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穴場のお祭り

作者: ねむねむね

 ——あぁ、怖かった。思わず背後に誰か立ってるんじゃないかって思って振り向いちゃったよ。心配するなって。「俺のところには」誰もいなかったから。


 ところで……さっきからお前の後ろに――。


 ごめん、ごめん。冗談だって。そんなに怒るなよ。それで、次は……俺の番か。うっかりしてた。さてさて、どんな話にしようかな。

 うーん、あまりにも怖い話ばっかり続いたから、ここらで一つリラックスとして、不思議な話をするとしよう。

 俺が、今、手に持っているこのカード。白地に大きな黒の丸印。どこにでもありそうな、シンプルなカード。でも、これは、ただのカードじゃあ、ないんだ。


 そう。このカードと出会ったのは、ちょうど半年前のこと――。





 有給を取った俺は、気分転換に秋葉原に出かけていたんだ。ここのところ仕事が忙しかったから、まともに趣味を楽しむ暇もなかった。だから、そんな機会は久々だった。

 俺たちにとっちゃあ、聖地のような場所だ。平日なのに人はたくさんいて、相変わらず、お祭りでもやっているかのような賑わいっぷりだったよ。

 メインストリートから外れて、やや細い道に入った先に、「それ」はあった。お目当ての店じゃあない。

 いや、道をもう少し進んだところにそれはあるんだが。その時は、その店よりも先に、目に入ったものがあった。


 穴、だ。


 道の真ん中に、真っ黒で巨大な穴が、ぽかん、と空いていた。あまりにも綺麗な形に空いていたもんだから、初めはそこだけ円形の影がさしているのかと錯覚したくらいだ。

 地面にしゃがみ込んでふちに触れてみて、ようやくそれが穴であるということを認識したんだ。地面が陥没したんじゃないか、と思ったけれど、改めて周りの地面の綺麗な様子を見て、その線もありえないだろう、と思った。

 じゃあ、何が原因で空いた穴なのだろうか……。

「うわー、何これ」

 突然、前方から聞こえたその声で、ハッと我に返った。顔を上げると、穴をはさんで反対側に、女の人が一人、立っていた。

 夏らしい涼しげな格好で、両手にはグッズショップの大きな袋を提げている。その袋を見て、本当の目的はそこで買い物をすることだったと思い出した。


 でも、何故かこの真っ暗な謎の穴から目を離すことができなかった。この穴について考えるのをやめることができなかった。ふとした隙に飲み込まれそうな感覚だった。それなのに、この謎の穴に対して恐ろしいだとか、そういった類いの感情はなかった。どちらかというと、古代の遺跡に無性に心惹かれるような、未知の物に対する高揚感、と表せばいいだろうか。そっちのほうが勝っていた。

