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紅茶は美味しい喫茶店

紅茶は美味しい喫茶店 3

作者: 瀬嵐しるん

私、リホ。

ただ今、妊娠中。


夫ケイスケが新婚早々、結果を出しました。

さすがスパダリ。


だが、ケイスケよ、溺愛対象がいないとスパダリは完成しないんだぜ。

君がスパダリでいられるのは、このリホちゃんのお陰だ。

感謝しなされ。


……などと、心の中で思っていると、私の顔を覗き込んだケイスケがチベスナの目をした。


「妊娠すると母性が滲み出て来るっていうけど、リホはなんか違う」


「一味違う妊婦リホは嫌いかね?」


「いや、大好きだけども」


臆面もなく言ってくれちゃう。


ねえ、ここ、私たちが営む喫茶店のキッチンなんだけど。

お客さん、いるんだけど。



すぐそばのカウンターで定食を食べていたサカキさんが、顔を上げて営業スマイルをした。


テーブル席を片付けて戻って来たマルヤマさんが、ウフフと笑う。



サカキさんはケイスケの友達だ。

ケイスケより十五歳年上で、職業は弁護士さん。



それを聞いたとき思わず

『ケイスケ、私の知らない間に弁護士さんにお世話になるようなことがあったの?』と訊いてしまった。


だって、気になる。

私はこれまでの人生、ドラマや映画以外で弁護士を見たことがないのだ。


『ゲーム友達ですよ』


サカキさんがすぐに教えてくれた。


ケイスケが高校生の頃、ネットゲームで知り合ったんだそうだ。

ちょっとした気晴らしでゲームをやってみたサカキさんが、意外とややこしくて困っていたところで、たまたま知り合ったケイスケに助けられたという。


『店を始める時に、調べてわからないことは相談に乗ってもらったんだ』


『弁護士さんって、お高いのでは?』


『そこは友達割引で?』


『何割?』


『ケイスケ君は友達だから、相談だけならタダですよ』


まあ、なんと、うちの夫は素晴らしい友人を持っている。



シンクで洗い物を始めたマルヤマさんは、私より五歳年上の素敵なお姉さんだ。

喫茶店の上にある賃貸マンションに住んでいる。


ちょっと前に勤めを辞めたので、昼に時間が出来たんだとか。

そうなって初めて、マンションの一階にある喫茶店に来てくれたそうだ。


私の料理を気に入ったと、常連になった頃。


『でも、そのうち、しばらく店を閉めるかも』


『ああ、そうなのね』


『これだけ、お腹大きくなってきたら』


私はぎりぎりまで頑張れるかなと思ったのだが、ケイスケがあまりに心配するのだ。

ケイスケのメンタルのためには店を閉めねばならぬ。


私が料理をしなければ当然、夜の営業は出来ない。

だが、お昼の素うどんくらいならケイスケでも出来るはずなんだけど、な?


何回か通って、この喫茶店の実情を把握したマルヤマさんは

『お昼だけなら、私でも手伝えそうよ』と申し出てくれた。

ケイスケは当てにならないので、非常にありがたい。


お昼は固定メニュー(トキワスペシャルとか)と、ある程度、冷凍食品も使った定食を考えてマルヤマさんにキッチンに入ってもらうことに。


『料理の腕は普通よ』と言っていたが、手際の良さはなかなかのもの。

店を切り盛りする、ということに向いている。




「いや、しかし、オーナーの溺愛ぶりったら!」


マルヤマさんは、ケラケラ笑う。

彼女はかなり美人な上に表情が豊か。


「ぶっちゃけるとね」


ちょっと真面目な顔で言う。


「このお店で、内輪の披露宴やってたでしょう?

