海の洞窟
やたらと流れ者が集まってくる街、サンセット。
エリシアという魔術師がここに流れ着いてどれくらい経っただろうか。
——エリシアには関わるな。
これは街の冒険者達の間では常識だった。
エリシアは奇妙な儲け話をしてきて仲間を募ってくるのだが、彼女と組むと碌な目に合わない。
以前に彼女と組んで強敵と戦った魔術師がいたが、そいつは魔力を使いすぎて高熱出して寝込んでいるらしい。
そんなある日の酒場にて——。
野郎共が昼間っから酔っ払ってワイワイやってる時に酒場のドアが開いた。
「海の洞窟とか一緒に行ってくださる人〜」
エリシアは酒場に入るなり、いきなりそう叫んだ。
「また来たよ」と誰かが呆れた。
エリシアが聞いた噂によれば、ある海岸に洞窟があって普段は海に沈んでいて入れないのだが、僅かな時間だけ潮が引いて入れる日があるらしい。
その海の洞窟にはヤバいくらい美しい伝説的な真珠が眠っていて、これを持ち帰ればそれはそれはあり得ない値段がつくという。
だが少しでも脱出が遅れると海に沈んでしまい、たちまち魚の餌となる。
さらには洞窟の中にとんでもねえ殺人的な生物が待ち構えていて、なんか首チョンパされるらしい。
そんな明らかにやべえ場所に行くなんて命を粗末にするのも同然だ。
「誰がそんなとこ行くかよボケぇ!」
野郎共は無茶苦茶なこと言うエリシアに野次を飛ばした。
「いつも思いますが、皆さんて酒ばっかり飲んでなんもしてねぇですわね〜」
エリシアはいつものように野郎共を侮蔑すると協力者を探し始めた。
そんな中、エリシアと意気投合したのは全身黒ずくめの男。
「……面白そうじゃないか」
彼は隠しきれない殺気を滲ませて静かに微笑んだ。
話を聞けば、彼は暗殺を生業とする者。つまりアサシンだ。
彼は腰に携えた邪剣に殺した相手の血を染み込ませて怨念の力で武器を育てているのだという。
そんなアサシンの血が凍るような空気を感じて野郎共は指の一本も動かせないでいた。
——ヤツは今までで一番、とびきりヤベえ。近寄ったら殺される。
アサシンは「好きな時でいい」と静かに語ったが、エリシア的にはもう二人くらい仲間が欲しい感じだ。
仲間探し続行だ。
「——いや、今日は精霊の調子が良くなくて」
一人目はなんか調子が悪いらしくダメ。
「久しぶりに船から降りたから休みたいよ」
二人目はまるでその気じゃないからダメ。
だが奇跡的に仲間が見つかった。
「占ってしんぜよ〜」
彼女は怪しい占い師。
なんかエリシアが占ってもらったついでに勧誘したら付いてきたらしい。
綺麗な水晶を大事そうに抱えている。
「運に身を委ねるのも悪くない」
アサシンは特に文句は無いようだ。
「自分の身も守れますぞ〜」
占い師はなんか変なチンピラに絡まれることが多いらしく、どういう訳かその場で占って相手に不幸が訪れて助かってるらしい。
そして最後の仲間だが——。
「ぉおぉおおお……」
占い師が寒気を覚えて腕を組む。
その背後には何か黒い影のようなものが浮遊していた。
「亡霊です」とエリシアが言った。
なんかその辺を彷徨っていたらしく、話しかけたら意気投合したようだ。
「実質三人か」とアサシンは思ったが口には出さなかった。
「パーティ名はなんぞや?」
占い師がエリシアに聞くと、考えてなかったらしく「う〜ん」と唸っている。
亡霊はなんか煙みたいにボヤッとしている。
「じゃあモヤモヤーズで」
「そんな安直な」と占い師が呆れているがエリシアは聞いていない。
さてメンバーが揃ったところで作戦会議だ。
今回の冒険は時間が限られているため一発勝負。
たぶん道中にめっちゃ変なモンスターとかいっぱい居るから全部無視して逃げることに。時間が勿体無い。
で、真珠って貝の中に入ってるらしいから、貝とか見つけたら全部こじ開けて回ることに。