「これ、何です?」

 女の人が問いかけてくる。その声で、また自分の思考ににぐるぐると入り込んでいたことに気がついた。

「穴、だと思います……」

「穴?」

 女の人の、素っ頓狂な声が聞こえた。驚くのも無理はない。こんなに不思議な穴なんて、滅多にあるもんじゃないからな。

「私が来たときには、こんなもの、なかったんです……」

 女の人は、少し怯えたような様子だった。

「ちなみに、いつ頃ここに?」

「確か……十三時過ぎ、だったと思います」

 それを聞いて、現在の時間を確認した。十三時半を過ぎていた。となると、この大穴は、この女の人が買い物をしている三十分ほどの間に出現したことになる……。

「それにしても、何なんでしょうね……」

 そう言いながら、女の人はしゃがんで穴を覗き込んでいる。結構危険な行為だけれど、なぜか、それを止めるという考えがわかなかった。

 じっとそれを眺めていると、女の人はさらに頭を深く下げ、もっと深くまで覗き込もうとしていた。そして、頭が全部、穴の中に入ろうかという時。

 女の人は、文字通り穴の中にすうっと吸い込まれてしまった。一瞬のことだった。

 ハッとして慌てて穴に駆け寄り、覗き込んだが、姿は見えない。ただ、真っ暗な空間があるのみ。やはり、相当深い穴のようだ。

 突然のことに、呆然と立ち尽くすしかなかった。

 警察に通報しよう。やっと冷静な思考になり、顔を上げた。



「あれ、どうしたんですか? 何か落としちゃいました?」

 そこには、先ほど穴に落ちたはずの女の人が、何食わぬ顔で地面にしゃがんでいた。今度はこちらがひっくり返って穴に落ちてしまいそうだった。

「いや、あなたが、穴に入って……」

「えっ。落ちた……? 私が……?」

 俺の言葉に対し、女の人は不思議そうな顔で首を傾げた。

「いやいや、そんな訳ないじゃないですかー! こんな深い穴、落ちたら絶対戻って来られませんって!」

 そうやって、冗談を笑い飛ばすかのように暢気に笑っているのだが、こちらは確かに、突然人が消えたのを目の当たりにしたのだ。

「まあ、確かにそうですけど……」

 繰り返すが、俺は確かに、彼女が落ちたのをこの目で見た。……のだが、女の人にはどうやら落ちたという認識がないらしい。これ以上主張しても、信じてもらえる可能性はゼロに等しい。そう思ったので、しぶしぶ引き下がることにした。

 まあ、見た感じは無事なようなので良かった。

 それにしても、穴に落ちたのにその人物は無傷で元の場所に戻っていて、更にはその一連の記憶もない、というのは非常に不思議なことだ。もしかしたら、この穴に何かすごい秘密があるのではないだろうか……。オカルト方面も好んでいるのでそんなことを考え、この謎の穴の正体がますます気になった。



「あの、すみません。道を聞きたいのですが……」

 あぁ、またやってしまった。そろそろ自分の世界に入り込んでしまう癖をやめたいものだ。そんなことを考えながら、声をかけてきた人物のほうに振り向いた。

「このお店までの道、分かりますか?」

 後ろから声をかけてきたのは、メガネをかけたおとなしそうな青年だった。差し出された紙には、ここから少し離れた所にある喫茶店の名前が書いてあった。

「えーと、このお店までは――」

 道順の説明を始めようとすると、青年は何かに驚いたのか、突然目を丸くした。

「あ、ああっ、すみません……。どうしても、気になっちゃって。これが」

 青年はそう言うと、例の穴に近づいていった。

「そういう、オブジェとかじゃ……流石に、ないですよね。穴かなぁ、結構深そうだ」

 青年はしゃがみ込んでぶつぶつとひとり言を呟きながら、穴をじっと見つめている。

「これ、落ちたら、どうなるんでしょうか」

 青年が、ふとそんなことを言った。

「普通に考えて、死ぬでしょ?」

 女の人は呆れ顔で答える。だが青年はそんな彼女の様子には目もくれず、すっと立ち上がってこちらにやってきた。そして、口を開く。

「あの、実はさっき……。僕も、見てたんです」

「見てた?」

「はい。偶然、さっきこの道を横目で通りすがった時ですけど……。そこの女の人が、スッて消えるところを、見てました。見間違いかな、って思ってもう一度見てみたら、やっぱりいなくなってて。男の人――あなたが慌てて何か覗き込んでいたので、あそこに何があるんだろう、って気になって……。来てみたら、女の人、戻って来てるし。原因、この穴ですよね」

 彼は早口気味で説明をした。どうやらこの青年も、女の人が穴に落ちる瞬間を目撃していたらしい。それで、女の人のほうはというと、自分が穴に落ちたことに対して未だに納得がいっていないようだ。

「こういう、不思議なの好きだし、一回やってみようかな」

 青年はそう言うと、すぐさま穴のふちに腰かけて、「よいしょ」と言うとそのまま飛び降りた。というより、体がすうっと引っ張られていくように見えた。

「ちょ、ちょっと! 嘘でしょ?」

 女の人は取り乱しているようだ。そんな彼女とは反対に、俺は落ち着いて青年が戻ってくるのを待つ。

「あれ、どうしました?」

 ほんの10秒ほどの間だった。先ほどの女の人と同様に、何食わぬ顔で無傷で立っている青年が現れた。

「『どうしました?』も何も……。ここに落ちたんじゃないの?」

 女の人は完全に混乱している。しかし、青年はきょとんとした顔で言う。

「いやいや。僕はここにいるじゃありませんか。仮に落ちていたら、大変どころの騒ぎじゃないですよ!」

 青年の方も、穴に入った、ということを覚えていないようだった。そもそも、穴に入ろうという考えまで忘れてしまっているようだ。

 ああじゃないこうじゃないと議論を交わす二人をよそに、一連の出来事を目にした俺は、この穴に自分も入ってみよう、と思った。途方もないくらい深いはずなのに、落ちた人がすぐに戻ってくる不思議な穴。

