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30.とびきりにぎやかな冬

 秋に予想していた通り、今年は雪が多かった。あっという間に私の腰まで雪が積もり、辺りは一面真っ白になってしまった。


 コンラートの青空教室は、冬の間はお休みだ。私の狩りも、こうも雪が多いとどうしようもない。


 だから私たちは、毎日のように家にこもっていた。時々晴れ間を狙って家と森の小道の雪かきをする以外は、ほぼずっと家の中にいた。


 準備をしっかりしていたおかげで食料もたくさんあるし、もし足りなくなったら宿場町に買いに行けばいい。春から二人でせっせと貯めたお金を数えてみたら、結構な額になっていたのだ。


「これなら、ちょっとしたぜいたくもできそうだな」


「うん。でも、いざという時に備えて取っておこう」


 そう答えると、コンラートはふと考え込むような顔をした。


「……ゾフィー、確かに君の言う通りのなのだが、少しだけ使ってもいいだろうか」


「もちろん。このお金は、あなたが稼いだものだから」


「私たち二人で、だろう。それはともかく、恩に着る」


 にっこりと笑いながらお金を少し手に取ったコンラートに、ふと尋ねてみた。


「……何に使うの?」


「秘密だよ、今は。楽しみにしていてくれ」


 そう答えるコンラートは、いつになくいたずらっぽい顔をしていた。何をたくらんでいるのかは気になったけれど、後で教えてくれるというのなら、今根掘り葉掘り聞く必要もないだろう。


 残りのお金を大切にしまいこんで、私たちは居間に向かった。今日も吹雪いているので、家の中でのんびり過ごす。いつも食卓として使っている大きな机に向かい、それぞれやりかけの作業を再開した。


 コンラートは彫りかけの小さな木の板を手に取り、器用に小刀で続きを彫っている。彼が今作っているのは、この辺りでは一般的な置物だ。花畑に立つ小人を模した、縁起のいいものだ。


 私の家に置いていたものが古くなったので、新しいものを作ってもらえないかとコンラートに頼んでみたところ、彼はあっさりと同じものを彫り上げてくれたのだ。


 それを見たテオが「この出来なら十分売りに出せるぞ。置いてくれそうな店を知ってるから、もう少し作ってみたらどうだ」と言い出し、冬の間にいくつか作ってみようということになったのだ。


 そうしてコンラートは、せっせと置物をこしらえるようになったのだ。伝統的なものから、彼が思いついたものまで。元貴族だからなのか、彼は美的感覚に優れていた。私にはとても思いつかないような、優美で華やかなつくりの置物が、日に日に増えていった。


 本人は、あくまでも趣味のつもりらしい。そのついでに、ちょっぴり稼げれば嬉しいと、そう語っていた。今の私はあくまでも教師なのだからと、彼はそう主張していた。


「こら、危ないぞアーデルハイト。こちらには刃物があるのだから」


 子猫のアデルが机の上を走り回り、転がっていた木くずで遊び始めた。彼女はまだ自力では机に上がれないのだが、座っている人間によじ登って、そこから机の上に飛び乗るようになってしまった。なんともたくましい。


「こっちおいで、アデル」


 自分の作業の手を止めて、転がっていたひもを手にする。そのままひもをひらひらと振ってやると、彼女は金色の目を輝かせてこちらに飛びかかってきた。


 私が作っているのは麦わら細工だ。村の農家から買い入れた麦わらを編んで、帽子や袋などを編んでいく。春になったら、宿場町に売りに行くのだ。こちらもちょっとした小遣い稼ぎになるし、毎年腕が上がっていくのを実感できるのは楽しい。


 ひもを振り回して右へ左へアデルを走らせながら、ぼんやりと考える。去年の冬は、とても退屈だった。時間が恐ろしくゆっくりと流れていた。ただ毎日をぼんやり過ごすのは、うんざりするほどの苦痛だった。


 でも、今年は違う。跳ね回るアデル越しに、微笑むコンラートを見つめる。彼の後ろの床では、猟犬たちが安心しきった顔で寝そべっていた。


 作業が終わったら、またゲームに誘ってみようか。おととしの冬に、よくそうしていたように。アデルに邪魔されそうな気もするけれど。


 お喋りをするのもいいかもしれない。彼とは毎日顔を合わせていて、色々なことをいつも話しているというのに、どういう訳か話の種はちっとも尽きないのだ。他人とあまり関わりたがらなかった無口の私が誰かとお喋りをしたいなどと考える日がくるなんて、思いもしなかった。


 これは夢ではないかと思ってしまうくらいの幸せが、今私の目の前に広がっている。そうして、これからも。


 そんなことを考えていると、自然と笑みが浮かんでくる。うっかり止まってしまった私の手に、アデルが飛びついた。もっと遊んでよ、と言わんばかりにみゃあみゃあ鳴いている。