とりあえず真珠見つけたら大きさとかに関係なく袋に詰められるだけ詰める。
一行は道具屋に行って袋とか買いまくった。
「暗いから松明がいる」とアサシンが助言する。
だがエリシアは「あー亡霊がなんか火の玉になって照らしてくれそう」みたいなこと言って、余計な荷物は持って行かないことにした。
結局、その日はもう遅かったので翌朝集合ということに。
占い師はなんか「占いグッズ持ってくる」みたいなこと言って家に帰った。
アサシンは「少し仕事してくる」とか言ってどっか行った。
亡霊はエリシアの周りに漂ってる。
翌朝、メンバーが揃うとエリシアは海岸の近くまで馬車をチャーターした。
そういえば自己紹介的なことしてないな、と思ったエリシアはみんなと雑談を始めた。
「——それで今ここにいる」
アサシンが語った経歴はヤバすぎてとんでもねえ。なんか国の偉いさんとかから直接仕事請けたり、一人でやばい組織ぶっ潰しに行ったりしてるらしい。
「——この街にいる方が運勢が良くなってる気がして」
占い師は自分を占った結果、この街にいた方が良いみたいな感じで言ってた。
最近、水晶を落としてしまってひび割れてるから買い替えの費用を稼ぐために参加した。
亡霊は……分からん。たぶん生前はなんかすげえことやってたんだろうな、とエリシアは想像した。
積荷のリンゴがなんか勝手に転がってる。
さて現地に到着した。
エリシアが馬車から降りると従者が「帰りは?」と聞いてきたので「その辺で待っといてください」と答えた。
目の前には砂浜が広がっている。
移動時間があったので今は夜だ。月の光を波が反射しててめっちゃ綺麗。
「あっちです」とエリシアが指差す方向にはゴツゴツした岩場があった。
占い師が「ちょっと占ってみる」みたいなこと言って、なんかタロット的なものをシャッフルした。
エリシアが一枚引くとハートが割れてる絵だった。占い師が言うには「恋愛運が最低」らしい。マジでどうでもいい。
「時間がないのでは?」とアサシンが忠告する。
一行は岩場へ急いだ。
亡霊がみんなの後ろを遅れてついてくる。
「おぉ……すげえですわ」とエリシアがため息をついた。
なんか今めっちゃ潮が引いてて、目の前にそびえ立つ岸壁に大きな横穴がポッカリと空いてる。
そこから深い深い闇が覗いてるような感じだった。
中に入るとめっちゃ暗い。太陽の光が一切入ってこないようだ。
とりあえずエリシアが亡霊になんかゴニョゴニョ話すると、亡霊がめちゃ光出した。
アサシンは自慢の剣を抜いていつでも戦えるようにしてる。
洞窟の中には、潮が満ちてる時に入ってきた魚が地面ですげえビチビチ跳ねてる。
なんかもうそこらじゅうにいる。
「足元、気をつけてくださいね」とエリシアが言った。
途中、貝がいっぱい落ちてて占い師が拾おうとしたが、アサシンに「小さいのは放っとけ」と言われた。
一行は少し早足で洞窟を進んでいく。
亡霊はなんか「うおぉぉ……」とか呻き声上げてる。
「ちょっと止まって」とエリシアが小声で言った。
耳を澄ませるとなんか奥の方でめっちゃ「カサカサ」鳴ってる。
アサシンが剣を構えて精神統一する。
エリシアも拳に力を込めた。
占い師はなんかいきなり紙を破り始めた。
「おぉ……この破れ方は」
なんか紙の破れ方で戦いの行方を占うらしい。
アサシンはなんかいつもより剣が軽い気がした。
暗闇から姿を現したのはマジでやばいくらいデカいカニ。
なんかもうハサミで木とか切れそう。
数はまあまあいる。
「駆け抜けますわよ」とエリシアが走り出した。
亡霊がエリシアの周りをぐるぐる回ってる。
地面でカサカサ蠢く大量のカニを無視して一行は走り抜ける。
アサシンが走りながら剣を振り回して近寄ってくるカニ共を蹴散らした。なんか爪とかがスパスパ切れて宙を舞ってる。
占い師は「カニ食べ放題の店開いたら運気が上がる」みたいなことを走りながら言ってる!
