1.10 クラン
「社会保障の話が出たからついでに話しておこう。市民権を持ってると働けなくなった時食料の配給なんかがあるが、冒険者にはそういうのはない。ギルドは依頼の仲介斡旋が仕事であって基本的に冒険者の生活の面倒までは見てやらない。なので冒険中に怪我しても休んでる間の保障は一切ない。自己責任だな」
「貯金してないと人生詰みますね」
「だが貯蓄のできる冒険者は少ない。新人は特にな」
「借金すればいいんじゃない?」
「残念ながら冒険者に金を貸してくれる金融業者はいないんだ。そこまで落ちた冒険者は返す意思があっても返済能力がないからな」
「『お金がないなら体で返しなさい!』なんてことはないんですか?」
「……お前発想が暇を持て余した有閑マダム並だな。体で返すも何も、見た目が良ければ最初から冒険者なんかにならないだろ。向こうだっていらねえよ。男ならまだ労働力になるけどな」
こいつ女冒険者はみんなブスって言いやがりましたよ。
「ああ、でもお前らは気を付けた方がいいかもな。特にお前」
とサブマスはボクを指さしました。
え……ボクですか?
ボク……男の子ですよ……?
あ、でももしかしたらそういう需要があるのかもしれませんねブヘヘヘヘ。
「まあそれは冗談として、実はギルドの規約で冒険者を借金で縛る行為に対してはギルドを挙げて対処することになっている。具体的には冒険者全員でボコる。冒険者の独立性を保つためには必要なルールだったんだが、結果として冒険者に金を貸してくれる奴はいなくなったってわけだ」
「アウトローにも程があるね」
「元々無法者の集団だからな。今は規約でガチガチに縛られてる分大人しくなった方だ」
「じゃあ冒険者はケガしたら人生終了……ってコトですか?」
「そこで『クラン』だ。冒険者たちは20名から50名規模のクランと呼ばれる中単位を組織し、その中で目的に合わせた『パーティー』と呼ばれる小単位を組むことが多い。例えば馬小屋ってあるだろ? 泊まったか? あれはギルドが運営してるから信用払いで泊まれるんだが、他はそうはいかないからな。ところがクランには大抵契約した酒場というのがあって、クランが宿代を立て替えてくれるんだよ。それから怪我して治療院に行くとするだろ? 冒険者は信用がないから先払いでないと治療してくれないことがよくある」
「でもギルドの規約的に冒険者っておそらく借金の踏み倒しみたいなこともできないはずですよね?何でそんなに信用がないのですか?」
「ツケを返し終わる前に死ぬ奴が多いからだ」
「ああ……」
「そういうときにクランに所属してるとやっぱり医療費を立て替えてくれるんだ。後で依頼達成時の報酬から差し引く形だな。お前たちも冒険者やってるうちにわかるだろうけど4、5人のパーティーでそれをやれって言ってもかなり厳しいぞ。大昔の冒険者は少人数のパーティーで行動してたらしいんだが、いろいろと不便なことがあるので互助組織としてクランが発展したと聞いているな」
「あれ、それがギルドなんじゃないのですか?」
「何を言ってるんだ? ギルドは神の奇蹟を預かる場所であって冒険者同士で助け合う組織じゃないぞ」
……あ、そうでした。この世界のギルドって成立の経緯が地球のそれと違うのでしたね。どっちかって言うと俗っぽい神殿みたいな感じですよね、この世界のギルド。
組合の神ってやっぱり変な神様ですぅ……。
「クランに所属していると仕事もその冒険者に見合ったものを割り振ってくれるから、実力を見誤って死ぬなんてことも少なくなる」
「そういうのもギルドの仕事──ではないのですね」
「違うな」
「冒険者ランクとかないのですか? ランクに見合った仕事をもらえるとか」
「ランク? 戦うのが得意な冒険者がいれば人探しが得意な冒険者もいる。得手不得手はそれぞれ違うのに、何をどういう基準でランク付けするんだよ」
それは依頼の難易度とか達成率とかいろんな目安は考えられると思いますけど。ともかくこの世界だと冒険者ランクなんてものがない代わりにクランとやらが能力に合わせて割り振りしてくれるわけですね。
「クランにいると先輩たちがいろいろと教えてくれるしな。パーティーだって新人はちゃんとベテランと組ませてもらえる。新人同士でパーティーを組むと大抵死ぬぞ。──もちろん、誰もが誰もクランに所属しているというわけではない。拠点を持たず旅から旅への冒険者というのも当然いる。ただ、尻拭いを自分でできるほどのベテランになったなら独立するのもいいが、初心者のうちはクランに所属した方が絶対にいい。他にもギルドへの上納金の納入や報酬の分け前の計算も全部やってくれるぞ」
「うーん、ちょっと疑問なのですけど、そのくらいなら自分たちでやればいいじゃないですか。何でそうしないのですか?」
「そりゃ読み書きそろばんができる冒険者は少ないからな。俺も読む方は何とかできるようになったが計算は未だにできん。できたら普通は商人になる。それともお前らできるのか?」
「できますけど」
「できるよ」
「あの、5桁の足し算くらいなら……」
栗毛が何かもじもじしながら言ってます。本当ですかねぇ?
「ヘイ栗毛、1017162+902648=?」
「それって私のことですか? えーっと、1919810?」
「7桁の計算できてるじゃないですか」
「えへへ」
「な、何だ、お前らすごいな? 真面目な話するけど冒険者なんかやめてどこかの商家に就職した方がいいんじゃないか?」
「いやボクは冒険するために森を出て来ましたので」
「私はもう就職してるので……。冒険者はお金のために目指してます」
カーン……カーン……カーン……カーン……
そうこうしているうちに鐘が四つ鳴りました。つまりお昼です。
「──とりあえずの説明はこんなところだ。実際のところは依頼をこなしながら肌感覚で覚えてもらうしかない。先輩たちに聞きながら覚えて行ってくれ。それじゃ昼メシを食いに行こう」