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20.試練の結果

 コンラートの青空教室が始まってから一か月、私たちはその成果を目の前にして呆然としていた。悪かったのではない。思っていたよりもずっと、良かったのだ。


 私たちがこの青空教室を開くにあたって、一番気を使ったのが授業料のことだった。この辺りの村は貧しくはないが、かといってそこまで余裕がある訳ではない。


 だから私たちは何度も話し合って、慎重に慎重に授業料を決めた。私たちの目的は、コンラートがきちんと私を養っていけるということを、テオに示すこと。そしてそれからも、コンラートが教師として働き続けること。そのために、低すぎず高すぎず、ちょうどいい値段を考える必要があったのだ。


 もっとも、今の私たちは試練とは関係なしに、青空教室を続けていくことが楽しくなってしまっていたのだけれど。元から人が好きなコンラートは生き生きとしていたし、私も子供たちとの時間は悪くないと、そう思えていた。


 そうして今日、私たちは一か月分の授業料を集めたのだ。前もって子供に持たせてくれている家もあったし、こちらから出向いていった家もあった。


 ありがたいことに、どこも気持ちよく授業料を支払ってくれた。コンラートの働きが認められたのだ。彼の隣を歩きながら、嬉しさと誇らしさに顔がほころぶのを感じていた。


 そして家に戻ってきた私たちは、猟犬たちと一緒に、玄関にどんと置かれた背負いかごを見つめていた。その中には、土がついたままの新鮮な野菜があふれんばかりに詰め込まれている。


「まさか、こんなことになるとはな。……嬉しい誤算だ」


 そうつぶやくコンラートの頬はほんのりと赤く、その目は潤んでいた。


 授業料を回収しにいった先々で、親たちが色々なものをおすそわけしてくれたのだ。いつもお世話になっているから、子供も楽しそうにしているからそのお礼に、などといった言葉を添えて。


 もとから感動しがちなコンラートはそのたびに言葉につまっていた。村の人たちはそんな彼をとても温かな目で見守っていた。


 そんなことが続いてしまい、ついに私たちは野菜を入れるかごを借りる羽目になってしまったのだ。ずっしりと重くなったそれは、村の人たちの気持ちをそのまま表しているようだった。