エリシアが「ぬん!」とか叫んで気合いの入ったパンチを撃つとなんかすげえ衝撃波でカニ供がどっかに吹っ飛んで行った。
カニの巣窟を抜けた一行は分かれ道の前で立ち止まった。
占い師が息を切らしてる。
亡霊は左右の通路を交互に照らしているようだ。
占い師が「占ってしんぜよ〜」とか言いながら棒を取り出して地面に立てた。
で、棒が倒れたのは左側。
一行は左の通路へ進む。
それから少し進むと目の前には、——行き止まり。
「マジふざけんなですわ」とエリシアが占い師の尻を軽く蹴る。
占い師は「あ、あれぇ?」みたいな感じで言ってる。
亡霊もなんか「ぅおおおお……!」みたいな感じで怒ってるっぽい。
アサシンは「急ぐぞ」と言って足早に引き返した。
なんか歩くたびに足元の水溜りがビチャビチャ跳ねる。
で、それからいくつかの分かれ道をテキトーに進んだり引き返したりした。
時々、大きめの貝見つけて、それは占い師が拾って袋に入れていく。
「なんか水溜りが深くなってません?」
エリシアが足元を見ると、なんか足首の下くらいまでが海水に浸かってた。
占い師がなんかタロットをシャッフルしてる。
それでアサシンにタロットを引くように言ってきた。
アサシンが引いたのは弓矢の絵。
なんか相性の良い人と出会うかも〜、らしい。
エリシアが占い師のタロットをひったくった。
箱をよく見るとそこには「タロット占いセット恋愛編」と書かれている。
「い、急ぎますわよ!」
エリシアは小走りで洞窟を進み始めた。
亡霊がなんか占い師の肩の辺りで漂ってる。
「ぅおおん……」
「へ、へっくち! さむっ!」
一行は急いで洞窟を駆け抜け、迫り来るカニみたいなやつを蹴散らしながら進んでいった。
「あっ!」とエリシアが叫んだ。
目の前にはありえねえ位デカい貝があって、なんか人魚が寝るベッドみたいなヤバい奴だった。
「めっちゃ虹色ぉ〜」
占い師がため息まじりに呟いた。
早速エリシアが両手でこじ開けようとする。
「ふんぬ!」
貝はなかなか開かない。
アサシンが自慢の剣を貝の隙間に差し込んだ。
「曲がりませんか?」とエリシアが聞くと、「これくらいならいける」とアサシンが答えた。
占い師は水晶覗いて「おぉ〜札束が見える見える〜」みたいなこと言ってた。
「暗くなってないか?」とアサシンが呟いた。
エリシアがふと亡霊を見るとなんか輝きが鈍い気がする。
「時間がありませんわ」
真っ暗になったらもうやばい!
アサシンは心眼とか使えそうだからイケそうだし、エリシアは魔眼があるから大丈夫だ。
だが占い師はたぶん普通の人。強いて言うなら彼女が危ない。
エリシアはさらに力を込めた。アサシンも剣を梃子の代わりにして歯を食いしばっている。
巨大な貝がギチギチ音を立てて少しずつ開いていく。
中がなんかめっちゃ眩しい!
占い師が覗き込む。
「あ、まって取れそう!」
占い師は二人の間に押し入って、貝の中に腕を突っ込む。
亡霊はなんか苦しそうだ。顔見えないけど。
二人が貝をこじ開けてる中、占い師が「いてて」とか言いながらなんか掴んだ!
で、そのまま上手く転がしてくると、中から見たこともないような色の真珠が出てきた。
「うおおおお!」とエリシアが雄叫び上げた。
占い師が袋を広げてアサシンが真珠を入れた。なんかヌルヌルしてる!
「よし引き返すぞ」とアサシンが言った。
だが占い師がなんか「あぁ〜貝柱が、貝柱が!」とかなんとか言いながら奥の貝柱千切って持って帰ろうとしてる!
エリシアは占い師を貝から引き剥がす。亡霊もなんかそれっぽいことやってる!
水位が上がってきた!
なんかもう足首が浸かってる!
一行は急いで洞窟を駆け抜ける。
「うわっ!」と占い師が地面のくぼみに躓き転倒。
アサシンが無理やり引き起こす。
「なんか暗いな」とアサシンが言う。
亡霊の力が弱まってきている。
まさか伝説の真珠見て、満足して浄化されかかってんじゃね? とエリシアが慌ててなんか亡霊に魔力注入し始めた。
とりあえず輝きは回復。
「……ウオォぉおん」
亡霊が苦しげに叫んだ。
一行は走り出す。水位が少しずつ上がってる。このままでは走ることさえ難しくなってしまうぞ。
「どっち? どっち?」
エリシアが迷ってる。来た道なんて覚えてねえ!
「占い師!」とアサシンが叫んだ。
占い師が棒を取り出そうとするが、さっき転けた時に無くした!
「あ、やっべ」とカバンとかメチャクチャに振って、恋愛占いのタロットが地面に散らばった。拾ってる暇無い!
その時、占い師の脳裏に「ひ……だり。左ぃい」みたいな感じで変な声が聞こえてきた。
「これは……ぼ、亡霊!」
占い師が驚いて叫ぶ「左いい!」
一行は分かれ道を急いで引き返す。
もう走るたびに海水がジャバジャバ跳ねまくる。靴もズボンもびしょ濡れだ。
それからいくつか分かれ道があったが亡霊の密かな助言によって突破した。
「出口はもうすぐですわよ!」
エリシアの頬を風が撫でた。空気の流れを感じる。出口は近い。
「いや、待て」とアサシンが静かに制止した。
全員が立ち止まる。
目の前には洞窟の横幅いっぱいに広がった岩。いや、違う、刺々しい甲殻だ。
「ヤド……カリ?」と占い師が呟いた。
いや、育ちすぎでしょってエリシアは思った。というかよくあんなでかい甲殻見つけたな。
ヤドカリは挨拶がわりに大バサミを三人に叩きつける!