たまたま外を通ったから私、それを見てたのよね」


ああ、今だったら一緒に盛り上がれたのに。残念。


「それでリホちゃん、ヴィンテージのすんごいドレス着てたじゃない。

どんな、お金持ちよっ!! って外から突っ込んだわ」


あー、ねー、馬子にも衣裳的なアレね。


「最初に、ここのお店に来たのも偵察だったの」


「偵察?」


「そんなすんごいドレスを買ってくれるダーリンが、私になびきそうな男だったらチャンスあるかなって」


いや、ドレスは借り物でしたけどね。

それはともかく、すごいカミングアウト来た。


「モテてますよ、スパダリケイスケさん」


「へ?」


シチューの味見をしていた私を、いかに休ませるか考えて、近くまで椅子を運んでいたケイスケは話を聞いてなかった。


「ね、オーナーはリホちゃん以外の女性はオンナじゃないのよ。

アホらしくて、即撤退。

でも、リホちゃんの料理が美味しいから、図々しく通い始めたのよ」


マルヤマさんは話し上手だな、と思って聞いていたが、はっと気づいた。

目の前のカウンターにいるのは、弁護士のサカキさんだ。


「サカキさん、これって、なんか罪になったり?」


不倫とか不貞とか、なんかかんかの?


「う~ん、リホさんが気分を害したと訴えることは出来るかもしれませんが、お薦めはしませんね」


あ、そんな程度なんだ。良かった。


「それに、すごいドレスを目撃した、という段以外はマルヤマさんの作り話ですよね?」


「あらん、ばれちゃった!」


マルヤマさんはペロッと舌を出す。


「ごめんなさいね。

リホちゃんは、こういうノリでも笑って流してくれそうで、ちょっと甘えちゃった」


「いえ、大変面白いお話でした!」


私が尻尾を振っていると、ようやく話について来たケイスケが頭を押さえる。


「リホ、少しは嫉妬とか危機感とか……」


「なんで?」


「リホが病院に行っている時、マルヤマさんと二人きりになったら……とか心配しないのか?」


サカキさんが、むせそうになって、慌ててお茶を飲んだ。

マルヤマさんは、さっと新しいおしぼりを出す。



私は真顔でケイスケに告げた。


「病院に行く時、絶対、ケイスケが付き添いに来るよね?」


「行くに決まってる! ……あ!」


通院ですら、毎回付いてくるのだ。

二人きりになるはずのない二人を、どう心配しろと?


ケイスケは私の出産に備え、個人的な要望にかなり応えてくれる産科病院を探し出した。

家族用の控室(泊まれる)だとか、私には思いもつかない。

特別な対応には、特別な料金に決まってる。


『リホはなんにも心配するな』

と見積書すら見せてくれなかったけど。


いや、ケイスケが稼いだお金だし、ケイスケが好きに使えばいいんだけど。

気にならない、と言えば嘘になる。



「はいはい、ご馳走様!