「よしよし、次はこっちだアーデルハイト」


 端正な顔を思いっきりゆるませて、コンラートが麦わらを一本拾い上げた。虫のようにかさかさと動かすと、アデルがくるりと振り向いてそちらに飛びかかっていく。


 全身を使ってアデルを遊ばせているコンラートが面白いのか、猟犬たちも起き上がってきて彼らを取り囲み、見物し始めた。


 私はまた麦わらを編みながら、目の前に並んでいる大切なものたちを黙って眺めていた。真冬だとはとても思えないくらい、胸が温かかった。






 そうしているうちに、一年の最後の日になった。その日の夕方、ふらりとテオが顔を出した。扉が叩かれたので玄関を開けると、下半身雪まみれの彼が立っていたのだ。


「よっ、久しぶり。ここ二日ほど晴れたおかげで歩きやすかったけど、そうでなかったらここまでたどり着けなかったかもな」


 靴とズボンについた雪を払いながら、テオは明るくそう言った。


「どうしたの、急に」


「ん? お前は聞いてないのか。コンラートに呼ばれてきたんだよ」


 不思議に思いながらくるりと振り返ると、いそいそと何かの準備をしているコンラートの姿が目に入った。どこに隠していたのか、保存のきくフルーツケーキや、果実酒の瓶などが次々と食卓に並べられていく。


「新しい年を、彼と一緒に祝いたいと思ったのだ。彼は君の兄のようなもので、私にとっても友だからな」


 彼はさらに、料理が入っているらしい鍋を持ってきた。そういえばここ数日、彼は台所で何やら忙しくしていた。


 何をしているのだろうと尋ねたのだけれど、彼は楽しげに片目をつぶって、後でのお楽しみだ、というばかりだった。どうかこの鍋は触らないでくれ、という謎のお願いをしていたから、何となく見当はついていたけれど。


「……内緒で、このお祝いの準備をしていたの?」


「ああ。どうせなら君を驚かせたくてな。料理ももうほとんどできているし、テオも来てくれた。今年は、楽しい年越しになるぞ」


 コンラートは明るい声でそう答えつつも、どことなく不安げな顔をしていた。私に黙ってこれだけの準備を整えたものの、私が喜ぶかがどうか気になっているのだろう。背後のテオも、何も言わなかった。


 精いっぱい顔の筋肉を動かして、大きな笑みを作る。胸の内にこみ上げる思いが、きちんと顔に出るように。


「うん、楽しみ」


 その一言で、やっと場の空気がやわらいだ。玄関に立ったままだったテオが、にっこりと笑いながら数歩踏み出した。


「おわっ!? なんだこいつ!?」


 次の瞬間、テオが短く叫んだ。見ると、彼の背中をアデルが一気によじ登っている。彼女は肩までたどり着くとわざと耳元でにゃあにゃあと大声で鳴き、テオをさらに驚かせていた。


「子猫。こないだ拾った」


「……つくづく、お前は変なものを拾う星のもとに生まれてるんだな、ゾフィー」


「否定できない」


 顔を見合わせて苦笑する私たちを、コンラートはきょとんとした顔で見ていた。




 それからコンラートは軽やかに台所を動き回り、あっという間にたくさんのごちそうをこしらえてしまった。前から少しずつ、下ごしらえを済ませていたらしい。


 食卓いっぱいに、あふれんばかりに皿が並ぶ。うちにこんなに皿があったかな、と思って良く見れば、そのうちのいくつかは真新しい木の皿だった。こんなものまで、コンラートはきちんと用意していたらしい。


 猟犬たちやアデルにも、ちゃんとごちそうが用意されていた。「彼らも私たちの大切な家族なのだから、仲間外れにするのはかわいそうだろう」とコンラートは胸を張っていた。


 そうして、みんなでとびきりのごちそうを口にする。一口食べたとたん、テオが歓声を上げた。


「……お前、また料理の腕を上げたか? 前にごちそうになった時より、ずっとうまいぞ、これ」


 彼の言う通り、今日のごちそうはとびきりおいしかった。私もこくこくとうなずくと、コンラートがひときわ嬉しそうに笑い、胸を張る。


「ゾフィーに少しでも美味なものを食べてもらいたくて、日々研究しているのだ」


「その心意気は感心するぜ。これなら、安心してゾフィーを嫁にやれる日も近いかもな」


「テオ、気が早い」


「気が早くなどあるものか。私はいつだって、君のことを」


「コンラート、それ以上言わない」


 自分の分の食事をさっさと終えて私の肩に乗っていたアデルを引きはがして、コンラートの顔面に押しつける。アデルは大喜びで、コンラートの顔にしがみついた。


 大あわてでアデルを下ろそうとするコンラートと、そんな彼を見て大笑いするテオ。猟犬たちもやってきて、そんな二人を取り囲んでいる。


 目の前の大騒ぎを見ながら、私はふうとため息をついた。心から満足しきった、幸せの吐息だ。


 自然と、笑みが浮かんでくる。コンラートと出会えて、彼が戻ってきてくれて、こうして一緒に過ごすことができて。しかもテオも一緒で、もちろん猟犬たちもいてくれる。さらに、アデルがやってきて一気に騒がしくなった。


 寂しさも退屈も、無縁の日々だ。こんな日が、きっとずっと続くのだろう。自分が世界一の幸せ者のように思えて、食卓に頬杖をついたままそっと目を閉じた。


 昔はとても静かだった家の中は、温かな声で満ちていた。

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