古びた博物館とアーミラリ天球儀(上)
しばらくすれば日が暮れようかという時間帯。
街の隅にある寂れた建物の前には、2つの影があった。
「また来たのかい」
「うん」
「そうかい。遅くなる前に帰るんだよ」
「うん」
建物の入り口で、少年と老人はそんなやり取りをする。
少年がこの寂れた博物館に来るようになって少ししてからは、毎日のように繰り返してきた会話だった。
色褪せてほつれだらけの制服を着た老人は、今日もまた伸び放題の髭の下でもごもごと喋る。
内容どころか台詞まで毎回同じで、壊れたロボットのようだった。
もしかしたら明日と明後日もそれからも、同じやり取りを繰り返していくのかな、なんて少年は思う。
それはそれで面白いかもしれない。
少年は老人の横を通って博物館の中へと入った。
料金はいらない。
子供は博物館に無料で入れた。
塗装の剥げた壁、テープで補修された窓ガラス、そしてそこから見える敷地の庭には乱雑に刈り取られた雑草。
邪魔な所だけ刈り取っているのか、他の場所は伸び放題だ。
きっと近所の人だって、この博物館がまだやってるなんて知らないに違いない。
少年がここに通うようになってから、入り口の老人以外に博物館で誰かに会った事は一度もなかった。
誰にも会いたくない少年にとっては都合がいい。
少年は薄暗い通路を迷いなく進んでいく。
これまでに何回も通っているので、どこに何があるのかはきっと老人の次に詳しいに違いない。
館内は外観とは裏腹に綺麗に整頓されていた。
きっとやる事がなくて、暇を持て余したあの老人が時間をかけて掃除しているのだろう。
だったらもっと庭の草木は綺麗に刈り取ればいいのに。
そんなことを少年は思う。
電灯が少し暗いが、雰囲気は悪くない。
展示された品々を見て回る分には問題ない明るさだった。
この博物館には、さまざまな展示品が置いてある。
もっともそれらは歴史的に価値のあるものや、貴重な品々ではないと思われた。
置いてあるのは全て古ぼけた、何のために造られたのか分からないような物ばかりだ。
色褪せて読みにくくなった説明文からも、そのどれもが本物かどうかどころか、偽物なのかすら分からない。
魔法を授かれるクリスタルのオーブだとか、幸せをすくう魔法のスプーンとか、黒竜の血で作られた杖なんてものもあった。
他にもよく分からないものがいくらでもあった。
つまり、趣味で作られて、そして集められた骨董品の数々だった。
名前に『魔法の〜』なんてついている通り、不思議な雰囲気のものが多かった。
それらには目もくれず、少年は奥まった部屋の窓辺にある、とある展示品に半ば駆け寄るようにして近付いて行った。
そこにあったのは一見するとなんの用途に使うのか分からない、異国情緒を感じさせる道具。
展示に書かれた説明によると、それの名はアーミラリ天球儀。
説明文には『暦の計算にも用いられた天球儀。星たちの動きを見ることで今生きている世界線とは別のパラレル世界を調べられる魔法具』とあった。