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25.秋のお祭り

 コンラートが言うには、私には踊りの才能があるようだった。彼が教えてくれた貴族の踊りの数々を、私はあっさりと覚えてしまったのだ。


 彼はそのことを、青空教室の子供たちに話していた。ゾフィー先生は、とても踊りがうまいのだと。ちょっと自慢しているようにも聞こえた。


 そしてその日の授業が終わってから、子供たちはあれこれと私に踊りを教えてくれた。村の祭りなどの時に踊る、素朴な踊りだ。私はこれも、すぐに踊れるようになった。


 そうやって村の広場で踊っていると、騒ぎを聞きつけたのか、村の踊り上手たちがわらわらと集まってきた。


 彼らは私たちに見せつけるように、村に伝わる伝統的な踊りを片っ端から披露し始めた。かなり動きが激しくて複雑な、派手な踊りだ。しばらくじっと眺めていたら、その踊りも覚えてしまった。


 踊り上手たちは大喜びだった。さらにみんなで大騒ぎしながら、次々と踊りについて教えてくれた。彼らによれば、私は大いに見込みがあるらしい。十年に一度の逸材などとまで言われてしまった。


 今までの人生で、そもそも踊ろうとしたことがなかった。そのせいで気づかなかったのだけれど、こうやって色々な踊りを覚えるのはとても楽しい。それに、素質があると言われたのも嬉しかった。


 二人で家に帰ってから、私は家の前の空き地でくるくると踊っていた。祭りの劇のための踊り、子供たちが教えてくれた踊り、踊り上手たちが教えてくれた踊り。それらをおさらいしようと思ったのだ。


 そうしていると、玄関の扉が開いてコンラートが顔を出した。彼は足を止めて、私の動きに見入っている。


「本当に君の舞いは見事だな。その気になれば、そちらでも生計を立てられそうだ」


「褒めてくれてありがとう、でも私は狩人」


「ああ、分かっているさ。ただこれからは、祭りや何かの機会に、折を見てみなの前で披露していくのもいいかもしれないな」


「恥ずかしいから嫌だ」


「そう言うと思った。しかし私は、みなに自慢したいのだ。私の恋人は、こんなにも美しく生気にあふれた素晴らしい人なのだと」


 堂々と胸を張るコンラートに近づき、彼の荷物を受け取る。得意げに胸を張る彼の袖を引いて、話を中断させる。


「そろそろ、ご飯を作ろう。ずっと踊ってたから、お腹空いた」


 いつまでもこんな話を続けていたら、恥ずかしさで頭から火を吹きそうだ。そう思いつつも、彼に背を向けたとたん笑みが浮かぶのをこらえることができなかった。






 そうして祭りの当日、私とコンラートはお祭り用の服に着替えていた。私は白いブラウスの上に、濃紺のベストとスカート。コンラートは白いシャツに濃紺のベスト、それに明るい砂色のズボンだ。この地方で昔から着られている、伝統あるつくりのものだ。


 ベストにはたっぷりと花のししゅうが施されている。このベストを縫えるようになったら一人前の娘として胸を張って嫁にいける、この辺りではそういうならわしになっている。


 幼い頃に母を亡くし男手一つで育てられた私だったが、このししゅうについてはわざわざ村まで習いに行かされていたのだ。だから二人分の服をあつらえるのも、自分一人でなんとかなった。


「君がわざわざ仕立ててくれた服をまとって歩くというのは、なんとも誇らしい気分だ」


 荷物を抱えて村を目指しながら、コンラートは心底嬉しそうに笑み崩れていた。その笑顔を横目で見て、こっそりと口元だけで笑った。


 彼はさっきからずっと、こうして私の作った服を褒めたたえてくれている。正直くすぐったくてたまらないが、それが嬉しいのも事実だった。どうも、珍しいことに私も少しばかり浮かれてしまっているらしい。


「おお、これは見事だ」


 村に着くなり、コンラートが感心したような声を上げる。普段見慣れた村は、驚くほど姿を変えていた。


 村の広場には木の舞台が作られ、その周囲では着飾った人々が和やかにお喋りをしている。そして広場の外周には大きな机がいくつも置かれ、みなが持ち寄った料理がずらりと並んでいた。


 いつもの青空教室は、広場の片隅にある木の下で開いている。その木にも、今は色とりどりの布が結ばれて、すっかり華やかになっていた。


「あっ、コンラート先生とゾフィー先生だ!」


 私たちの姿をいち早く見つけた子供たちが、一斉に駆け寄ってくる。みんなおそろいの服を着て、精一杯めかしこんでいる。


「やあ君たち。約束通り、私お手製のシチューを持ってきたよ」


 コンラートはそう言いながら、手にした鍋を大机の空いたところに置く。子供たちの間に、歓声がわき起こった。


「わあい、やったあ!」


「楽しみ!」


 子供たちのはしゃぎっぷりに、コンラートが照れたように笑った。


 この大騒ぎの原因を作ったのは、実は私だ。


 それは青空教室の手伝いに行って、子供たちと話していた時のことだった。子供たちはいつも無邪気に、私とコンラートとのことについて知りたがっていた。


 しかしコンラートに返事を任せておくと、彼はどんどん余計なことまで話し始めてしまうのだ。「甘いものを口にした時のゾフィーの顔が愛らしい」などと言い出した時は、さすがに全力で彼を止めにかかった。子供たちは、もっと聞きたそうにしていたけれど。