ところで私、いつまでここに居ていいのかしら?」


マルヤマさんは既に戦力。

出産後もすぐに復帰できるわけじゃないから、居てもらえると助かる。

子育てには義父義母も協力するって言ってくれてるけど、やはり中心は私になるのだし。


「二、三年は居てもらえると助かりますが、ここで働いても、あまりお金になりませんよね?」


マルヤマさんはブランド服が目利きできるほどの人。

それなりな高給取りだったと思う。


「お金のことはいいのよ」


「え、もしかして資産家のご令嬢とかですか?」


「いや、まさか」


大笑いされた。

でも、美女だし洗練されてるし、と褒めれば


「リホちゃん、褒め過ぎ。嬉しいけど」


とちょっと照れた。可愛い。



それからマルヤマさんは、自分のことを話してくれた。


「オフレコでお願いするけど、実は私、某大会社の重役秘書をしてたの」


秘書さんか、ますますカッコいい。


「上司だった重役が女癖の悪い人でね。

けっこう、後始末させられてたのよね」


とっかえひっかえで捨てられた女性に、手切れ金を持って謝りに行ったことも何度もあるそうだ。


「ところが、ちょっと質の悪いのに声かけたらしくて、拗れてねえ」


マルヤマさんは、いつものように気楽に構えていた上司に代わって奔走した。

本当に大変だった、としみじみ言う。


「なんとか相手を説き伏せたんだけど、会社に噂が広がっちゃって」


その重役は、会長の娘婿だったので簡単には辞めさせられない。

結局、中心になって騒動を収めるために頑張ったマルヤマさんが不手際の責任を取らされて辞めることになったそうだ。


「え、それは酷い」


顔を上げたサカキさんも、眉間にシワを寄せている。


「うん、まあ不名誉な感じにはなったけど内々の話で済んだし、同じ業界で再就職するのでもなければ関係ないわ」


男前発言。カッコいい!


「それに、退職金も色付けてくれたしね。

おまけに上司の奥さんが直接謝りに来て、慰謝料的な物もいただきましたし」


しばらく遊んでても大丈夫、と笑う。


「それでも、悔しいんじゃないですか?」


「そりゃあ、ねえ。だけど、上司の奥さんが頭を下げて言ったのよ」


『私の管理が甘かったばかりに、申し訳ございませんでした。

今後は不祥事を起こさせないよう、きっちり飼い殺しますので。

なんとか、今回はお許しください』


うわ、怖!


「それ聞いたら、むしろ上司が気の毒になって……

それに、そんな処分を下すような会社にこだわるのもバカバカしいじゃない」



ごちそうさまでした、と手を合わせたサカキさんが言う。


「幸福になることに執着しすぎて、不幸になる人は多いですからね。

切り捨てにくいものほど、あっさり手放す方がいいこともあります」


おおー、さすが弁護士さんだー。勉強になります。



「サカキさん、ありがとうございます。

自分の選択に迷いがなくても、肯定してもらえると自信が強まりますものね」


マルヤマさんは、ペカーッっと眩しい笑顔だ。



マルヤマさんの話に合わせて私が百面相していたので、ケイスケは心配そうに私の顔ばかり見てる。



「年単位で居てもいいなら、バリスタの勉強しようかしら。

私、珈琲が好きなのよ」


「いいですね、是非是非」


ケイスケも、そういうことなら道具を揃えるので相談してください、と言う。



会計を済ませたサカキさんが、少し考えるようにして口を開いた。


「私も珈琲党なので楽しみにしてます。

それから、そのうちマルヤマさんが仕事を探されるようなら、うちの事務所も候補に入れておいていただければ嬉しいです。

そのキャリアは大変な価値がある。

問題は、それに見合う給料を私が出せるかどうかなんですが……」


「まあ、ありがとうございます。なんだか、報われた気がします」


サカキさんは、見た目普通のおじさんだ。

でも、なんか深みがある。

大人のカッコよさがある。


そういうわけで、私的に美男美女認定の二人の恋の予感を勝手に妄想した。


ニマニマしている私を見て、ケイスケがまた心配そうな顔をする。

別に、妊婦だから情緒不安定なわけではない、と説明してやらねばなるまい。


「いらっしゃいませ」


新しいお客さんが来たので、説明は今夜。

でも、最近はお風呂の後、すぐ眠くなっちゃうんだよなー。

ケイスケが肩とか揉んでくれるので、気持ちよくて。


でも、今夜はちゃんと言う。

最初の言葉はこうだ。


『いつも心配してくれて、ありがとう。大好き、ケイスケ』


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― 新着の感想 ―
[一言] 小説家になろうで、異世界物ばかり好んで読んでました。 でも瀬嵐しるんさんのお話しは面白くて、覚悟を決めて(笑)紅茶は美味しい喫茶店を読んでみたらやっぱり面白い。 すごいですよね、これだけ楽し…
[一言] 続きはよ:(;゛゜'ω゜'):
[良い点] ニヤニヤしてしまいますね。 スパダリ、よいですな~。
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