 ぜひとも、その秘密を自分自身で確かめたい。とにかく、うずうずしていた。

 俺は、穴に飛び込んだ。



 真っ暗な闇に吸い込まれていった。



 そう思った直後、楽しげな笛と太鼓の音が聞こえてきた。

 気がつくと、石畳の一本道に立っていた。その両側に、屋台がたくさん並んでいる。まるで、夏祭りのような雰囲気だった。

 そして、その一本道を進んでいく。何かに導かれるような、そんな不思議な感覚があった。

 並んでいる屋台も、不思議だった。夏祭りの屋台といえば、食べ物も定番だと思うが、見ている感じはそういう物はない。そのかわりに、射的や金魚すくいなど、遊びの屋台ばかりがある。

「お兄ちゃん。射的、やってみない?」

 少女のような可愛らしい声の、白い狐のお面を被った人物に呼び止められる。無言で頷くと、その人物はおもちゃのピストルを差し出してきた。

 それを受け取り、白い板でできた的に向かって構える。

「弾は三発だよ」

 狐面(きつねめん)の少女が言う。それを合図に、弾を発射した。

 ポン、ポン、ポン、とリズム良く出ていった弾は、見事に全部命中した。射的は苦手だと思っていたのだが、意外な結果に自分でも驚いた。

「おっ、すごいねえ。でも、大事なのはここから。さて、当たるかな?」

 少女は何やら意味深なことを言うと、俺が当てた的を回収した。

「ありゃ、残念。ハズレだ」

 少女は木の板でできた的をこちらに見せ、一つずつクルクルと裏返してみせた。

「印が付いていたらアタリなんだけれど、真っ白だからこれはハズレ。また次の屋台で頑張ってね」

 少女はそう言うと、屋台を片付け始めた。

「あれ、片付けちゃうんですか」

「一回だけの決まりだからね。ほら、次の屋台に行った行った」

 不思議な決まりだな、と思いつつも、射的の屋台をあとにした。

 その後は他にも並んでいた、金魚すくい、輪投げ……様々な屋台でゲームに挑戦したけれど、どれもハズレ。三回のチャンスはしっかり獲得できるんだが、その後がダメ。全部、真っ白。済んだ屋台は跡形もなくなっていって、その先には何もない暗闇が続いている。不思議な空間は、どんどん寂しい雰囲気になっていった。

 この場所のルールとして、それぞれの屋台につき一度しか挑戦することができないらしく、当たりが出るまで屋台を回り続ける必要があるそうだ。

 ことごとくハズレを引き続けるうちに、気がつくと、まだ訪れていない屋台はあと一つしか残っていなかった。

「いらっしゃい。運試し、していくかい?」

 ここは、くじ引きの屋台。今までと同様、屋台に立つのは狐面の人物。そろそろ、見るのがいやになってきた。というか、どの屋台も運試しみたいなものだろう。

 そんな苛立ちを覚えつつも頷いて、箱に手を突っ込む。

「チャンスは三回。さて、当たるかな?」

 まず一回。取り出したくじを開く。何も書かれていない、真っ白の紙だ。もう一度、取り出して開く。これもハズレ。

 なんと、最後の一回になってしまった。屋台もこれで最後なので、本当にラストチャンスだ。当たれ、当たれ、と念じながら、箱の中のくじをごそごそと混ぜる。

 これだ! と思った一つを掴んで、箱から取り出した。

 ゴクリと唾を飲み込みながら、その紙を開いた。


 紙は、真っ白だった。


 俺の頭も真っ白になった、という寒いことを言っている余裕はない。俺にとっては、この屋台がラストチャンスだったのだ。それなのに、ここでも全て、ハズレを引いた。

「あれ? でも、お兄さん。これが最後の屋台だね?」

 狐面が言う。当たりが出るまで屋台を回り続ける、という規則だったが、この場合はどうなるんだ? 俺はこのよくわからない空間に居続けなければいけないのか? 様々な不安が、じわじわと心に広がっていく。

