も太もももぱっつんぱっつんです。赤毛がソフィーならこいつはライザです。エルフの趣味ではありませんけど人間はきっとこういうのが好きなのでしょう。そしてスケベ心の塊のアホ共がいいところを見せようと張り切りすぎて怪我。ギルドに引っ込んでからは怪我すれば絡めると思ってさらに怪我人続出、と。すぐ治る怪我ならまだしも骨折とかだと治しても数日は復帰できませんものね。万年人手不足のこのギルドではリーダーとしては頭の痛いところだったのでしょう。栗毛は哀れにもボクとセットで体よく厄介払いされてしまったというわけです。
「待たせたな」
隊長が戻ってきました。後ろには二人の男女がいます。茶色い頭の背の高い少年と赤毛のチビです。
男の方は初顔です。本当に背が高くてカルスと同じくらいあります。ということは前世の単位で言えば190cm以上でしょうか。でもまだ少年らしい線の細さを残しています。
「ヴァンだ。よろしく頼むぜ!」
元気よく親指を立ててきましたのでこちらも元気よく返します。
「"オーマのリンス"です!」
オーマとは人間世界では魔境とか禁忌禁厭の土地という扱いです。ひどい言われようですね。まあ事実ですから仕方ないですけど。
「強いぞ。何しろあの"鬼人マルク"を一方的にブチのめしてる」
隊長の補足にひょろ長い少年は「へえ!」と目を輝かせました。
「こいつも先週入ったばかりなんだ。新顔同士仲良くな」
「よろしくな!」
「よろしくです。ところでお前、あれはないのですか? 二つ名とかいうやつ」
「いや……」
するとそのデカブツは何故か口ごもってしまいました。隊長がそいつの肩を叩きながら笑いました。
「大体"ノッポのヴァン"なんて呼ばれてるけどな。こいつその呼び名が気に入らないんだよ」
「いくらなんでもノッポはねぇよ。せめて"大剣のヴァン"とかにしてほしいぜ」
「大剣使ってるのはお前だけじゃないからなあ」
「それなんすよ隊長。他にいい呼び方ないっすかね」
「何か手柄を挙げることだな。単独でオーガを倒して鬼人と呼ばれるようになったマルクのように」
「当分このままっぽいすね……」
ノッポさんはガックリうなだれました。
「あ、私は"白衣のナナ"です。医者の卵です。よろしくお願いします」
「あ、ああ。よろしく」
栗毛の自己紹介にノッポさんは何故かうろたえつつ答えました。口の中で「うわデッカ」と漏らしたのは聞こえてますよ。エルフは耳がいいのです。
もう一人は名乗らなくても知ってます。
「お前ここにいたのですね」
エナメル線みたいな赤毛の女はご存知擬人化されたまな板、チビで痩せっぽちの虫もつかない嫁き遅れ冒険者こと赤毛のソフィーでした。
「何よ、知らなかったの?」
「お前何も言わなかったじゃないですか」
ちょっと吊り気味のオリーブ色の瞳は一見勝ち気に見えますけど実際には生まれたてのバンビよりもメンタルの弱い子猫ちゃんです。身長は150cm代前半、顔がちっちゃくて首とか胴とかエルフのように細いです。
「今更ですけどお前よくこの体格で冒険者やってますね」
「あなたがそれを言うの?」
会話してたら隊長が横から「知り合いか?」と声を掛けてきました。
「はい」
「よく一緒に飲んでますよ」
……。
さて、この二人以外のメンバーの紹介を待っているのですけど一向に登場する気配がありません。
「あの、他のメンバーはどうしました?」
「いないよ」
「……え、これで終わりですか?」
「ああ」
「たった二人ですか!?」
「先月まであと二人いたけどな。どっちも一人前になって卒業したよ。腕試しすると言って一人は王都に、一人はメルオートに行った」
隊長は芝居がかった身振りで肩をすくめました。
「さっきは託児所じゃないと言ったが実際は似たようなもんだ。ウチは問題児の更生施設なんだよ。そのままだと死にそうなヤツを引き受けていっぱしの冒険者に仕立て上げてやるのが俺の役目さ」
……ってことは赤毛はもちろんこのノッポさんも駄目な子ってコトですか? 安易に移籍を承知したのは早まったかもしれません。
というかボクは問題児じゃありませんよ!