だがエリシアとアサシンが二人同時に防ぐ。
「一瞬だけ持ち堪えろ」とアサシンが離れる。
エリシアはそのまま大バサミを掴んで支える。
しかし空いた方の大バサミがエリシアを挟もうとしている!
占い師はなんか水晶玉をヤドカリの目みたいなところに向かって放り投げた。
アサシンはなんか横の岩場に飛び乗っている!
亡霊は分からん、どっか行った!
エリシアがキツそうだ!
その時、占い師が投げた水晶玉がヤドカリの目に当たった!
「ギイイイ」とか言いながらヤドカリがのけぞっている。
「離れろ」とアサシンが叫ぶとエリシアが後ろに跳んだ。
その瞬間、岩から飛んだアサシンが大バサミのなんか関節っぽいところ目がけて剣を振り下ろす!
バチコーン! みたいな感じで片方の大バサミがどっか飛んでいった!
占い師がめっちゃビビってる!
片腕を失い、のたうち回るヤドカリ。
三人は一旦離れ、様子を伺う。
もう水位が膝下ぐらいまで来てる。これはマジでやばい。
「一気にカタを付けますわよ」
エリシアが精神統一し、身体からみなぎるオーラを纏わせる。
何かを察したヤドカリがこっち目がけて突撃してきた!
片腕をメチャクチャに振り回して来る! なんかハサミがめっちゃガシャンガシャン言ってる!
アサシンが前に躍り出る。
質量に任せた大バサミの一撃を、その自慢の剣で受け流した。
アサシンによって弾かれた大バサミがなんかその辺の壁に当たって石が飛んできた!
占い師はカバンを目の前にやって顔を守る。
アサシンは飛んでくる石を物ともせず、大バサミの連撃を受け流す。
「よし」とエリシアが呟くとアサシンが一旦後退した。
エリシアは気合い入れて壁に向かってジャンプ!
そして壁走りでヤドカリに接近。
そこからさらに跳躍して特大の飛び蹴りを披露!
「ちょあああああ!」
奇声をあげるエリシアとヤドカリが激突!
舞い上がる水飛沫が占い師の目に入った!
ヤドカリの甲殻がバラバラになってそこらじゅうに浮いている。本体は動いてないようだ。
「今のうちに通るぞ」
アサシンが走り出す。それに続いて二人も走り出した。
崩れている甲殻の横をすり抜けたら出口はすぐそこだ。もう水位が膝上まで来ている。
「くっそ足が重い」と占い師が叫ぶ。
「黙って体を動かせ」とアサシンが言い放った。
占い師がなんとか甲殻の横をすり抜けて外に出ようとした時、いきなり体が宙に浮いた。
「占い師!」振り返ったエリシアが叫ぶ!
ヤドカリは生きていた。ギリギリのところだが最後の力で占い師を道連れにしようとしている。
「くそ」とアサシンが吐き捨てて剣を担いで泳ぎ出す。
だが地に足つかない水上ではあまりにも分が悪い!
エリシアは一瞬、海水を凍らしてやろうと考えたが、それをすると二人が巻き添えになる。
「ああ! いててててて!」
大バサミがどんどん閉まっていく!
占い師、今世紀最大のピンチ!
アサシンがなんとか大バサミに取りついて無理やり開けようとするがびくともしない。
エリシアも加勢する。
「うおおおお!」
「ふんぬ!」
水位が急激に上昇を始めた!
もう腹まで浸かっている! やばい!
その時、どっからか出てきた亡霊がヤドカリの体内にスゥッと入っていった!
すると突然大バサミが開き、ヤドカリが停止。
一行はそのまま泳いで洞窟を出る。
なんとか砂浜まで辿り着いた一行はとりあえず休憩する。
「死ぬかと思ったあああ!」
占い師は生の喜びを噛み締めている。
アサシンは濡れた剣を振って水を切っていた。
亡霊はなんかずっと占い師の肩の辺りに漂っている。
とりあえず一行は待機していた馬車に乗り込む。
街に帰った後、速攻で伝説の真珠を売りにいった。
鑑定士が言うには伝説の真珠かどうかは分からないが、こんな色でこんな大きさの真珠は見たことがないという。
この真珠にはマジでやべえ値段がついた。
金を山分けした後、パーティは解散となった。
エリシアがみんなに金を渡す時、アサシンはなんか「金は別にいらん」みたいなこと言って一人でどっか行った。
なんか珍しい真珠見れただけで満足したらしい。
占い師は「明日婚活パーティだから早く寝なきゃ」とか言って家に帰っていった。肩の辺りに亡霊が取り憑いていることには気づいていないようだ。