「ああ。これが最後だった。でも、ハズレを引いた。俺はどうなるんだ? ここに取り残されるのか? 元の場所には戻れないのか?」

 怒りに任せてまくし立てる俺を横目に、狐面は慌てた様子で屋台の裏に引っ込んで何かを持ってきた。

「落ち着いてください。大丈夫ですから、ちゃんとお返しますから。それが、我々の規則ですし。ほら、これをどうぞ」

 焦った口調の狐面から手渡されたのは、一枚の白いカードだった。真ん中に、大きな黒い丸印が書かれている。

「これがあれば、大丈夫ですから」

「これは……何だ?」

 カードを見つめてそう聞くと、狐面は話を始めた。

「これを持って、道の突き当たりまで行ってください。大きな扉があるので、それの前にかざしてください。そうすれば、扉が開いて、戻ることができます。あぁ、あと……。お詫びとして、あなた様には、お土産も残しておきます。ぜひ、配ってください」

 なるほど。とりあえず、これで帰れそうだ。お礼を言って屋台を離れ、言われたとおりに道を進んで、突き当たりまでやってきた。

 不思議なことに、それまでは闇に包まれて何もなかったはずの場所に、お城の門のような見た目の大きな扉が現れた。

 カードをかざすと、扉が音を立ててゆっくりと開いた。暗い闇が広がっていたが、俺は躊躇なく進んでいった。

 足を踏み入れてすぐに、闇が体を包み込むような感覚がして、そのうち、目を開けているのか閉じているのか、わからなくなった。


 目を開けた。そこは、秋葉原のあの場所だった。

「ちょっと! いきなり穴に飛び込んで……って、その記憶はないんでしたっけ……」

「いや、覚えてますよ」

 慌てた様子の女の人にそう返すと、二人は驚いていた。俺は、穴に落ちた後に体験した、あの不思議な出来事を詳細に話した。土産は配れ、って言われていたから問題ないと思った。

「へぇー、そんなことが……」

 青年のその反応を聞きながら、何気なくポケットに手を入れると、スマートフォンともう一つ、何か入っているのに気がついた。ポケットからそれを取り出すと、まさしく、くじ引きの屋台でもらったあのカードだった。

「そう、これ。これをもらったんだ!」

 二人がカードに注目する。すぐに、二人は自分の手荷物を調べ始めた。すると、二人の持ち物からも、そのカードが出てきた。同じ、黒い丸印が書かれたカードだったけど、女の人のほうは木の板のような素材のもので、青年のほうは水に濡れたような跡がついた紙だった。

 それぞれがもらったものを見せ合っていると、いつの間にか穴は消えていた。何事もなかったように、周りとおんなじ地面が、そこにあった。でも、俺の記憶と、それぞれがもらったカードは、しっかりと残っていた。不思議なことだなぁ、って口々に言った。

 その後は、各々用事があるということですぐに解散した。記憶が残っているのは俺だけだったし、ここでずっとだらだら話をしてもしょうがなかったし。

 自分としては、穴の謎は分かったし、用済みだったからね。

 ちなみに、その一週間後くらいに、また同じところに行ってみたんだ。やっぱり、穴なんてなかった。

 いやー、不思議だね。


 これで、話はおしまい。



 ……どうだった? お題があるとはいえ、やっぱり即興って難しいな……。よくこれで……ええと、5、6、70……。74個も話ができてるよな。あぁ、俺ので75か。ついに、4分の3だぜ? すげぇな、あとちょっとだよ……。

 ちなみに、これは小学生の時の本当の話がもとになってんだ。本当に見つけたんだ。地面に綺麗に空いた、デッカい穴を。カードの模様を見て、思い出したんだ。

 おいおい、流石に入ってはないぜ? そんなことしたら、無事じゃ済まないだろ。

 でも、もしかしたら、穴の中ではこんな不思議なお祭りが開かれていたのかもしれないな。もし、お前らがそんな穴を見つけたら、入って確かめてみてくれないか? 俺は怖くてできやしないから。

 はははっ、なんてな。冗談だよ。





 じゃあ、そろそろロウソク、消してもいいか?

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