「良かったね」


「ああ。頑張ってきたかいがあった。……本当に、良かった」


「まだこれからも、頑張るんでしょう?」


「もちろんだ。きっとこれならテオも認めてくれるし、君を養うだけの稼ぎを得ることもできるだろう。それに」


 コンラートが言葉を切る。感極まっているらしく、もうすっかり涙声になっていた。


「……あんなに子供たちが喜んでくれるなんて、思いもしなかった。それに、親たちからも感謝されてしまった」


 肩を震わせている彼に近づき、そっと手を握る。彼はとても力強く手を握り返してきた。いつもなら、もっと優しく握り返してきただろうに。


「私は、嬉しい。胸がとても温かくて、踊り出したくなるくらいに跳ね回っているんだ。貴族として暮らしていたなら、きっと一生こんな思いを知ることはなかった」


 彼の手にさらに力がこもる。彼は私に向き直ると、そのまま肩に額を乗せてきた。淡く柔らかな金の髪が、ふわりと私の頬をくすぐる。


「ありがとう、ゾフィー」


 その短い一言に、とてもたくさんの思いがこもっているように感じられた。私は黙ったまま、空いた手を彼の背中に回した。穏やかな微笑みが、自然と浮かんでくる。


 行儀良く並んでいる猟犬たちも、にっこりと笑っているように見えた。




 しばらくそうやって抱き合った後、どこか照れ臭そうにコンラートが体を離した。小さく咳払いをして、また野菜のかごの方を見る。


「今日もらった授業料と、この野菜を見せればテオも納得してくれるだろう。だがせっかくだから、もう少し趣向を凝らしてみたいと思うのだ」


 突然何を言い出すのだろうかと首をかしげると、彼は内緒話をする時のようにそっと耳元に口を寄せてきた。ここには盗み聞きをする者なんていないのに。


 お互いの顔が近いことに戸惑いながらも、彼の話に耳を傾ける。


「それ、面白そう」


「君もそう思うか。ならばすぐに、とりかかろう」


「……私も手伝おうか?」


「いいや、これは私一人でなしとげることに意味があるのだ。まあ、見ていてくれ」


 そう言って笑うコンラートの顔は、とても晴れ晴れとしていた。




「呼ばれた通り来たぞ。いったい何を見せてくれるんだ?」


 次の日の夕方、仕事を終えたテオがふらりと森の小道から現れた。昼のうちに彼に会いにいき、見せたいものがあるから仕事の後に来て欲しい、と頼んでおいたのだ。


 私は猟犬たちと一緒に、家の前で彼を待ち構えていた。きっと私は楽しそうな顔をしていたのだろう。テオが私を見て、面白そうに目を見張っている。


「もう少し待ってて」


 玄関の扉の前に立ちはだかり、通せんぼをしながらそう告げる。けれど辺りに漂ういい匂いまでは、隠しようがない。テオは大体の事情を悟ったらしく、にやにやしながらこちらを見た。


「おう、だったらおとなしく待つか。……そういや、あいつの仕事はうまくいってるのか?」


 その問いに、私はあいまいな笑みを返すにとどめた。その答えは、もうすぐコンラート自身がきっちりと示すのだから、私が先に喋ってしまっては面白くない。


 テオがさらに口を開こうとした時、玄関の扉が勢い良く開いた。いつも以上に顔を輝かせたコンラートが、胸を張って立っている。


「待たせたな、テオ。その質問の答えを、これから目にかけよう」


 得意げな彼に招かれるがまま、私たちは一列になって家の中に入っていった。テオ、私、そして六頭の猟犬たち。猟犬たちもコンラートのうきうきとした気分が移ったのか、ぴんとしっぽを立てていた。


「うわ、すごいな。料理をしてるのは匂いで分かったんだが、こんなにたくさん作ってたのか」


 食卓の上を見て、テオが歓声を上げる。そこには、色とりどりの料理がずらりと並んでいた。


 これらはみんな、コンラートが一人でこしらえたものだ。昨日おすそ分けでもらったたくさんの野菜に、コンラートが稼いだお金で買い足した食材。彼が一か月頑張ってきた成果が、この料理だ。


 コンラートがそのことを説明すると、テオは目を真ん丸にしていた。


「最初にお前たちの計画を聞いた時、正直言ってもうちょっと手こずるかと思ってたんだ。まさか、こんなことになるなんてな」


「それもこれも、ゾフィーがいてくれたからなんだ」


「コンラート、最近そればっかり」


「仕方ないだろう、私は掛け値のない真実を口にしているだけなのだから。君がいなければ、私はここまで頑張れなかっただろう」


「あーはいはい、俺をほったらかしてじゃれあうなお前たち」


 テオが両手を伸ばして私たちの話を止める。彼はそのまま腰に手を当てると、私たちの顔を順に見た。


「頑張ったな、お前たち。試練を無事やりとげたと、俺は認めよう」


 その言葉に今度はコンラートが歓声を上げ、私に思いっきり抱きついてくる。それはいつもの優しいものではなく、あふれでる喜びに任せたとても力強い抱擁だった。


 少し苦しかったけど、コンラートの喜びに水を差したくはなかった。それにどうせ、すぐにテオが止めてくれるだろう。


 そう思っていたら、案の定テオが口を開いた。しかしさっきの堂々とした様子はどこへやら、腹を押さえてうなだれている。


「それより、さっさと飯にしようぜ。このいい匂いの中でお預けってのは、さすがに辛いぞ」


「ああ、そうだった。私の心づくし、どうか味わってくれ」


「おう、存分にいただくぜ」


 そんなテオに笑いかけ、ようやくコンラートは私を解放した。そうして三人で囲む食卓は、いつも以上に楽しいものになりそうだった。

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