 だからそういった質問については、私が主に答えることにしていた。コンラートのように余計な感想を付け加えることなく、淡々と答える。


 そんな私が、一度だけうっかり口を滑らせてしまったのだ。コンラートの作るシチューは、それはおいしいのだと。


 コンラートは感激した様子で私に迫り、両手をしっかりと握りしめる。それを見て、子供たちは大いにはしゃいでいた。


 それ以来、子供たちは事あるごとにつぶやくようになったのだ。コンラート先生のシチューが食べてみたいな、と。


「ようやく、子供たちの願いをかなえてやれるな」


 さっそく子供たちにシチューをよそってやりながら、コンラートが嬉しそうに微笑む。子供たちは一心不乱にシチューをたいらげ、満面の笑みでお代わりをねだってくる。おいしかった、もっと食べたいと、そう言いながら。


「……すぐになくなりそう」


 いつの間にか、シチュー待ちの行列に大人たちも加わり始めた。女性たちは、今度作り方を教えておくれよ、とコンラートを取り囲んでいる。


 私はとても温かい気持ちで、次々とシチューをよそい続けた。




 シチューが品切れになってから、私とコンラートは連れ立って村の中を見て回った。村のはずれの方では、力比べや弓矢の腕を競い合っている者たちがいる。また別の一角では、手作りの竹笛や太鼓で、楽しげな曲を演奏している者たちもいた。


 そんな人たちを眺めながら歩いていると、突然声がかけられた。


「よっ、二人とも」


 声の主はテオだった。数歩離れたところでは、村の若い娘がにこにこと笑いながら彼を見つめている。どうやらついさっきまで、彼は彼女と話していたようだった。


「テオ、あなたも来てたんだ」


「ああ。店のお客さんが、誘ってくれたんだ」


「ここで会えて嬉しいよ。あいにくと、私のシチューはもうなくなってしまったんだ」


「ああ、見てたよ。ものすごい人気だったな。……良ければ、またゾフィーの家にお邪魔して食べさせてもらえると嬉しいぜ」


「……君ならいつでも喜んで招待するが、そこは『お前たちの家』と言って欲しかったな」


「気にするの、そこなの」


「妙なところにこだわるな、お前」


 私とテオが同時に呆れた声を出すも、コンラートはきりりと顔を引き締めて胸を張った。それからテオに向き直り、ほんの少し声をひそめる。


「しかし、君も隅に置けないな」


 コンラートの視線の先には、テオを見守っている娘がいる。私たちと目が合うと、にっこり笑って会釈してくれた。


「そ、そんなんじゃねえよ。あの子はただ、祭りに誘ってくれたってだけで」


「そうかそうか。君にも私とゾフィーのような、運命の相手が見つかるといいな」


 あからさまに照れるテオに、コンラートがにやりと笑う。しかしテオはすぐに眉間にしわを寄せて言い返した。


「運命の相手って、行き倒れがそのまま居座っただけだろうが」


「それを言われると返す言葉もない。ただあれは、まぎれもなく運命だったのだ。あの日、私に水を差しだしていたゾフィーの黒髪に日の光がきらめいて……まるで天使のように見えた」


「お前、ほんとこそばゆい言い回しが得意なのな」


 いつも通りの、仲がいいのか悪いのか分からない掛け合いからそっと目をそらし、周囲の様子をうかがう。


 周囲のあちこちで、人々が親しげに話し込んでいる。特に若い男女は、積極的に動き回り、色々な相手に声をかけて回っているようだった。


 あまり鋭い方ではない私にも、ぴんときた。このお祭りは、若者たちが恋人を、将来の伴侶を探す場でもあるのだと。


 明るくてさわやかで、そして気のいいテオは、どうやらかなり人気があるようだった。離れて彼を待っている娘だけでなく、他の女性たちもちらちらと彼の方を見ている。


「……テオ、連れの子が待ってる」


 まだ続いていたコンラートとテオの掛け合いに、口をはさんで止めさせた。この二人を見ていると、猟犬たちのじゃれあいを思い出す。互いに大きく口を開けて激しく戦っているように見えるのに、どちらもまったくの無傷なのだ。


「そういやそうだった。じゃあ、俺は行くぜ。劇、楽しみにしてるからな!」


 そんな言葉を残して、テオが軽やかに歩み去っていく。祭りに浮かれていた気持ちが、すっと引き締まった。そう、この後私たちは、劇に出るのだ。そのことを、思い出してしまったせいで。


「また緊張しているのか、ゾフィー。大丈夫だ、君は今まで十分に準備をしていたじゃないか。それに私もついている。きっと、いや必ず大成功だ」


「今朝も同じこと、言ってた」


 そう答えつつも、胸の中は感謝でいっぱいだった。彼は私が不安になるたびに、こうやって何度でも励ましてくれる。彼がいれば、きっと大丈夫だ。


「……でも、あなたの言う通りかもしれない。一緒に、成功させよう」


 私のそんな言葉に、コンラートは泣きそうな目でにっこりと笑った。


「ああ、もちろんだ。劇の準備が始まるまでは、まだ少し時間がある。今のうちに、もっと祭りを楽しんでおこうではないか」


 それから私たちは、さらに村の中をぶらぶらと歩いていた。他の男女がそうやっているのと同じように、腕を組み、寄り添いながら。

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